帝国憲法改正ノ必要 内大臣府御用掛 佐々木惣一奉答

(極秘)
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帝国憲法改正ノ必要

内大臣府御用掛 佐々木惣一奉答

帝国憲法改正ノ必要
目次
第一章 帝国憲法改正ノ考査1
第一節 帝国憲法改正ノ許容1
第二節 国家生活ノ変遷ニ伴フ帝国憲法改正ノ考査1
第三節 現下帝国憲法改正ノ考査ノ必要2
第四節 帝国憲法改正ノ考査ニ於ケル用意4
第二章 帝国憲法ノ部分的改正ノ必要7
第一節 国家ノ発展ニ於ケル現下ノ社会事情ト帝国憲法ノ改正7
第二節 帝国憲法ノ解釈運用ノ即応力ノ不十分8
第三節 帝国憲法ノ改正ニ於ケル着眼点9
第三章 帝国憲法ノ精神ト帝国憲法ノ改正10
第四章 帝国憲法ノ条項ト帝国憲法ノ改正13
第五章 帝国憲法改正ノ体様18
第六章 帝国憲法改正ニ関スル考査ノ総括19
第七章 帝国憲法改正ノ条項27
第八章 現憲法ト憲法案ノ対比39
第九章 理由書62
附録 改正憲法施行ノ為必要ナル法令要綱104

天皇陛下曩ニ臣惣一ニ命シ内大臣府御用掛近衛文麿ト共ニ帝国憲法ニ付改正ヲ為スノ必要ノ有無及ヒ必要アリトセハ其ノ範囲如何ヲ考査セシメタマフ爾来
勅旨ヲ畏ミ近衛内大臣府御用掛ト力ヲ協セ心ヲ潜メテ考査シ漸ク其ノ結果ヲ得タリ 茲ニ帝国憲法改正ノ必要ト題シ所見ヲ具ヘ恭シク
叡覧ヲ仰キ奉ル臣惣一誠恐誠惶頓首謹白
昭和二十年十一月二十三日
内大臣府御用掛 佐々木惣一

帝国憲法改正ノ必要

第一章 帝国憲法改正ノ考査

第一節 帝国憲法改正ノ許容
明治天皇帝国憲法ヲ制定シテ我ガ国家統治ノ根本規範ヲ垂示シ之ヲ以テ君民永遠ニ循行スル所ノ不磨ノ大典ト為シタマフ。而モ是レ決シテ之ガ改正ノアルベカラザルコトヲ定メサセラレタルニ非ズ。寧ロ時ニ或ハ其ノ改正ノ為サルルコトアルベキヲ思ハセラレ其ノ場合ノ手続ヲ定メタマヘリ。タダ帝国憲法ガ国家ノ根本法タルノ性質ニ鑑ミサセラレ之ガ改正ノ手続ヲ特ニ鄭重ニスルコトヲ命ジタマヘルナリ。帝国憲法ノ上諭中「将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ」ト宣ヒ又帝国憲法第七十三条第一項ニ「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ」トアルハ此ノ意ニ出ヅ。然レバ帝国憲法ノ改正ニ付テハ之ヲ生ジ得ルコト帝国憲法制定ノ当初ヨリ考ヘラレタルモノトス。即チ帝国憲法ノ改正ナルコトハ我ガ国家生活ノ発展ニ於テ存在スルコトヲ許容セラレタル事項ニ属スルナリ。
第二節 国家生活ノ変遷ニ伴フ帝国憲法改正ノ考査
帝国憲法改正ノ為サルルハ其ノ必要生ズルニ由ル。其ノ必要ノ生ズルハ国家生活ノ変遷ニ際シ帝国憲法ノ定ムル所ノ規範ガ全部又ハ一部国家生活ヲ規律スル根本規範タルニ適セザルニ至ルノ結果ナリ。蓋シ凡ソ法ハ社会生活ヲ規律スルモノナレバ社会生活上ノ事情ノ変遷スルニ随ヒ法モ亦改正セラルルノ必要ヲ見ルコトアルベシ。然ルニ社会事情ハ厳密ニ云ヘバ常ニ断エズ変遷ス。而シテ苟モ社会事情ノ変遷スル所必ズ法ノ改正ノ必要アルニハ非ズ。法ハ或継続セル期間ニ於ケル社会生活ヲ想定シ之ニ関スル或生活理念ヲ確立シ之ヲ実現スル形態トシテ強要セラルベキモノヲ示ス。其ノ期間ニ於ケル社会事情変遷スル場合ニ在テモ其ノ法ノ確立セル生活理念ニ変化アラザル限其ノ法ハ必ズシモ改正セラルルヲ要セズ。法ノ解釈及ビ運用ニシテ正当ニ為サルル以上其ノ法ハ社会生活ヲ規律スルニ適スルモノトス。若シ然ラズトセンカ法ハ常ニ断エズ改正セラルルヲ要スベク即チ存続スル同一ノ法ナルモノヲ考フベカラザルニ至ラン。然レドモ社会事情ノ変遷スルニ伴ヒ法ノ規律スル社会生活ノ理念ニシテ或ハ変更セラレ或ハ強化セラルル場合ニハ其ノ法モ亦改正セラルルノ必要ヲ生ズルニ至ル。是レ社会事情ノ変遷ニ伴フ法ノ改正ノ理ニシテ帝国憲法ノ改正モ亦此ノ理ニ従フ。
帝国憲法ハ国家生活ヲ規律スル根本規範ヲ定ムルモノナルガ故ニ普通ノ法ニ比シテ一層長ク継続セル期間ニ於ケル社会生活ヲ想定シテ之ニ関スル生活理念ヲ確立シテ其ノ実現ノ形態ヲ示スモノトス。是レ其ノ改正ナルモノガ容易ニ行ハレザル所以ナリ。然レドモ国家ハ断エズ発展シ社会事情ノ変遷甚大ニシテ帝国憲法ノ規律スル社会生活ノ理念或ハ変更セラレ或ハ強化セラレ為ニ帝国憲法ノ示ス所ノ形態ヲ以テシテハ其ノ理念ヲ実現スルニ十分ナラザルニ至ルコトナシトセズ。此ノ場合ニハ帝国憲法ハ社会事情ノ甚大ナル変遷ニ伴ウテ社会生活ヲ規律スルニ適セズ従テ其ノ改正ヲ為スノ必要ヲ見ル。即チ国家ノ根本法タル帝国憲法ニ付テモ亦改正ヲ為スノ必要ヲ生ズルコトアルベシ。是レ一方ニ於テ帝国憲法ガ不磨ノ大典トセラレ而モ他方ニ於テ改正ヲ許容セラルル所以ナリ。
然リト雖是レ社会事情ノ甚大ナル変遷アル場合必ズ帝国憲法改正ノ必要ヲ生ズトスルニ非ズ。其ノ必要ヲ生ズルコトアルベシトスルノミ。其ノ必要ノ生ズルヤ否ヤハ社会事情ノ甚大ナル変遷アル現実ノ場合ニ就テ之ヲ考査スルヲ要ス。其ノ考査ノ結果始メテ帝国憲法ノ改正ヲ必要トスルヤ否ヤ及ビ必要トセバ其ノ範囲如何ヲ明ニスルコトヲ得ベシ。
第三節 現下帝国憲法改正ノ考査ノ必要
社会事情ノ甚大ナル変遷アル場合帝国憲法改正ノ考査ヲ為シ其ノ結果其ノ改正ノ必要ナルヲ知ルコトアルハ前述ノ如シ。然レドモ是レ決シテ社会事情ノ甚大ナル変遷アル場合ニ必ズ帝国憲法改正ノ考査ヲ為スヲ要スト云フニ非ズ。其ノ考査ヲ為スノ必要アルヤ否ヤハ其ノ社会事情ノ変遷ノ性質ニ依リ決セラル。帝国憲法改正ノ考査ノ結果明ニセラルルコトアルベキ帝国憲法改正ノ必要ト帝国憲法改正ノ考査ノ必要トハ之ヲ区別スベシ。従テ帝国憲法改正ノ考査ヲ為スコトソノコトニ付テ一先ヅ其ノ必要ノ有無ヲ考ヘザルベカラズ。蓋シ帝国憲法ハ前述ノ如ク改正ヲ許容セラルルモ其ノ本質ニ於テ不磨ノ大典タルノ性質ヲ有ス。不磨ノ大典ニ付テハ許容セラレタル改正ノ必要ヲ考査スルコトソレ自身濫ニ之ヲ為スベキニ非ズ。濫ニ之ヲ為スハ帝国憲法ノ存在ガ一般ノ法ノ存在ト異ナルノ特別意味ヲ有スルコトヲ軽視スルニ至ラシムルノ虞アレバナリ。
然ラバ社会事情ノ甚大ナル変遷アル今日帝国憲法改正ノ考査ヲ為スノ必要ノ有無如何。平静ニ思フニ其ノ考査ノ必要アルヲ疑フベカラズ。
曩ニ昭和二十年八月十四日畏クモ時局ヲ収拾スルノ大詔下ル。恭シク惟ルニ天皇陛下深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミポツダム宣言ヲ受諾シテ大東亜戦争ヲ終結セシメタマフト共ニ爾後挙国総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ世界ノ進運ニ後レザランコトヲ望マセラル。内外国事ニ関シ軫念アラセラルルコトヲ拝察シ恐懼ニ堪ヘザルナリ。仍テ思フニ時局収拾セラレ今ヤ我ガ国戦争状態ヲ去リ平和状態ニ入ル。是レ我ガ国自身ノ存立ヲ維持スルガ為ニ又我ガ国ノ世界秩序ニ貢献スルガ為ニ喜ブベシ。然レドモ単ニ之ヲ喜ブニ止ラズ別ニ大ニ努力スルノ必要ノ生ジタルコトヲ忘ルベカラズ。其ノ努力ノ目標ハ即チ国家将来ノ建設トス。
国家将来ノ建設ニ付努力スルニ当リ注意スベキハ我ガ社会事情ニ甚大ノ変遷ヲ生ジタルコト及ビ其ノ変遷ガ従来一般ノ社会事情ト全ク其ノ性質ヲ異ニスル特殊ノモノナルコトナリ。之ヲ明ニスルガ為左ニ重要ナル一二ノ事項ヲ説カン。
今日戦争終結ニ伴ウテ生ジタル社会事情ノ変遷ハ之ヲ従前ノ戦争其ノ他ノ事変ニ伴ウテ生ジタル社会事情ノ変遷ニ比スルニ其ノ性質全ク特殊ノモノトス。蓋シ大東亜戦争ソノモノガ特殊ノ性質ヲ有スル社会事情ヲ来サシメタルモノナルガ故ニ其ノ終結後ノ社会事情ノ変遷モ亦特殊ノ性質ヲ有スルコト当然ナリ。且其ノ戦争ノ終結ガ我ガ国未曾有ノ生活経験ナル降伏ナル事実ニ基クモノナルコトハ其ノ終結後ノ社会事情ノ変遷ニ特殊ノ性質ヲ与フルコト疑ナシ。又今日我ガ国ノポツダム宣言ノ実施ニ努力セルコトモ社会事情ノ変遷ニ特殊ノ性質ヲ与フ。我ガ国既ニポツダム宣言ヲ受諾ス。誠実ニ其ノ実施ニ努力スベキノミ。ポツダム宣言ノ実施ガ我ガ社会事情ヲ変遷セシメ且其ノ変遷ガ一般ノ社会事情ノ変遷ト異ナル特殊ノ性質ヲ有スルコト人ノ普ク知ル所ナリ。
要スルニ我ガ国社会事情ノ変遷ノ甚大ニシテ且其ノ性質ノ特殊ノモノナルコト今日ヨリ甚シキハナシ。
然ラバ此ノ変遷セル事情ニ着眼シテ従前ノ社会生活ヲ規律スルモノトシテ存スル帝国憲法改正ノ考査ヲ為スノ必要ナルコト明ナリ。苟モ帝国憲法改正ノ事ノ許容セラルル以上今日ノ如キ場合ニ於テ之ガ考査ヲ為スノ必要アルナリ。天皇陛下此ノ時ニ当リ有司ニ命ジテ帝国憲法改正ノ必要ノ有無及ビ必要アリトセバ其ノ範囲如何ノ考査ヲ為サシメタマフ。叡慮ノ宏遠ナルヲ思ヒ恐懼ニ堪エザルナリ。
第四節 帝国憲法改正ノ考査ニ於ケル用意
今日帝国憲法改正ノ考査ヲ為スニ当リ次ノ用意ヲ有スルヲ要ス。
第一 帝国憲法改正ノ考査ハ帝国憲法ノ内容タル個々ノ規範ニ就テ之ヲ為シ其ノ改正スベキモノアリヤ否ヤヲ判断スベキモノトス。帝国憲法ヲ全体トシテ改正スルモノトシテ考査スベキモノニ非ズ。是レ用意ノ一ナリ。
凡ソ一ノ法典ヲ改正スト云フ場合ニハ其ノ法典ヲ全体トシテ廃シテ新ニ他ノ法典ヲ設クルコトモ考ヘラル。帝国憲法ノ改正モ亦同ジ。是レ現ニ帝国憲法トシテ存在スル法ヲ全体トシテ廃シテ他ノ法ヲ設ケ之ヲ帝国憲法トスルナリ。之ヲ帝国憲法ノ全体的改正ト云フベシ。之ト異ナリ帝国憲法ノ内容タル個々ノ規範ニ改正ヲ施スコトハ之ヲ称シテ帝国憲法中ノ部分的改正ト云フベシ。帝国憲法ノ改正ノ考査ヲ為スニ当テハ右ノ両者ヲ区別シ其ノ何レノ改正ヲ為スモノトシテ考査スルカニ付見地ヲ当初ヨリ確立シ置クヲ要ス。帝国憲法ノ全体的改正ニ在テモ現存ノ帝国憲法ト新ニ設ケラルベキ帝国憲法トガ其ノ内容ニ於テ連続スルモノナルコト当然ナリト雖一ノ法典トシテ現存ノモノヲ棄テテ新ナルモノヲ以テ之ニ代フルナリ。帝国憲法ノ部分的改正ニ在テハ帝国憲法ノ内容タル個々ノ規範トシテ現存ノモノニ変更ヲ加フルナリ。若シ帝国憲法改正ノ考査ヲ為スニ当リ右何レノ見地ヲ取ルカヲ確立セザランカ考査ノ結果改正ヲ施サントスルニ際シ改正サルベキ規範ヲ成文ノ条項トシテ示スノ方法及ビ其ノ条項ノ配置ニ関シ混雑ヲ生ズルヲ免レザルナリ。
今日帝国憲法改正ノ考査ヲ為スニ当テハ其ノ全体的改正ヲ為スモノトシテ考査スベキニ非ズシテ其ノ部分的改正ヲ為スモノトシテ考査スベキノ理由二アリ。
一ハ現存ノ帝国憲法ガ
明治天皇ガ久シキニ亘ル有司ノ調査ノ上裁断シタマヘルモノナルコトナリ。単ニ此ノ一事ノミヨリシテ帝国憲法ノ全体的改正ノ如キハ容易ニ之ヲ為スベキニ非ザルヲ知ル。固ヨリ絶対ニ之ヲ為スベカラズト云フニ非ザレドモ之ヲ為スハ社会事情ノ変遷ガ明ニ之ヲ要求スト認ムベキ程度ノモノナル場合ニ限ルベシ。従テ帝国憲法ノ全体的改正ノ考査ヲ為スコトモ亦社会事情ノ変遷ガ明ニ之ヲ要求スト認ムベキ程度ノモノナル場合ニ限ルベシ。而シテ今日我ガ国社会事情ノ変遷甚大ナリト雖帝国憲法ノ全体的改正ヲ為スコト従テ帝国憲法ノ全体的改正ヲ為スモノトシテ之ヲ考査スルコトヲ要求スル程度ノモノニハ非ズ。是レ今日帝国憲法ノ全体的改正ヲ為スモノトシテ考査スベキニ非ズトスル理由ノ一ナリ。
二ハ現存ノ帝国憲法ガ我ガ国ニ於ケル根本的法規範トシテ之ヲ尊重スルノ国民的信念ヲ確保スベキ必要アルコトナリ。帝国憲法ガ国家ノ根本法トシテ能ク国家生活ヲ規律スルノ実ヲ挙グルコトハ結局ニ於テ国民之ヲ尊重スルノ信念ヲ有スルニ由ル。然ルニ帝国憲法ノ全体的改正ノ考査ガ国家ノ実務ノ機関ニ依リ為サルル場合ニハ国民或ハ将来帝国憲法ガ全体トシテ改正サルルニ至ランコトヲ思ヒ遵由ノ心ヲ減ズルコトナシトセズ。或ハ帝国憲法ノ根本的法規範トシテ存在スルノ価値ヲ疑フコトナシトセズ。是レ帝国憲法ヲ尊重スルノ国民的信念ヲ弱カラシムルモノナリ。今日我ガ国ニ於ケル社会事情ノ変遷ガ帝国憲法ヲ全体トシテ改正スルコトヲ要求スル程度ノモノニ非ザルコトハ前ニ之ヲ述ベタリ。然ラバ帝国憲法ヲ全体トシテ我ガ国ノ根本的法規範トシテ尊重スルノ国民的信念ハ之ヲ確保セザルベカラズ。故ニ此ノ帝国憲法尊重ノ国民的信念ヲ弱カラシムルノ虞アル帝国憲法ノ全体的改正ノ考査ノ如キハ国家ノ実務ノ機関ニ於テ濫ニ行フベキコトニ非ズ。是レ今日帝国憲法ノ全体的改正ヲ為スモノトシテ考査スベキニ非ズトスル理由ノ二ナリ。
以上今日帝国憲法改正ノ考査ヲ為スハ其ノ全体的改正ヲ為スモノトシテ考査スベキニ非ザルコトヲ明ニセリ。然リト雖実務ノ機関ニシテ今日帝国憲法ノ全体的改正ノ考査ノ必要アリト信ズルトキハ之ガ考査ヲ為スノ外ナシ。タダ此ノ場合ニハ今日其ノ必要ナシト考フベキ前述二ノ理由ニ付熟慮シ猶且我ガ社会事情ノ変遷ガ帝国憲法ノ全体的改正ヲ要求スル性質ノモノナルコトノ確信ヲ有スルノ必要アルナリ。 第二 帝国憲法改正ノ考査ハ帝国憲法ノ内容タル個々ノ規範全部ニ通ジテ検討シテ之ヲ為スベキモノトス。是レ用意ノ二ナリ。
前述用意ノ一ニ於テ今日帝国憲法ヲ全体的改正ヲ為スモノトシテ考査スベキニ非ズトシ其ノ部分的改正ヲ為スモノトシテ考査スベシト云フハ帝国憲法ノ内容タル個々ノ規範中単ニ或特定ノモノノミヲ抽出シテ之ノミヲ検討スベキコト又ハ之ヲ以テ十分トスルコトヲ云フニ非ズ。帝国憲法ノ部分的改正ノ考査ニ於テハ帝国憲法ノ有スル総規範ヲ全部検討シテ後始メテ或特定ノ規範ニ付改正ヲ施スベキヤ否ヤヲ判断スルコトヲ得。此ノ意味ニ於テ帝国憲法ノ部分的改正ノ考査ニ於テハ其ノ総規範ノ全部ニ通ジテ検討スルヲ要スルナリ。蓋シ帝国憲法ノ個々ノ規範ハ孤立シテ存在スルニ非ズ。帝国憲法ノ総規範全部ニ於テ或地位ヲ占ムルモノトシテ存在ス。故ニ帝国憲法ノ規範ノ或モノノ改正ノ必要ヲ考査スルニ当テハ之ヲ帝国憲法ノ総規範全部ト関連セシメテ考査スルニ非ザレバ到底之ガ判断ヲ下スコトヲ得ルモノニ非ズ。然レバ帝国憲法ノ規範中或特定ノモノノ考査ニ於テモ帝国憲法ノ総規範全部ヲ検討シテ之ニ関連セシメテ其ノ特定ノ規範ノ改正ノ考査ヲ為スベキモノトス。当該ノ規範ノミヲ抽出シテ之ガ改正ヲ考査スルコトヲ得ルモノニ非ズ。帝国憲法中ノ部分的改正ノ考査ニ於テモ同法ノ総規範ノ全部ニ注目シ之ヲ検討スベキコト当然トス。之ヲ誤テ帝国憲法ノ総規範ノ全部ノ検討ヲ為サザルモノトスベカラズ。而モ此ノ如ク帝国憲法ノ総規範ヲ検討スルコトハ前述ノ帝国憲法ノ全体的改正ヲ為スモノトシテ考査スルコトニ非ズ。両者ノ混同ヲ為サザルヲ要ス。

第二章 帝国憲法ノ部分的改正ノ必要

第一節 国家ノ発展ニ於ケル現下ノ社会事情ト帝国憲法ノ改正
今日帝国憲法ノ部分的改正ニ関スル考査ヲ為スノ必要アルコト前述ノ如ク而モ此ノコトガソレ自身帝国憲法改正ノ必要アリトスルコトニ非ザルコト又前述ノ如シ。以下帝国憲法ノ部分的改正即チ帝国憲法中ノ規範ニ改正ヲ施スコトノ意味ニ於テ単ニ帝国憲法ノ改正ト云フ。
今帝国憲法改正ニ関シ考査スルニ或範囲ニ於テ之ガ改正ヲ施スノ必要アリ。国家今ヤ其ノ発展ノ途上ニ於テ甚大ニシテ且特殊ノ性質ヲ有スル社会事情ノ下ニ在テ将来ノ建設ヲ期ス。而シテ国家ノ根本法タル帝国憲法ノ規範ノ或ルモノニ改正ヲ施スニ非ザレバ之ヲ期スルコト能ハザルナリ。其ノ故何ゾヤ。
国家将来ノ建設ヲ期スルニハ国家活動ノ目標ヲ平和的秩序ノ確立ニ置キ其ノ目標ニ到達スルガ為民意ヲ基礎トスル国家ノ総力ヲ発揮スルコトヲ要ス。国家ガ活動ノ目標ヲ反平和的ノ意図ヲ以テ定ムルトキ又民意ヲ基礎トスル国家ノ総力ヲ発揮セシメズシテ専断的ニ行ハルルトキハ国家将来ノ建設ハ到底之ヲ期シ難シ。然ルニ国家ガ其ノ活動ノ目標ヲ常ニ平和的ノ意図ヲ以テ定ムルコト又民意ヲ基礎トスル総力ヲ発揮セシメテ専断的ニ行ハザルコトヲ望マバ国家ノ根本法ニ於テ国家活動ノ構造ニ付適切ニ規律スルコトヲ工夫スルノ外ナシ。現存ノ帝国憲法ノ規律スル所ヲ見ルニ国家ガ活動ノ目標ヲ平和的意図ヲ以テ定ムルコト又民意ヲ基礎トスル国家ノ総力ノ発揮セラルルコトニ便益ヲ与ヘザルニ非ズ。然リト雖其ノ便益未ダ十分ナリトセズ。其ノ便益ヲ十分ナラシムルノ工夫ヲ為スベキモノトス。然レバ将来国家ノ建設ヲ期スルガ為ニ今日帝国憲法ニ改正ヲ施スノ必要アルナリ。
第二節 帝国憲法ノ解釈運用ノ即応力ノ不十分
帝国憲法ハ正当ニ解釈サレ運用サルベキモノトス。或ハ曰ハン帝国憲法ノ正当ナル解釈運用ニ依リ前述将来国家ノ建設ニ資スル国家活動ヲ為スコトヲ得ベク特ニ其ノ改正ヲ為スコトヲ要セザルナリト。是レ帝国憲法改正ノ要ナク其ノ解釈運用ヲ以テ足ルトスルノ説ナリ。一般ニ帝国憲法ノ妥当ナル解釈運用ヲ重ズベキコトハ固ヨリ然リ。而モ之ガ為ニ今日特殊ノ社会事情ノ下ニ在テ将来国家ノ建設ヲ期スル場合ニ於テ単ニ帝国憲法ノ解釈運用ノミヲ以テ之ニ即応シ得トスルコトハ中ラザルナリ。
第一 帝国憲法ノ解釈ハ正当ニ為サルルヲ要スルモ決シテ常ニ正当ニ為サルルニ非ズ。又其ノ解釈ガ必ズシモ常ニ一ニ帰セズシテ相異ナレル数種ノ解釈ノ存スルコト稀ナラズ。而シテ実際政治力ヲ有スル者ノ為ス解釈如何ニ依リ或ハ前述ノ如ク国家ガ活動ノ目標ヲ平和的ノ意図ヲ以テ定ムルコト又民意ヲ基礎トスル国家総力ヲ発揮スルコトヲ可能ニシ或ハ之ヲ不可能トス。不可能トスル場合ニ於テハ帝国憲法ノ解釈ニ依リ将来国家ノ建設ニ資スル国家活動ヲ来スコトナシ。従来実際ニ於テ此ノ種ノ解釈ノ行ハレタルコト極メテ多シ。然レバ若シ単ニ帝国憲法ノ解釈ニ一任センカ将来国家ノ建設ヲ阻ム国家活動ヲ来スコトアリト云フベシ。故ニ帝国憲法ヲ改正シ以テ右ノ如キ解釈ヲ生ズルノ余地ナカラシムルノ必要アルナリ。
第二 帝国憲法ノ運用ニ付テモ亦其ノ解釈ニ付述ベタルト同様ノ理ヲ見ル。帝国憲法ノ運用ハ其ノ方法決シテ一ニ帰スルモノニ非ズ。故ニ単ニ帝国憲法ノ運用ニ一任スルコトナク之ヲ改正シ以テ国家活動ノ目標ヲ平和的ノ意図ヲ以テ定ムルコト又民意ヲ基礎トスル国家総力ヲ発揮スルコトヲ不可能トシ将来国家ノ建設ヲ阻ム国家活動ヲ来スガ如キ運用ヲ為スノ余地ナカラシムルノ必要アルナリ。
帝国憲法ノ解釈運用ノミニ頼ルコトガ今日ノ社会事情ニ即応スルニ不十分ナルコト此ノ如シ。加之国家ガ今日ノ如キ特殊ノ社会事情ノ下ニ置カレ未曾有ノ苦難ヲ忍バザルヲ得ザルニ至レルハ従来国家活動ノ目標ガ反平和的ノ意図ヲ以テ定メラレ又民意ヲ基礎トスル国家総力ヲ発揮セザルノ事実アリタルノ結果ナリ。此ノ事実ハ帝国憲法ガ此ノ如キ正当ナラザル解釈運用ヲ為サシムルノ余地アルニ由リ生ジタルナリ。即チ此ノ如キ事実ノ生ジタルコトハ実ニ帝国憲法ノ解釈運用ソノモノノ然ラシメタルモノニ外ナラズ。是レ我ガ国最近ノ経験ナリ。今将来ニ向テ同様ノ事実ノ生ズルコトナカラシメントスルニ当リ其ノ事実ヲ生ゼシムルノ余地アル帝国憲法ノ解釈運用ノミニ頼ルベキニ非ザルコト最近ノ経験ニ徴シテ之ヲ知ルナリ。
第三節 帝国憲法ノ改正ニ於ケル着眼点
帝国憲法ハ国家ガ国家生活ニ関スル或根本精神ヲ把持シ其ノ精神ヲ実現スルガ為ニ必要ナル規範ヲ成文ノ条項ト為シタルモノナリ。故ニ帝国憲法ノ改正ヲ考フルノ要ハ先ヅ帝国憲法ノ精神ニ付変更又ハ強化スベキモノヲ明ニシ次デ其ノ条項ニ付変更又ハ加除スベキモノヲ明ニスルニ在リ。

第三章 帝国憲法ノ精神ト帝国憲法ノ改正

茲ニ帝国憲法ノ精神ヲ詳ニ説クベキニ非ザレドモ今帝国憲法ノ改正ト関係アル範囲ニ於テ之ニ言及セザルヲ得ズ。
帝国憲法ニ於テ国家ハ次ノ精神ヲ把持ス。
第一 我ガ国ハ君主国ニシテ万世一系ノ天皇ヲ以テ君主トス。故ニ国家ノ意思ヲ全体トシテ掌握スル者トシテ君主アルヲ要シ且其ノ君主ガ万世一系ノ血統ニ出ヅルコトヲ要ス。是レ我ガ国体トス。国家ノ形体ト称スルモノノ一ナリ。世界ニ於ケル国家ノ形体ハ一様ナラズ。如何ナル事項ニ着眼シテ国家ノ形体ヲ定ムルカ又其ノ如何ナル事項ヲ重シトスルカハ国家ヲ構成スル国人ノ意識ニ依テ決セラル。我ガ国人ノ意識ニ於テハ国家ノ形体ヲ定ムル事項中何人ガ国家ノ意思ヲ全体トシテ包括的ニ掌握スルカノ点ヲ以テ特ニ重シトシ他ノ事項ト之ヲ区別ス。凡ソ国家ニ於テ何人ガ国家意思ヲ全体トシテ包括的ニ掌握スルカノ点ヲ標準トシテ国家ノ形体ヲ考フルトキ之ヲ国家ノ国体ト云ヒ国家意思ヲ掌握スル者ガ個々ノ場合ニ如何ナル方法ヲ以テ国家意思ヲ発動セシムルカノ点ヲ標準トシテ国家ノ形体ヲ考フルトキ之ヲ国家ノ政体ト云フ。即チ国家ノ形体ニ付テハ我ガ国ニ在テハ国体ナル観念ヲ特ニ重ジ之ヲ政体ノ観念ト別ツナリ。我ガ国ガ国家意思ノ掌握者トシテ万世一系ノ君主ヲ有スベシトスルコト即チ万世一系ノ君主国タル国体ヲ有スベシトスルノ精神ハ建国ノ当初ヨリ存スルモノニシテ帝国憲法ハ之ヲ成文トシテ示シタルナリ。
此ノ帝国憲法ノ精神ハ我ガ国ノ歴史ニ於テ伝統トシテ確立サレ実ニ我ガ国家生活ヲ指導スル根本ノ原理ナリ。将来我ガ国家ノ建設ヲ期スルガ為ニ此ノ精神ハ何等変更セラルベキ理由アルナク寧ロ益々強化セラルベキモノトス。蓋シ将来国家ノ建設ヲ為スニハ国家意思ハ諸方面ニ於テ大ニ又新ニ又強ク発動セザルベカラズ。而モ此等不断ノ無数ノ発動ハ統一セラレザルベカラズ。之ガ為ニハ我ガ国民ノ意識ニ於テ歴史的伝統ニ基キ現ニ国家意思ヲ掌握セル者ガ其ノ任ヲ有スベキモノナルコトノ信念ノ確立セルコトヲ必要トス。我ガ国ニ於テ万世一系ノ君主タル天皇ガ国家意思ヲ全体トシテ掌握スベキモノナルコトノ国民ノ信念ノ確立セルコト前述ノ如シ。然ラバ将来国家ノ建設ハ万世一系ノ天皇ニ依テ行ハルル国家意思ノ発動ヲ通ジテ之ヲ期スベキナリ。
右帝国憲法ノ精神第一ノモノニ付テハ何等改正スベキ点ナシ。
第二 天皇ガ国家意思ヲ発動シタマフハ之ニ依リ万民ヲシテ各々其ノ所ヲ得シメ国家全体ヲシテ其ノ使命ヲ遂ゲシムルコトヲ期シタマフナリ。之ヲ称シテ天皇国家ヲ統治シタマフト云フ。故ニ天皇ハ決シテ天皇ノ御一身御一家ノ利益ノ為ニ国家意思ヲ発動シタマフモノニ非ズ。即チ天皇ノ掌握シタマフ国家意思ハ統治ヲ為ス為ニ発動セラル。故ニ之ヲ称シテ統治権ト云ヒ之ヲ掌握スルコトヲ称シテ統治権ヲ総攬スト云フ。国家意思ハ包括的ノモノニシテ其ノ発動ガ如何ナル形式ニ於テ為サルルカハ個々ノ場合ニ依リ一様ナラズ。或ハ命令強制ヲ為スコトアリ或ハ命令強制ヲ為サザルコトアリ。故ニ統治権ニ権ト云フハ権力ノ義ニ非ズシテ意思ノ力ノ義ナリ。
右帝国憲法ノ精神第二ノモノニ付テハ何等改正スベキ点ナシ。
第三 天皇ガ統治権ヲ行ハセラルルハ必ズ国家ノ根本法タル憲法定ムル所ノ条規ニ準拠シタマフコトヲ要シ専断ニ為シタマフコトヲ得ズ。其ノ憲法ハ必ズ成文ノ憲法典タルベシ(以上ヲ精神第三ノ一ト称ス)。是レ帝国憲法ナリ。而シテ帝国憲法ハ改正セラルルノ必要ヲ生ズルコトアルベク改正ノ場合ニ付テハ特別ノ規定ヲ設ケ其ノ手続ヲ鄭重ニス(以上ヲ精神第三ノ二ト称ス)。
右帝国憲法ノ精神第三ノモノノ中第三ノ一ニ付テハ何等改正スベキ点ナキモ第三ノ二ニ付テハ改正スベキ点アリ。
第四 天皇ノ下一定ノ機関アリ。天皇ハ此等一定ノ機関ノ輔翼ニ依リ統治権ヲ行ハセラルルヲ要ス。国家ノ作用ヲ立法司法及ビ行政ノ三種ニ大別シ各別ノ機関ヲシテ之ヲ行ハシムルヲ本則トス(以上ヲ精神第四ノ一ト称ス)。而シテ各機関ノ構成権限ハ其ノ行フ作用ノ政治的意味ニ相応シテ其ノ意味ヲ実現スルニ適当ナラシムルコトニ着眼シテ之ヲ定メ且各機関ノ責任及ビ其ノ相互ノ関係ヲ明ニス(以上精神第四ノ二ト称ス)。
右帝国憲法ノ精神第四ノモノノ中第四ノ一ニ付テハ何等改正スベキ点ナキモ第四ノ二ニ付テハ改正スベキ点アリ。
第五 天皇ハ国民ノ翼賛ヲ以テ統治権ヲ行ハセラル。即チ国民ヲシテ政治ニ参与セシメタマヒ民意ヲ尊重シテ政治ヲ行ヒタマフ(以上ヲ精神第五ノ一ト称ス)。而シテ国民ガ翼賛スルハ一定ノ機関ヲ通ジテスルモノトシ其ノ機関ノ組織行動権限等ヲ規定シテ国民翼賛ノ程度及ビ方法ヲ示ス(以上ヲ精神第五ノ二ト称ス)。
右帝国憲法ノ精神第五ノモノノ中第五ノ一ニ付テハ何等改正スベキ点ナキモ第五ノ二ニ付テハ改正スベキ点アリ。
第六 国民トスベキ者如何ハ帝国憲法ニ依テ定メズ別ニ之ヲ定ム(以上ヲ精神第六ノ一ト称ス)。国民ハ公務ニ就クコトヲ得又行動ノ自由ヲ有ス。但シ之ニ関シテ或制限ヲ設ク。是レ国民ノ地位ヲ示スモノナリ(以上ヲ精神第六ノ二ト称ス)。
右帝国憲法ノ精神第六ノモノノ中第六ノ一ニ付テハ何等改正スベキ点ナキモ第六ノ二ニ付テハ改正スベキ点アリ。
第七 皇室ニ関スル事項ハ帝国憲法ニ於テ之ヲ規定セズ別ニ皇室典範ナル法ヲ設ケテ定ムルヲ本則トス(以上ヲ精神第七ノ一ト称ス)。皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ザルモノトシ又摂政ヲ置クノ間ハ之ヲ行ハザルモノトス(以上ヲ精神第七ノ二ト称ス)。
右帝国憲法ノ精神第七ノモノノ中第七ノ一ニ付テハ何等改正スベキ点ナキモ第七ノ二ニ付テハ改正スベキ点アリ。
第八 帝国憲法ハ簡潔ニ条項ヲ設クルノ見地ヲ取ル。故ニ先ヅ帝国憲法ニ於テ条項ヲ設クル事項ノ範囲ニ付慎重ニ考慮シ其ノ事項ノ数ヲシテ必要以上ニ多キニ及バザラシムルコトニ意ヲ用ウ。次ニ又其ノ条項ヲ設クルニ当テ其ノ文言ノ必要ニシテ且十分ナルコトニ重キヲ置キ之ヲシテ右ノ軫域ヲ脱セザラシムルコトニ意ヲ用ウ。然レドモ之ヲ誤テ其ノ条規ガ如何ナル規範ヲ定ムルカヲ特ニ明ニスルコトヲ避ケ以テ個々ノ場合ニ於テ其ノ規範ヲ二三ニシ又ハ其ノ条項所定ノ規範ト異ナルノ規範アルヲ許スノ融通ヲ認メタルモノトスベカラズ。条項ノ文言ノ簡潔ナルコトハ之ヲ正当ニ解釈セバ寧ロ其ノ定ムル所ノ規範ヲ明晰ナラシムルナリ(以上ヲ精神第八ノ一ト称ス)。然レドモ現存ノ帝国憲法ニ於テ何等ノ条項ヲモ設ケラレザル事項ニシテ之ヲ設ケラルベキモノアリ。又其ノ条項ノ文言ニシテ解釈ヲ誤ラレ易キモノアリ。是レ帝国憲法ガ条項ヲ設クル事項ヲ増加シ及ビ現存ノ条項ノ文言ヲ適切ナラシムルコトヲ要スル点ナリ(以上ヲ精神第八ノ二ト称ス)。
右帝国憲法ノ精神第八ノモノノ中第八ノ一ニ付テハ何等改正スベキ点ナキモ第八ノ二ニ付テハ改正スベキ点アリ。

第四章 帝国憲法ノ条項ト帝国憲法ノ改正

前述帝国憲法ノ精神ニ付述ベタル所ニ照シテ改正セラルベキ帝国憲法ノ条項ハ何レノモノナルカ。
第一 前述帝国憲法ノ精神第三ノ二ニ於テ示シタル帝国憲法ノ改正ノ手続ハ現存ノ帝国憲法第七十三条及ビ第七十五条ノ規定スル所ナリ。其ノ規定ノ或モノニ付改正ヲ施スヲ要ス。
第二 前述帝国憲法ノ精神第四ノ二ニ於テ示シタル天皇ノ下ニ於ケル国家各作用ノ機関権限ハ現存ノ帝国憲法第三十三条以下第七十二条ノ規定スル所ナリ。其ノ規定ノ或ルモノニ付改正ヲ施スヲ要ス。
第三 前述帝国憲法ノ精神第五ノ二ニ於テ示シタル国民翼賛ノ機関ハ現存ノ帝国憲法第三十三条以下ノ規定スル所ナリ。其ノ規定ノ或モノニ付改正ヲ施スヲ要ス。
第四 前述帝国憲法ノ精神第六ノ二ニ於テ示シタル国民ノ地位ハ現存ノ帝国憲法第十九条以下ノ規定スル所ナリ。其ノ規定ノ或モノニ付改正ヲ施スヲ要ス。
第五 前述帝国憲法ノ精神第七ノ二ニ於テ示シタル皇室典範ノ改正ハ現存ノ帝国憲法第七十四条及ビ第七十五条ノ規定スル所ナリ。其ノ規定ノ或モノニ付改正ヲ施スヲ要ス。
第六 前述帝国憲法ノ精神第八ノ二ニ於テ示シタル帝国憲法ノ条項ヲ設クル事項ヲ増加シ又現存ノ条項ノ文言ヲ適切ナラシムルガ為ニ現存ノ帝国憲法ニ改正ヲ施スヲ要ス。
以上現存ノ帝国憲法ガ国家生活ニ関シ法的規律トシテ把持スル根本精神ニ照シテ現存ノ帝国憲法ノ条項ニ付改正スベキモノアルコトヲ示セリ。其ノ改正ハ或観念ヲ基調トシ其ノ上ニ立テ為サレザルベカラズ。
帝国憲法ノ改正ハ結局政治ガ国民ノ意思ヲ尊重シテ行ハルルノ主義ヲ理念トシ此ノ理念ノ強度ノ実現ヲ助成スルニ足ルノ根本法規範ヲ定立スルコトニ帰着ス。是レ帝国憲法ノ改正ノ基調ナリ。政治ガ国民ノ意思ヲ尊重シテ行ハルルノ主義ハ政治上ノ民意主義ニシテ其ノ政治ハ民意政治ナリ。思フニ平和的秩序ヲ好愛スルノ見地ニ於テハ独リ政治ニ限ラズ一般ニ社会生活ガ其ノ社会ヲ構成スル人民ノ意思ヲ尊重シテ行ハレザルベカラズ。是レ一般ニ社会生活上ノ民意主義ナリ。政治上ノ民意主義ハ一般ニ社会生活上ノ民意主義ガ政治ナル生活面ニ現ハルルモノニ外ナラズ。洋語デモクラシート云フハ即チ一般ニ社会生活上ノ民意主義ヲ意味スルコトアリ。之ト共ニ国家ノ形体ノ一種タル国体ヲ君主主義トスルコトニ対シテ之ヲ民主国トスルコトヲ意味スルコトアリ。同一ノ語ノ両義ヲ察スベシ。又政治上ノ民意主義ハ我ガ国語ノ立憲主義ト云フモノニ包含セラル。
今帝国憲法ノ改正ニ付其ノ基調ヲ右ノ如ク政治上ノ民意主義ノ強度ノ実現ヲ助成スルコトニ置クハ其ノ理由何ゾヤ。曰ク之ニ依リテ我ガ国将来ノ建設ニ資セントスルナリ。国家将来ノ活動ハ其ノ目標ヲ平和的ノ意図ヲ以テ定ムベキモノナルコト前ニ述ベタルガ如シ。其ノ目標ニ到達スルガ為ニ国家ノ総力ヲ発揮スベキモノナルコトモ亦既ニ之ヲ述ベタリ。然ルニ国家ノ活動ノ目標ガ十分ニ平和的ノ意図ヲ以テ定メラレ又国家ノ総力ガ十分ニ発揮セラルルハ一般ノ国民ガ其ノ意思ヲ政治ニ参与セシメラルル場合ニ於テ之ヲ見ル。政治ガ政府又ハ国民中一部特別者ノミノ専恣ニ依リ行ハルルトキハ国家活動ガ反平和的ノ意図ヲ以テ定メラレ又国家ノ総力ノ発揮阻マルルノ余地アリ。我ガ国近年ノ政治ニ就テ見ルトキ明ニ之ヲ知ル。政府ガ一般国民ノ意思ヲ顧ミルコトナク政治ヲ行ヒ又民意ヲ代表スベキ機関モ徒ニ政府ニ追随シテ政府ヲシテ民意ヲ顧ミザルノ態度ヲ助長セシメタルガ故ニ国家活動ノ目標ハ反平和的ノ意図ヲ以テ定メラレ且国家ノ総力ヲ発揮セラレザリシナリ。故ニ今将来国家ノ建設ヲ期スルガ為ニ帝国憲法ノ改正ヲ為スニ当テハ其ノ基調ヲ政治上ノ民意主義ノ強度ノ実現ヲ助成スルコトニ置カザルベカラズ。元来我ガ国明治維新以後ニ在テハ政治ガ国民ノ意思ヲ尊重シテ行ハルルノ民意主義ニ基テ行ハルベキヲ本来ノ建前トス。
明治天皇ガ夙ニ彼ノ五箇条ノ御誓文ニ「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」ト宣ヒ次デ帝国憲法ヲ施行シテ帝国議会ヲ設ケサセラレタルハ其ノ建前ニ出ヅ。然ルニ実際政治ニ於テハ常ニ国民ノ意思尊重セラレザルノ風アリ。殊ニ近来其ノ風ノ甚シキヲ見タルコト前ニ述ベタルガ如シ。是レ全ク帝国憲法ノ解釈運用ニ依リ此ノ如キノ風ヲ生ゼシムルノ余地アルノ結果ナリ。故ニ国家将来ノ建設ニ必要ナル政治上ノ民意主義ノ強度ニ実現スルガ為帝国憲法ノ改正ヲ為スベキナリ。更ニ思フ我ガ国今ヤ彼ノポツダム宣言ヲ受諾シ其ノ条項ヲ誠実ニ実施スベキノ責務ヲ有ス。即チ此ノ責務ヲ遂行スルコトハ国家将来ノ建設ヲ為ス為欠クベカラザル要件トス。而シテ該宣言ハ我ガ国ノ政治上ノ民意主義ヲ強度ニ実現スベキコトヲ要求ス。国家将来ノ建設ヲ該宣言ト関連セシメテ考フルトキ一層政治上ノ民意主義ノ強度ノ実現ヲ必要トシ従テ之ヲ助成スルガ為ニスル帝国憲法改正ノ必要アルコトヲ知ルベキナリ。
更ニ遡テ考フルニ政治ニ於テ民意主義ヲ実現シ国民ノ意思ヲ政治ニ参与セシムル為ニハ国民ガ思想上及ビ行動上自由ヲ有スコトヲ必要トス。之ヲ有セズシテ其ノ真ノ意思ヲ政治ニ参与セシムルコトハ到底不可能ノ事ニ属ス。故ニ政治上ノ民意主義ヲ実現スルニハ国民ニ思想上及ビ行動上自由ヲ有スルコトヲ保障セザルベカラズ。此ノ如キ国民ノ自由ヲ保障スルコトヲ称シテ国民行動上ノ自由主義ト云フ。即チ政治上ノ民意主義ノ規定ハ国民行動上ノ自由主義ノ実現ヲ前提ノ要件トシテ之ヲ見ルヲ得ベシ。此ノ意味ニ於テ民意主義ハ又自由主義ニシテ民意政治ハ又自由政治ナリ。然レバ前述ノ如ク国家将来ノ建設ニ資スル為ニ帝国憲法ノ改正ノ基調ヲ民意主義ノ実現ニ置クコトハ当然ニ其ノ基調ヲ自由主義ノ実現ニ置クコトヲ含ムモノトス。
次ニ政治上ノ民意主義ヲ強度ニ実現スルニ当テモ我ガ国体ノ特殊性ヲ考慮シテスルコトヲ要ス。政治上ノ民意主義ハ一般ニ社会生活上ノ民意主義ノ政治ノ面ニ現ハレタルモノニ外ナラザルコト前ニ之ヲ述ベタリ。相当ニ進歩セル人ガ平和的ニ社会生活ヲ為サントスル場合ニ民意主義ヲ理念トスルコトハ人ノ自然ノ要求トス。故ニ政治上ノ民意主義ハ人ノ政治ニ於ケル自然ノ要求トス。従テ之ヲ以テ政治ニ関スル世界共通ノ理念ナリト云フベシ。然ルニ国家ニ於テ何人ヲ以テ国家意思ノ掌握者トスルカ即チ国体ヲ如何ニスルカノ立国ノ根本義ハ各国特殊ノ事情ニ依リ決セラル。故ニ政治上ノ民意主義ヲ以テ世界共通ノ理念ナリトスルモ其ノ理念ヲ実現スルノ形態ハ各国立国ノ根本義タル国体ノ特殊性ヲ考慮シテ之ヲ定メザルベカラズ。現ニ均シク政治上ノ民意主義ヲ取レル世界ノ諸国家ノ憲法ニ於テ政治上ノ民意主義ヲ実現セル形態ヲ見ルニ其ノ間著シク差異アリ。是レ当然ノ理ナリ。然レバ今政治上ノ民意主義ノ強度ノ実現ヲ基調トシテ帝国憲法ノ改正ヲ為スニ当テモ我ガ国体ノ特殊性ヲ考慮シテスルコトヲ要ス。即チ左ノ用意ヲ忘ルベカラズ。 天皇ハ万世一系ノ君主ニシテ且其ノ君主タラセラルルコトハ天皇固有ノ力ニ依リ国民ノ委任ニ依ルニ非ズ。是レ前ニ之ヲ述ベタリ。此ノ君主ノ一系性及ビ君主ノ主権性ハ我ガ国体ノ特殊性ニシテ今日我ガ国民意識ノ重ズル所ナリ。故ニ政治上ノ民意主義ヲ強度ニ実現スル場合ニ於テモ君主ノ万世一系タルヲ必要トセザルモノトスルコト及ビ君主タルコトガ国民ノ委任ニ依ルモノトスルコトハ許サレザルナリ。
又天皇ガ君主トシテ統治権ヲ総攬セラルルコトガ国民ノ委任ニ依ルニ非ズシテ天皇固有ノ力ニ依ルト云フモ君主ノ主権性ハ天皇ガ統治権ノ行使ニ付国民ノ意思ヲ参与セシメラルルコトナシト云フニ非ズ。即チ政治上ノ民意主義実現セラレザルコトニ非ズ。我ガ国ノ政治ガ国民ノ意思ヲ参与セシムルノ民意主義ヲ実現スベキヤ否ヤハ全ク我ガ国ノ政治発達ノ事情ニ依リ決セラルルモノニシテ従来ニ在テモ之ヲ実現スルコトヲ必要トシタリ。而シテ今日ハ之ヲ強度ニ実現スルノ必要ニ際会ス。タダ天皇タル君主ノ主権性ヲ忘レ其ノ君主タラセラルルコトガ国民ノ委任ニ依ルト思ハシムルコトナキヲ要スルナリ。
之ヲ要スルニ国家将来ノ建設ニ資スルガ為今日帝国憲法ノ改正ヲ為スニ当テハ其ノ基調ヲ我ガ国体ノ特殊性ヲ考慮シツツ政治上ノ民意主義乃至国民行動上ノ自由主義ヲ強度ニ実現スルコトニ置クベキモノトス。
翻テ思フニ我ガ国家ハ将来益々世界ノ平和的秩序ノ確立ニ寄与スルノ使命ヲ有ス。我ガ国家ハ我ガ国家自身ノ平和的秩序ヲ確立スルノ活動ヲ為サザルベカラズ。又之ト共ニ世界ノ平和的秩序ノ確立ニ寄与セザルベカラズ。即チ国家的使命ト共ニ世界的使命ヲ有ス。世界的使命ハ国家ガ世界ニ於テ自国ノ発展ノ為ニスル活動ヲ為スノ世界政策ノ義ニ非ズシテ世界全体ノ進歩発達ノ為ニスル活動ヲ為スコトナリ。国家ガ世界ノ平和的秩序ノ確立ニ寄与スルコトハ其ノ政治ニ於テ民意主義ヲ実現セル場合ニ之ヲ期スベキガ故ニ今帝国憲法ヲ改正シテ民意主義ヲ強度ニ実現スルコトハ実ニ我ガ国家ガ世界ノ平和的秩序ノ確立ニ寄与スルノ力ヲ強化スルモノトス。而シテ此ノ場合ニ我ガ国家ノ個性タル国体ノ特殊性ヲ考慮スルコトハ世界ノ平和的秩序ノ確立ニ対スル寄与ヲ堅実ナラシム。蓋シ世界ノ平和的秩序ヲ確立スルコトハ之ガ為ニスル世界ノ国家ノ共同ノ動作ニ待ツモノナレバ我ガ国家ガ之ニ寄与セントセバ世界ノ国家ノ共同ノ動作ニ参加シ我ガ国家最善ノ努力ヲ為スヲ要ス。然ルニ世界ノ国家ノ右ノ共同ノ動作ニ於テハ各国家ガ其ノ有スル国家的個性ニ立脚スル行動ニ依リ其ノ共同ノ目的ニ邁進スルトキ始メテ能ク之ニ到達スルコトヲ得ベシ。之ニ依リ其ノ行動ガ其ノ国家ニ於テ実効的ノモノトナレバナリ。是レ国家ガ世界ノ平和的秩序ノ確立ニ寄与スルノ世界的使命ヲ遂行スル方法ナリ。各国家ガ其ノ国家的個性ヲ離レテ行動スルコトハ真ニ世界ノ国家ノ共同ノ動作ニ参加シテ最善ノ努力ヲ為ス所以ニ非ズ。然レバ我ガ国家ガ政治上ノ民意主義ヲ強度ニ実現スルニ当リ我ガ国家ノ個性タル国体ノ特殊性ヲ考慮スルコトハ我ガ国家ヲシテ平和的ノ世界秩序ノ確立ナル世界共同ノ動作ニ参加シテ実効的ニ堅実ニ最善ノ努力ヲ為スコト能ハシムル所以ニ外ナラザルナリ。

第五章 帝国憲法改正ノ体様

帝国憲法ノ条項ヲ改正スルニ当リ其ノ体様ヲ如何ニスベキカ。是レ帝国憲法ノ規範ニ如何ナル改正ヲ施スカノ問題ニ非ズシテ改正ヲ施サレタル規範ヲ如何ニ配置スルカノ問題ナリ。一見単ニ便宜上ノ形式ニ関スル事ニシテ精神上ノ実質ニ関スル事ニ非ザルニ似タリ。而モ決シテ然ラズ。之ニ依リ帝国憲法自身ヨリセバ其ノ荘厳性ニ影響シ国民ヨリセバ之ニ対スル尊重心ニ影響ス。帝国憲法ノ尊重ノ念ハ根本ニ於テ人ガ帝国憲法ニ国家最高ノ法規範タルノ権威ヲ認ムルノ心ヲ存スルコト帝国憲法ノ規範ガ国家ノ根本法規範トシテ妥当ノモノナルコト等ノ事実ニ基テ生ズルモノナリ。然レドモ帝国憲法ノ存在スル体様ノ荘厳ナルト否トガ又之ニ対スル尊重心ヲ左右スルコトアルハ疑フベカラズ。故ニ帝国憲法改正ノ体様ヲ如何ニスルカハ精神上ノ実質ニ関スル事タルナリ。
第一 現存ノ帝国憲法ノ規範ノ改正セラレタルモノハ之ヲ其ノ帝国憲法ノ中ニ挿入スベシ。之ヲ編纂シテ現存ノ帝国憲法ノ外ニ別ニ一ノ法典ヲ作成シ之ヲ帝国憲法修正帝国憲法増補ト云フガ如キ名ヲ冠スルコトハ適当ニ非ズ。国家ノ根本法タル憲法ノ法典ハ一個ノ法典トシテ存在スルニ於テ荘厳ナリ。且憲法トシテ二個ノ法典存スルトキハ或事項ニ関シ憲法ノ条項ヲ参照セントスルニ際シ両典ヲ彼此比較対照セザルベカラズ。不便トス。且現存ノ帝国憲法ハ国家ノ根本法規範ヲ一個ノ法典トスルノ方針ヲ以テ制定セラレタルモノニシテ其ノ方針ハ今日ニ在テモ之ヲ踏襲スベキモノトス。
第二 現存ノ帝国憲法ニ於ケル条項ノ章別及ビ章名ハ成ルベク之ヲ変更セザルヲ可トス。タダ新ニ増加シタル事項ニ関スル条項ニ付テハ新ニ章ヲ設クベシ。又章名モ特ニ必要ヲ認ムルモノノ外之ヲ変更セザルヲ可トス。
第三 現存ノ帝国憲法ニ於ケル文言ハ新ニ規定ヲ設クル場合ノ外ハ成ルベク之ヲ変更セザルヲ可トス。タダ其ノ文言ノ為ニ解釈上誤解ヲ生ズルノ余地アルモノハ之ヲ変更シテ其ノ余地ナカラシムベシ。
第四 現存ノ帝国憲法ニ於ケル条項以外ニ新ニ条項ヲ設クルノ結果成ルベク現存ノ条項ノ順位ニ変更ヲ来サザル方針ヲ取ルベシ。且此ノ場合在来ノ条項モ新設ノ条項モ共ニ単ニ第何条トスルノ番号ヲ以テ之ヲ示スベシ。第何条ノ一第何条ノ二第何条ノ三トスルガ如キ番号ヲ以テ之ヲ示スベカラズ。

第六章 帝国憲法改正ニ関スル考査ノ総括

以上述べ来レル所ヲ総括スレバ次ノ如シ。
第一 帝国憲法ノ改正一般ニ付テ
一 今日我ガ国社会事情ノ甚大ナル変遷ニ伴ヒ帝国憲法改正ノ考査ヲ為スノ必要アリ。
二 帝国憲法改正ノ考査ハ帝国憲法ノ部分的改正ニ関スルモノトシテ之ヲ為スコトヲ要ス。
三 国家将来ノ建設ニ資スルガ為ニ今日帝国憲法ノ部分的改正ヲ為スノ必要アリ。単ニ帝国憲法ノ解釈運用ノミニ頼ルベカラズ。
四 改正ノ条項ヲ帝国憲法中ニ挿入スベク別ニ成典ヲ作ルベカラズ。
五 改正ヲ為シタル帝国憲法ノ章別章名条項順位及ビ文言ハ帝国憲法在来ノモノニ従フヲ本則トスベシ。
第二 帝国憲法ノ条項ノ改正ノ基調ニ付テ
一 将来国家ノ建設ニ努力シ国家ノ内外ニ於テ平和的秩序ヲ確立スルコトニ資スルガ為帝国憲法ノ改正ヲ為ス。
二 政治ガ民意主義ニ依テ行ハルルコトノ観念ヲ強度ニ実現ス。
三 政治上ノ民意主義ノ実現ノ前提トシテ行動上ノ自由主義ヲ実現ス。
四 政治上ノ民意主義乃至行動上ノ自由主義ヲ実現スルニ当テモ我ガ国体ノ特殊性ヲ考慮シツツ之ヲ為ス。
第三 帝国憲法ノ条項ノ改正ノ着眼ニ付テ
一 帝国憲法ノ把持セル精神ニ就テ改正スベキモノヲ見ル。
二 帝国憲法ノ把持セル精神ノ改正スベキモノニ形態ヲ与フル条項ヲ考フ。
第四 帝国憲法ノ条項ノ改正ノ目標ニ付テ
一 帝国憲法第一章天皇ノ部ニ於テ
イ 「一君万民ノ精神ヲ法制上ニモ明ニスルコト」ヲ本旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「天皇統治権ヲ行ハセラルルニ当リ万民ヲ翼賛セシメタマフコト」ヲ持ニ明ニス。
(二)「万民翼賛ハ此ノ憲法ノ定ムル所ノ方法ニ依テ為サルベキコト」ヲ特ニ明ニス。
ロ 「天皇憲法上ノ大権ニ付国務大臣ノ輔弼ノミニ依ルコトナク帝国議会又ハ一時之ニ代ラシムル特別ノ機関ノ参与ヲ求メサセラルル方法ヲ定ムルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「帝国議会ノ召集ハ帝国議会ニ代ル前示特別機関タル憲法事項審議会ノ奏請アル場合ニ於テハ必ズ行ハルベキコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「衆議院自ラ解散ヲ提議シ得ルコト」又「濫リニ解散ヲ繰返スヲ得ザルコト」ヲ新ニ定ム。
(三)「大権ニ依リ命令ヲ発スル場合ニ於テモ成ルベク民意ヲ尊重スルノ方法ヲ講ズル為緊急勅令ニ付テ予メ帝国議会ニ代ルベキ憲法事項審議会ノ意見ヲ求ムルコト及ビ従来政府専横ノ行為ノ根拠タリシ所謂委任命令ノ規定事項ニ一定ノ範囲ノ存スルコト」ヲ新ニ定ム。
(四)「一般ニ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ズ法律ヲ以テ命令ヲ変更スルヲ得ルコト」及ビ「命令ヲ以テ第二章ニ示ス所ノ法律事項ヲ規定スルヲ得ザルコト」ヲ特ニ明ニス。
(五)「宣戦講和及ビ条約締結ハ帝国議会開会ノ場合ニハ其ノ協賛ヲ経テ之ヲ行ヒ其ノ閉会ノ場合ニハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ之ヲ行フコト」ヲ新ニ定メ又「条約ノ締結ニ依リ法律事項タル自由ヲ制限スベカラザルコト」ヲ特ニ明ニス。
(六)「官吏ガ安ジテ其ノ本分ヲ尽スノ方法ノ講ゼラルベキコト」ヲ新ニ定ム。
(七)「戒厳ノ濫用ヲ防グ為帝国議会ガ監視ヲ為スコト」及ビ「戒厳ノ場合ニ非ザルモ非常ノ措置トシテ勅令ヲ以テ戒厳法ヲ適用スルヲ得トスル場合ニ於テモ帝国議会ノ監視ヲ受クルコト」ヲ新ニ定ム。
(八)「憲法上ノ大権事項モ帝国議会ノ協賛ヲ経テ行ヒ得ルノ余地ヲ存スルコト」ヲ新ニ定ム。
二 帝国憲法第二章臣民権利義務ノ部ニ於テ
イ 「臣民ガ社会人トシテ一般ニ有スベキ地位ヲ明ニスルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「臣民ガ公益ノ為ニ勤労ヲ為スベキコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「臣民ガ最低ノ生活ヲ保障セラルルコト」ヲ新ニ定ム。
ロ 「臣民ハ帝国憲法ノ示ス所ノ行動上ノ自由ヲ一般ニ保障セラレタダ法律ニ依リ与ヘラレタル範囲ニ於テ其ノ自由ヲ有スルモノニ非ズ而モ臣民トシテ公益ノ為ニ其ノ自由ヲ制限セラルルコトアルハ当然ニシテタダ其ノ場合ニ於テハ法律ニ依テ制限セラルベキモノナルコト」ヲ特ニ明ニス。
ハ 「臣民ガ司法裁判所ノ裁判ヲ受クルコトヲ得テ行政機関ノ裁判ヲ受ケザルコト」ノ本義ヲ特ニ明ニス。
ニ 「行政裁判ヲ受クルヲ得ルコト」ヲ新ニ定ム。
ホ 「財産権ヲ制限セラルル場合ニハ相当ノ補償ヲ以テスルヲ本則トスルコト」ヲ新ニ定ム。
ヘ 「信教ノ自由ノ外学問芸術教育ノ自由ヲ保障シ必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ制限ニハ此等ノ諸活動ノ保護奨励ノ為ニスルモノアルコト」ヲ新ニ定ム。
ト 「帝国憲法第二章ニ於テ示シタル臣民ノ行動上ノ自由以外ノ自由ヲ制限スルハ必ズシモ法律ニ依ルヲ要セザレドモ少クトモ命令ニ依ルヲ要スルコト」ヲ特ニ明ニス。
チ 「臣民ハ国ノ違法行為及ビ官吏ノ違法行為ニ因ル損害ニ付賠償ヲ求メ得ルコト」ヲ新ニ定ム。
リ 「所謂非常大権ノ発動ニ付テモ帝国議会ノ参与アルコト」ヲ新ニ定ム。
ヌ 「外国人ニ対シテモ本則トシテ日本臣民ト同様ノ取扱ヲ為スコト」ヲ新ニ定ム。
三 帝国憲法第三章帝国議会ノ部ニ於テ
イ 「衆議院ニ於テハ一般国民ニ代テ活溌ノ態度ヲ以テ国務ニ参加シ貴族院ニ於テハ平静ノ態度ヲ以テ国務ニ参加スルコトヲ重ンジ従テ其ノ議員ハ衆議院ニ在テハ成ルベク広キ範囲ニ於ケル一般国民ヲシテ選挙セシメ貴族院ニ在テハ平静ニ国務ヲ考慮スルコトニ付困難ヲ感ズルコト比較的少カルベキ立場ニ在ル者ヲ特ニ選任シ両議院各々特色アル態度ニ於テ行動シ両者ノ行動ノ一致アル所即チ国民全体ノ意思ノ代表アリトスルノ精神ヲ一層貫徹スルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「貴族院ノ名ヲ改メテ特議院トシ特議院ハ皇族及ビ特別ノ方法ヲ以テ選任セラルル議員ヨリ組織スルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「特議院ノ組織モ衆議院ト同ジク法律ニ依リ定メラルルコト」ヲ新ニ定ム。
ロ 「議院ノ奏請ニ基キ会期ノ延長セラルベキコト」ヲ新ニ定ム。
ハ 「解散後ノ議会ノ召集ヲ三箇月以内ニ行フベキコト」ヲ新ニ定ム。
ニ 「議事公開ノ本義ヲ一層徹底セシメ且公開セル議事ハ自由ニ報道セシムルコト」ヲ新ニ定ム。
ホ 「会期前ニ逮捕セラレタル議員ヲ引続キ逮捕シ置クニハ議院ノ許諾ヲ要スルコト」ヲ特ニ明ニス。
ヘ 「帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル国家意思ハ本則トシテ法律ナル形式ヲ有シ又帝国議会ノ協賛ニ依ルコトナクシテ成立シタル国家意思ハ法律ナル形式ヲ有セザルコト」ヲ特ニ明ニス。
ト 「両議院ハ国務大臣及ビ其ノ院ノ議員ノ職務ニ付不当ノ事項存スルヤ否ヤヲ審査スル為査問委員会ヲ設クルコト」ヲ新ニ定ム。
チ 「本来帝国議会ノ議決ヲ以テスルヲ妥当トスルモ而モ議会ノ行動ヲ待ツヲ得ザル事項ヲ審議スル為憲法事項審議会ヲ置クコト」ヲ新ニ定ム。
四 帝国憲法第四章国務大臣及枢密顧問ノ部ニ於テ
イ 「国務大臣ノ責任ハ天皇ノ外帝国議会モ之ヲ問フモノナルコト及ビ枢密顧問ノ権限ヲ明ニスルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「帝国議会モ国務大臣ノ責任ヲ問フモノナルコト」ヲ特ニ明ニス。
(二)「帝国議会ガ国務大臣ノ責任ヲ問フノ方法ハ帝国憲法ノ許ス範囲内ニ於テ任意ニ之ヲ選択シ得ルコト」ヲ特ニ明ニス。
ロ 「二人以上ノ国務大臣アリテ而モ相共ニ輔弼ヲ為スヲ得ルノ途ヲ示スコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「国務大臣ヲ以テ組織スル内閣ヲ設クルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「内閣総理大臣ヲ置クコト」及ビ「内閣総理大臣ノ選任ニ関シテ一定ノ手続ヲ定ムベキコト」ヲ新ニ定ム。
(三)「内閣総理大臣ハ内閣ノ統一ヲ保チ国務ノ全般ニ付上奏シ之ヲ宣示スルノ職責ヲ有シ之ニ依リ他ノ国務大臣ト其ノ地位ヲ異ニスルコト」ヲ明ニシ又国務ノ中「統帥其ノ他特ニ説明ヲ必要ト認ムルモノニ関シテハ国務大臣ノ外当該官府ヲシテ閣議ノ席ニ於テ説明ヲ為サシメ得ルコト」ヲ新ニ定ム。
ハ 「天皇ハ必ズ枢密院ニ諮詢セラルルヲ要スルモノニ非ザルコト」ヲ特ニ明ニス。
五 帝国憲法第五章司法ノ部ニ於テ
イ 「司法権ガ公正ニ運営セラルルノ方法ヲ一層確実ニスルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「裁判ノ公開ヲ停止スル裁判所ノ決議ヲ再議セシムルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「国家ハ犯罪ノ検察ノ事ヲ裁判ト同様ニ重ジ実質上裁判ノ事ト同様ニ取扱フコト」ヲ新ニ定ム。
(三)「裁判官及ビ検事ガ其ノ職務ノ執行ニ付社会ノ信頼ヲ保持スベキコト」ヲ新ニ定ム。
ロ 「行政機関ノ違法処分其ノ他行政上ノ関係ニ関シ違法ノ事実ナカラシムルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「行政機関ノ違法処分其ノ他行政上ノ関係一般ニ関シ行政裁判所ガ訴訟ヲ裁判スルコト」ヲ明ニ定ム。
(二)「行政裁判所及ビ司法裁判所ノ権限ヲ明ニスルコト」ヲ新ニ定ム。
(三)「行政裁判所及ビ行政裁判官ヲ司法裁判所及ビ裁判官ニ準ジテ取扱フコト」ヲ新ニ定ム。
ハ 「帝国憲法ノ条規ノ遵守ヲ確実ニスルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「法律命令又ハ政府帝国議会司法裁判所及ビ行政裁判所ノ行動ニ付帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤノ疑義ヲ生ズル場合ニ之ヲ有権的ニ決定スル為憲法裁判所ヲ設クルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「憲法裁判所及ビ憲法裁判官ヲ司法裁判所及ビ裁判官ニ準ジ取扱フコト」ヲ新ニ定ム。
六 帝国憲法第六章会計ノ部ニ於テ
イ 「皇室経費ハ国庫ヨリ供奉スベク而モ其ノ額ニ付民意ヲ容ルルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「帝国議会ガ皇室経費ノ定額ニ付意見ヲ申出デ得ルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「帝国議会ノ意見ニ基キ皇室経費ノ定額ニ変更ヲ見ルコトアルコト」ヲ新ニ定ム。
ロ 「予算議定ニ於ケル帝国議会協賛ノ意味殊ニ衆議院議決ノ意味ヲ尊重シ及ビ其ノ正当ナル執行ヲ確実ニスルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「必要已ムヲ得ズシテ憲法事項審議会ノ議決ヲ経タル場合ニ限リ歳計剰余金ヲ支出シ得ルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「緊急財政処分ノ勅令ハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経ルヲ要スルコト」ヲ新ニ定ム。
(三)「予算不成立ノ場合施行セラルル前年度予算中ノ臨時費及ビ之ニ対シ追加予算ノ提出アリタルトキ前年度予算ニ変更ヲ加ヘ得ルコト」ヲ新ニ定ム。
(四)「衆議院予算案ノ先議ノ精神ニ基キ同院ニ依ル予算案ノ議決ト特議院ノ議決ト異ナル場合特議院ヲシテ再議ヲ為サシムルノ途ヲ開クコト」ヲ新ニ定ム。
(五)「会計検査院ノ職責ノ重大ニシテ政府之ヲ尊重スベキモノナルコト」ヲ特ニ明ニス。
七 帝国憲法第七章補則ヲ改メテ第七章自治ノ部ヲ設ケ其ノ部ニ於テ
イ 「国ガ必要ニ由リ自治団体ヲ設クルコト」ヲ新ニ定ム。
ロ 「自治団体ノ事務ハ其ノ決定及ビ執行共ニ当該自治団体ヲ構成スル者ノ選任シタル機関之ニ当ルコト」ヲ新ニ定ム。
八 帝国憲法ニ第八章ヲ設ケ之ヲ補則ト為シ其ノ部ニ於テ
イ 「帝国憲法ノ改正ノ発議ニ付民意ヲ容ルルノ余地ヲ存スルコト及ビ改正ニ関スル手続ヲ慎重ナラシムルコト」ヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ
(一)「帝国憲法全体ノ改正ニ付テハ帝国議会ノ議決及ビ国民投票アル場合ニ政府発議ヲ奏請スルコト」ヲ新ニ定ム。
(二)「帝国憲法一部ノ改正ニ付テハ帝国議会ノ議決ノミニ依リ政府発議ヲ奏請シ得ベキコト」ヲ新ニ定ム。
(三)「帝国議会憲法改正ノ議案ニ対シ修正ノ議決ヲ為シ得ルコト及ビ其ノ場合政府ハ一定ノ措置ヲ為スコト」ヲ新ニ定ム。
(四)「帝国憲法ノ改正ニ関シ政府其ノ職権ヲ行フニ当リ特別審議ノ機関ヲ設クルコト」ヲ新ニ定ム。
ロ 「摂政ヲ置クノ間ニ在テモ帝国憲法及ビ皇室典範ノ改正ヲ行フノ余地アルコト」ヲ新ニ定ム。
九 帝国憲法ノ条項ノ文言中其ノ条項ノ真義ヲ現ハスニ適セザルモノヲ改ム。

第七章 帝国憲法改正ノ条項

第五条 天皇統治権ヲ行フハ万民ノ翼賛ヲ以テス
万民ノ翼賛ハ此ノ憲法ノ定ムル所ノ方法ニ依ル
(備考) 新設
第七条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布ヲ命ス
(備考) 現憲法第六条改正
第八条 憲法事項審議会奏請スルトキハ帝国議会ヲ召集スヘシ
同一ノ理由ニ依リ命スル衆議院ノ解散ハ一回ヲ超ユルコトヲ得ス
衆議院ニ於テ政府ニ解散ノ奏請ヲ求ムヘシトスルノ動議アリ議員三分ノ一以上ノ賛成アルトキハ衆議院議長之ヲ政府ニ報告シ政府ノ奏請ニ依リ解散セラルヘシ
帝国議会閉会ノ間憲法事項審議会ハ衆議院議員三十名以上ノ連名ヲ以テスル請求ニ基キ衆議院ノ解散ヲ奏請スルコトアルヘシ
(備考) 現憲法第七条中新設
第九条 天皇ハ帝国議会ノ召集在ラサル場合ニ於テ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
此ノ勅令ハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
(備考) 現憲法第八条改正
第十条 天皇ハ法律ヲ以テ規定ストセラレタル事項ニ付法律ノ委任ニ依リ命令ヲ以テ規定スルコトヲ得
当該事項全般ヲ規定シタル法律カ其ノ事項ニ付其ノ法律自ラ定ムルニ適セストスルモノヲ命令ヲ以テ定ムト規定スル場合ニ於テ前項ノ委任アルモノトス
(備考) 新設
第十一条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為ニ又ハ臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム
(備考) 現憲法第九条改正
第十二条 天皇ハ行政各部ノ官制及官吏ノ俸給ヲ定メ及官吏ヲ任免ス(但書略)
官吏ノ勤務ニ関シテハ別ニ規程ヲ設ケ其ノ本文ヲ尽サシメ又其ノ身分ヲ保持セシム
(備考) 現憲法第十条改正
第十三条 天皇ハ軍ヲ統帥ス
(備考) 現憲法第十一条改正
第十四条 天皇ハ軍ノ編成及常備兵額ヲ定ム
(備考) 現憲法第十二条改正
第十五条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス
前項ノ作用ハ帝国議会開会中ナルトキハ其ノ協賛ヲ経テ之ヲ行ヒ閉会中ナルトキハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ之ヲ行フ後ノ場合ニ於テ宣戦講和ニ付テハ直ニ条約締結ニ付テハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ之ヲ報告ス
条約ノ内容カ法律ヲ要スル事項ヲ含ム場合ニ於テハ其ノ事項ニ付別ニ法律ヲ制定スルノ手続ヲ要ス
(備考) 現憲法第十三条中新設
第十六条 戒厳ヲ宣告シタルトキハ直ニ之ヲ帝国議会ニ報告スヘシ 天皇ハ前項ノ報告アリタル場合ニ於テ及其ノ後ニ於テ帝国議会ノ議決ニ依リ戒厳ノ終了ヲ宣告ス
天皇ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為非常ノ措置ヲ為スノ必要アルトキハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ勅令ヲ以テ戒厳法ノ一部ノ適用ヲ為スコトヲ得此ノ場合ニ於テハ第三項及前項ヲ準用シ戒厳法ノ適用ヲ停止ス
(備考) 現憲法第十四条中新設
第十九条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ第十三条第十四条第十七条及第十八条ノ作用ヲ行フコトヲ得憲法事項審議会ノ奏請アルトキハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ行フコトヲ要ス
(備考) 新設
第二十条 命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス法律ヲ以テ命令ヲ変更スルコトヲ得但シ此ノ憲法ニ特例ヲ認メタル場合ハ此ノ限ニ在ラス
命令ハ此ノ憲法ニ特例ヲ認メタル場合ヲ除ク外第二章ニ於テ法律ヲ要スト定ムル事項ヲ規定スルコトヲ得ス
(備考) 新設
第二章 臣民
(備考) 現憲法第二章章名改正
第二十三条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ能力ニ応シ公益ノ為必要ナル勤労ヲ為スノ義務ヲ有ス
(備考) 新設
第二十四条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ依リ人間必需ノ生活ヲ享受スルノ権利ヲ有ス
(備考) 新設
第二十五条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク官吏ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クノ権利ヲ有ス
前項ノ資格ニ付テハ人ノ能力ニ関スル事実ニ着目シテ適否ヲ判断スヘキモノトス
(備考) 現憲法第十九条改正
第二十七条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ租税其ノ他ノ公課ヲ納ムルノ義務ヲ有ス
(備考) 現憲法第二十一条改正
第二十八条 日本臣民ハ居住移転及職業ノ自由ヲ有ス
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(備考) 現憲法第二十二条改正
第二十九条 日本臣民ハ故ナク逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(備考) 現憲法第二十三条改正
第三十条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判所及行政裁判所ノ裁判及行政裁判ヲ受クルノ権利ヲ有ス
(備考) 現憲法第二十四条改正
第三十一条 日本臣民ハ其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(備考) 現憲法第二十五条改正
第三十二条 日本臣民ハ信書及之ニ準スヘキモノノ秘密ヲ侵サルルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(備考) 現憲法第二十六条改正
第三十三条 日本臣民ハ其ノ財産権ヲ侵サルルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依リ且特別ノ事由ナキ限相当ノ補償ヲ以テス
(備考) 現憲法第二十七条改正
第三十四条 日本臣民ハ信教ノ自由ヲ有ス
安寧秩序ヲ妨クル者臣民タルノ義務ニ背ク者及保護奨励ヲ望ム者ニ対シ加フル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
宗教上ノ団体ハ宗教ニ関セサル行動ヲ為ス範囲ニ於テ第三十六条ニ基ク制限ニ従フ
(備考) 現憲法第二十八条改正
第三十五条 日本臣民ハ学問芸術及教育受授ノ自由ヲ有ス
保護奨励其ノ他公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(備考) 新設
第三十六条 日本臣民ハ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(備考) 現憲法第二十九条改正
第三十七条 日本臣民ハ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スノ権利ヲ有ス
(備考) 現憲法第三十条改正
第三十八条 日本臣民ハ国ノ違法ノ行為又ハ官吏ノ違法ノ職務行為ニ因リ損害ヲ受ケタルトキハ国ニ対シテ賠償ヲ求ムルノ権利ヲ有ス
前項ノ場合ニ於テ賠償ヲ求ムル手続及国ト官吏トノ関係ハ法律ニ依リ之ヲ定ム
(備考) 新設
第三十九条 本章ニ示シタルモノノ外日本臣民ノ自由ヲ制限スルハ法律又ハ命令ニ依ル
(備考) 新設
第四十条 天皇ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ本章ニ掲ケタル条規ニ拘ラス大権ニ依リ必要ナル処置ヲ為スコトヲ得其ノ処置ニ付テハ直ニ帝国議会ニ報告スヘシ
天皇ハ前項ノ報告アリタル場合ニ於テ及其ノ後ニ於テ帝国議会ノ議決ニ依リ其ノ処置ヲ停止ス
(備考) 現憲法第三十一条改正
〔現憲法第三十二条削除〕
第四十一条 第二十八条乃至第三十九条ハ法律ニ別段ノ定ナキ限日本臣民ニ非サル者ニ付之ヲ準用ス
(備考) 新設
第四十二条 帝国議会ハ衆議院特議院ノ両院ヲ以テ成立ス
(備考) 現憲法第三十三条改正
〔現憲法第三十四条第三十五条ノ順序変更〕
第四十四条 特議院ハ特議院法ノ定ムル所ニ依リ皇族及特別ノ手続ヲ経テ選任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
(備考) 現憲法第三十四条改正
第四十六条 凡テ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル国ノ行為ヲ法律トス
但シ此ノ憲法ニ依リ別段ノ形式ヲ定メタルモノハ此ノ限ニ在ラス
(備考) 現憲法第三十七条改正
第五十一条 帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅令ヲ以テ之ヲ延長ス議院奏請シタル場合亦同シ
(備考) 現憲法第四十二条改正
第五十三条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ特議院ハ同時ニ停会セラルヘシ
(備考) 現憲法第四十四条第二項改正
第五十四条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ三箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ
(備考) 現憲法第四十五条改正
第五十七条 政府ノ要求ニ依リ秘密会ト為シタル後議院ノ決議アルトキハ公開ニ復ス
公開ノ会議ノ議事ヲ真実ニ伝フルコトヲ目的トスル報道ハ責任ヲ生スルコトナシ
(備考) 現憲法第四十八条中新設
第六十一条 両議院ハ各々総議員十分ノ一以上ノ賛成ヲ以テスル動議ニ基ク決議アルトキハ特定ノ国務大臣及其ノ院ノ議員ノ職務ニ付不当ノ事項存スルヤ否ヤヲ審査スル為査問委員会ヲ設ク
査問委員会ハ当該国務大臣又ハ当該議員ノ出席陳述ヲ求ムルコトヲ得当該国務大臣又ハ当該議員ハ出席陳述ヲ為スコトヲ得
査問委員会ハ証拠ノ取調ニ付諸官府ニ委託スルコトヲ得
前二項ニ示シタルモノノ外査問委員会ノ審理ニ必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(備考) 新設
第六十三条 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関スル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ引続キ逮捕セラレ及新ニ逮捕セラルルコトナシ
(備考) 現憲法第五十三条改正
第六十五条 此ノ憲法ノ定ムル所ニ依リ特定ノ事項ヲ審議スル為両議院議員ヲ委員トスル憲法事項審議会ヲ置ク
両議院ハ各会期毎ニ憲法事項審議会ノ委員及委員ニ故障ヲ生シタル場合ノ補充員ヲ選挙ス委員及補充員ハ各々三十人以内両院同数トス
憲法事項審議会ノ委員ハ次ノ会期ニ於テ新ニ委員ノ選挙セラルル迄其ノ職務ヲ行フモノトス
衆議院議員又ハ特議院議員総テ存セサルニ至リタル場合ニ於テハ衆議院議員又ハ特議院議員ニシテ憲法事項審議会ノ委員タリシ者引続キ委員タルモノトス其ノ者ニ故障アルトキハ第二項ノ補充員タリシ者ヲ以テ之ニ充ツ
各議院ニ於ケル憲法事項審議会ノ委員ノ数議事規則其ノ他必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(備考) 新設
第四章 国務大臣及枢密院
(備考) 現憲法第四章章名改正
第六十七条 天皇及帝国議会カ国務大臣ノ責任ヲ問フハ此ノ憲法ノ範囲内ニ於テ適宜ノ措置ヲ以テス
(備考) 新設
第六十八条 国務大臣ハ官制ノ定ムル所ニ依リ内閣ヲ組織ス
(備考) 新設
第六十九条 天皇ハ国務大臣中一人ヲ以テ内閣総理大臣ニ任ス
内閣総理大臣ハ内閣ノ統一ヲ保チ国務ノ全般ニ付上奏シ之ヲ宣示ス統帥ノ国務其ノ他特別ノ説明ヲ必要トスル事項ニ関シテハ内閣総理大臣当該官府ヲシテ内閣ニ於テ説明ヲ為サシム
内閣総理大臣ノ選任ハ別ニ定ムル所ノ規程ニ依リ一定ノ手続ヲ経テ之ヲ行フ此ノ場合ニ於テ現任ノ内閣総理大臣ハ其ノ意見ヲ上奏スルコトヲ得
(備考) 新設
第七十条 枢密院ハ官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ其ノ意見ヲ上奏ス
天皇ハ重要ノ国務ニ付枢密院ニ諮詢スルコトアルヘシ
(備考) 現憲法第五十六条改正
第五章 司法検察行政裁判及憲法裁判
(備考) 現憲法第五章章名改正
第七十二条 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分ニ由ルノ外其ノ官ヲ免セラルルコトナシ
(備考) 現憲法第五十八条第二項改正
第七十三条 前項裁判所ノ決議ニ対シ法律ノ定ムル所ニ依リ当事者弁護人及傍聴人異議ヲ申立テタルトキハ裁判所ハ再議スルコトアルヘ
(備考) 現憲法第五十九条中新設
第七十五条 犯罪ノ検察ハ法律ニ依リ検事之ヲ行フ
裁判官ニ任セラルル資格其ノ身分ノ保障及其ノ懲戒ニ関スル此ノ憲法ノ条項ハ検事ニ付之ヲ準用ス但シ必要アルトキハ法律ヲ以テ別段ノ規定ヲ設クルコトヲ得
(備考) 新設
第七十六条 裁判官及検事ハ公正ノ態度ニ付社会ノ信頼ヲ保持スヘシ
裁判官及検事ハ相互独立シテ共ニ司法権ノ適正ナル運営ヲ期シ両者職域ノ混淆ナキコトヲ要ス
(備考) 新設
第七十七条 行政庁ノ処分ニ付利害関係ヲ有スル者カ其ノ処分ヲ違法ナリトシテ其ノ効力ニ関シ提起スル訴訟ノ裁判ハ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所法律ニ依リ之ヲ行フ
前項ノ関係以外ノ行政上ノ関係ニ関スル訴訟ノ裁判ハ法律ニ依リ特ニ司法裁判所ノ権限ニ属セシメタルモノヲ除ク外総テ行政裁判所ノ権限ニ属ス
第七十二条及第七十三条ハ行政裁判官及行政裁判ニ付之ヲ準用ス
(備考) 現憲法第六十一条改正
第七十八条 帝国憲法ノ条規ニ関スル疑義ニ付テハ法律ニ定メタル憲法裁判所法律ニ依リ之ヲ裁判ス
憲法裁判所ハ皇室典範皇室典範ニ基ク諸規則及法律命令カ帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤニ付宮内大臣政府及帝国議会ノ請求アリタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ但シ現ニ憲法裁判所ニ繋属スル事件ノ判決ニ付本文ニ示シタル諸法ニ関スル憲法上ノ疑義ヲ決定スルコトヲ必要トスル場合ニ於テハ憲法裁判所職権ニ依リ之ヲ決定ス
憲法裁判所ハ前項ノ事項以外ノ事項ニ関シ政府又ハ帝国議会ノ行動カ帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤニ付帝国議会又ハ政府ノ請求アリタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ衆議院又ハ特議院ノ請求アルトキハ政府ハ此ノ請求ヲ為スコトヲ要ス
憲法裁判所ハ最高ノ司法裁判所又ハ最高ノ行政裁判所カ現ニ繋属スル事件ノ判決ニ付憲法上ノ疑義ヲ決定スルコトヲ必要トシ之ヲ請求シタル場合及其ノ訴訟ノ当事者カ之ヲ申立テタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ
憲法裁判所ハ第二項第三項及前項ノ事項以外ノ事項ニ付法律ヲ以テ其ノ裁判ニ属セシメタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ
第七十二条及第七十三条ハ憲法裁判官及憲法裁判ニ付之ヲ準用ス
(備考) 新設
第七十九条 新ニ租税其ノ他ノ公課ヲ課シ及課率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ此ノ限ニ在ラス
(備考) 現憲法第六十二条第一項及第二項改正
第八十条 現行ノ租税其ノ他ノ公課ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス
(備考) 現憲法第六十三条改正
第八十二条 予算案ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ
予算案ニ付特議院ニ於テ衆議院ト異ナル議決ヲ為シタル場合ニハ政府ハ衆議院ノ請求ニ依リ特議院ノ再議ヲ求ムルコトヲ要ス
(備考) 現憲法第六十五条改正
第八十三条 皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出ス
帝国議会ハ皇室経費ノ定額ニ付新ニ考慮ヲ為スコトヲ政府ニ求ムルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テ政府同意スルトキハ定額ノ増減ヲ計上シ帝国議会ノ協賛ヲ求ムヘシ
(備考) 現憲法第六十六条改正
第八十四条 憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出法律ノ結果ニ因ル歳出及法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
(備考) 現憲法第六十七条改正
第八十六条 政府ハ予備費ヲ支出シテ尚必要アリト認ムル場合ニ於テハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ歳計剰余金ヲ支出スルコトヲ得第八十一条第二項ハ此ノ場合ニモ適用アルモノトス
(備考) 現憲法第六十九条中新設
第八十七条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ政府ハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得但シ此ノ勅令ハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ之ヲ発ス
前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
(備考) 現憲法第七十条改正
第八十八条 前年度予算ノ施行セラルル場合ニ於テハ帝国議会ハ其ノ予算中ノ臨時費ニ付更ニ審査シ之カ廃除削減ヲ為スコトヲ得
施行セラルヘキ前年度予算ニ対スル追加予算存スル場合又ハ之ニ対スル追加予算提出セラレタル場合ニ於テハ帝国議会ハ前年度予算中ノ款項ニシテ追加予算中ノ款項ト同一ナルモノニ付更ニ審査シ之カ廃除削減ヲ為スコトヲ得
前項ノ規定ハ特別会計予算成立セサル場合ニ於テ之ニ対スル追加予算ニ付之ヲ準用ス
(備考) 現憲法第七十一条中新設
第八十九条 会計検査院ハ天皇ニ直隷シ国務大臣ニ対シ独立シテ其ノ職務ヲ行ヒ其ノ意見ヲ上奏スルモノトス
会計検査官ノ資格其ノ身分ノ保障ニ付テハ第七十二条ヲ準用ス
(備考) 現憲法第七十二条中新設
第七章 自治
(備考) 新設
第九十条 国必要ヲ認ムルトキハ法律ノ定メタル地方団体其ノ他ノ団体ヲシテ其ノ名ニ於テ統治ニ任セシムルコトヲ得
前項ノ自治団体ハ国ノ監督ヲ受ク
(備考) 新設
第九十一条 自治団体ノ事務ヲ決定スル者及之ヲ執行スル者ノ選任ハ当該自治団体ヲ構成スル者之ヲ行フ但シ法律ニ別段ノ定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス
(備考) 新設
第九十二条 自治団体ノ構成組織権能責務其ノ他必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(備考) 新設
第九十三条 将来此ノ憲法ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅令ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
(備考) 現憲法第七十三条第一項改正
第九十四条 政府命ヲ奉シ帝国憲法ノ改正ニ関スル調査ヲ為ス場合ニ於テハ特別ノ審議機関ヲ設クルモノトス
政府帝国憲法ノ全体又ハ其ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ヲ認ムルトキハ之ヲ上奏シ勅旨ニ依リ其ノ必要ノ有無ニ付帝国議会ノ議決ヲ求ムヘシ
帝国議会ハ政府カ帝国憲法改正ノ必要ノ有無ニ関シ調査ヲ為スコトヲ奏請スヘシトスル決議ヲ為スコトヲ得此ノ決議アリタル場合ニハ政府ハ議会ニ於テ之ニ関スル意見ヲ表明スヘシ
(備考) 新設
第九十五条 帝国議会帝国憲法全体ノ改正ノ必要ヲ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行ヒ国民投票ノ結果其ノ改正ノ必要可決セラレタルトキハ政府ハ前条第一項ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続ヲ奏請ス
国民投票ヲ行フノ方法ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(備考) 新設
第九十六条 帝国議会帝国憲法ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ヲ議決シタル場合ニ於テハ政府ハ勅旨ニ依リ第九十四条第一項ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続ヲ奏請ス
(備考) 新設
第九十七条 帝国議会ニ於テ憲法議案ヲ可決シタル場合ニ於テハ政府ハ其ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス
帝国議会ニ於テ憲法議案ヲ修正シテ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行ヒ国民投票ノ結果其ノ修正可決セラレタルトキハ政府ハ其ノ修正ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス
(備考) 新設
第九十九条 帝国憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間其ノ全体ニ付及皇位継承ノ事項ニ付之ヲ改正スルコトヲ得ス
(備考) 現憲法第七十五条改正
第百条 歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ総テ第八十四条ノ例ニ依ル
(備考) 現憲法第七十六条第二項改正

第八章 現憲法ト憲法案ノ対比

備考欄ニ記入セル「新」トハ新設ノ条規ナルコトヲ示シ「改」トハ現憲法ノ条規ノ改定セラルベキモノナルコトヲ示ス。
備考欄ニ「新」又ハ「改」ノ記入ナキハ現憲法ノ条規其ノママナルコトヲ示ス。
現憲法 憲法案 備考
第一章 天皇 第一章 天皇
第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス 第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス 第二条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス 第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ 第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

第五条 天皇統治権ヲ行フハ万民ノ翼賛ヲ以テス

万民ノ翼賛ハ此ノ憲法ノ定ムル所ノ方法ニ依ル
第五条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ 第六条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第六条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス 第七条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布ヲ命ス
第七条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス 第八条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス

憲法事項審議会奏請スルトキハ帝国議会ヲ召集スヘシ

同一ノ理由ニ依リ命スル衆議院ノ解散ハ一回ヲ超ユルコトヲ得ス

衆議院ニ於テ政府ニ解散ノ奏請ヲ求ムヘシトスルノ動議アリ議員三分ノ一以上ノ賛成アルトキハ衆議院議長之ヲ政府ニ報告シ政府ノ奏請ニ依リ解散セラルヘシ

帝国議会閉会ノ間憲法事項審議会ハ衆議院議員三十名以上ノ連名ヲ以テスル請求ニ基キ衆議院ノ解散ヲ奏請スルコトアルヘシ
第八条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス 第九条 天皇ハ帝国議会ノ召集在ラサル場合ニ於テ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ 此ノ勅令ハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ

第十条 天皇ハ法律ヲ以テ規定ストセラレタル事項ニ付法律ノ委任ニ依リ命令ヲ以テ規定スルコトヲ得

当該事項全般ヲ規定シタル法律カ其ノ事項ニ付其ノ法律自ラ定ムルニ適セストスルモノヲ命令ヲ以テ定ムト規定スル場合ニ於テ前項ノ委任アルモノトス
第九条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス 第十一条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為ニ又ハ臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム
第十条 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル 第十二条 天皇ハ行政各部ノ官制及官吏ノ俸給ヲ定メ及官吏ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル

官吏ノ勤務ニ関シテハ別ニ規程ヲ設ケ其ノ本分ヲ尽サシメ又其ノ身分ヲ保持セシム
第十一条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス 第十三条 天皇ハ軍ヲ統帥ス
第十二条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム 第十四条 天皇ハ軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
第十三条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス 第十五条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス

前項ノ作用ハ帝国議会開会中ナルトキハ其ノ協賛ヲ経テ之ヲ行ヒ閉会中ナルトキハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ之ヲ行フ後ノ場合ニ於テ宣戦講和ニ付テハ直ニ条約締結ニ付テハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ之ヲ報告ス

条約ノ内容カ法律ヲ要スル事項ヲ含ム場合ニ於テハ其ノ事項ニ付別ニ法律ヲ制定スルノ手続ヲ要ス
第十四条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス 第十六条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

戒厳ヲ宣告シタルトキハ直ニ之ヲ帝国議会ニ報告スヘシ

天皇ハ前項ノ報告アリタル場合ニ於テ及其ノ後ニ於テ帝国議会ノ議決ニ依リ戒厳ノ終了ヲ宣告ス

天皇ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為非常ノ措置ヲ為スノ必要アルトキハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ勅令ヲ以テ戒厳法ノ一部ノ適用ヲ為スコトヲ得此ノ場合ニ於テハ第三項及前項ヲ準用シ戒厳法ノ適用ヲ停止ス
第十五条 天皇ハ爵位勲章及其他ノ栄典ヲ授与ス 第十七条 天皇ハ爵位勲章及其他ノ栄典ヲ授与ス
第十六条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス 第十八条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス

第十九条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ第十三条第十四条第十七条及第十八条ノ作用ヲ行フコトヲ得憲法事項審議会ノ奏請アルトキハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ行フコトヲ要ス

第二十条 命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス法律ヲ以テ命令ヲ変更スルコトヲ得但シ此ノ憲法ニ特例ヲ認メタル場合ハ此ノ限ニ在ラス

命令ハ此ノ憲法ニ特例ヲ認メタル場合ヲ除ク外第二章ニ於テ法律ヲ要スト定ムル事項ヲ規定スルコトヲ得ス
第十七条 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル 第二十一条 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ
第二章 臣民権利義務 第二章 臣民
第十八条 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル 第二十二条 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

第二十三条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ能力ニ応シ公益ノ為必要ナル勤労ヲ為スノ義務ヲ有ス

第二十四条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ依リ人間必需ノ生活ヲ享受スルノ権利ヲ有ス
第十九条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得 第二十五条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク官吏ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クノ権利ヲ有ス

前項ノ資格ニ付テハ人ノ能力ニ関スル事実ニ着目シテ適否ヲ判断スヘキモノトス
第二十条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス 第二十六条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
第二十一条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス 第二十七条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ租税其ノ他ノ公課ヲ納ムルノ義務ヲ有ス
第二十二条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス 第二十八条 日本臣民ハ居住移転及職業ノ自由ヲ有ス

公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第二十三条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ 第二十九条 日本臣民ハ故ナク逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ

公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第二十四条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルルコトナシ 第三十条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判所及行政裁判所ノ裁判及行政裁判ヲ受クルノ権利ヲ有ス
第二十五条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルルコトナシ 第三十一条 日本臣民ハ其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルルコトナシ

公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第二十六条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルルコトナシ 第三十二条 日本臣民ハ信書及之ニ準スヘキモノノ秘密ヲ侵サルルコトナシ

公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第二十七条 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルルコトナシ 第三十三条 日本臣民ハ其ノ財産権ヲ侵サルルコトナシ
公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル 公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依リ且特別ノ自由ナキ限相当ノ補償ヲ以テス
第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス 第三十四条 日本臣民ハ信教ノ自由ヲ有ス

安寧秩序ヲ妨クル者臣民タルノ義務ニ背ク者及保護奨励ヲ望ム者ニ対シ加フル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

宗教上ノ団体ハ宗教ニ関セサル行動ヲ為ス範囲ニ於テ第三十六条ニ基ク制限ニ従フ

第三十五条 日本臣民ハ学問芸術及教育受授ノ自由ヲ有ス

保護奨励其ノ他公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第二十九条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス 第三十六条 日本臣民ハ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第三十条 日本臣民ハ相当ノ敬励ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得 第三十七条 日本臣民ハ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スノ権利ヲ有ス

第三十八条 日本臣民ハ国ノ違法ノ行為又ハ官吏ノ違法ノ職務行為ニ因リ損害ヲ受ケタルトキハ国ニ対シテ賠償ヲ求ムルノ権利ヲ有ス

前項ノ場合ニ於テ賠償ヲ求ムル手続及国ト官吏トノ関係ハ法律ニ依リ之ヲ定ム

第三十九条 本章ニ示シタルモノノ外日本臣民ノ自由ヲ制限スルハ法律又ハ命令ニ依ル
第三十一条 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ訪クルコトナシ 第四十条 天皇ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ本章ニ掲ケタル条規ニ拘ラス大権ニ依リ必要ナル処置ヲ為スコトヲ得其ノ処置ニ付テハ直ニ帝国議会ニ報告スヘシ

天皇ハ前項ノ報告アリタル場合ニ於テ及其ノ後ニ於テ帝国議会ノ議決ニ依リ其ノ処置ヲ停止ス
第三十二条 本章ニ掲ケタル条規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴触セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス

第四十一条 第二十八条乃至第三十九条ハ法律ニ別段ノ定ナキ限日本臣民ニ非サル者ニ付之ヲ準用ス
第三章 帝国議会 第三章 帝国議会
第三十三条 帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス 第四十二条 帝国議会ハ衆議院特議院ノ両院ヲ以テ成立ス
第三十五条 衆議院ハ選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス 第四十三条 衆議院ハ選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス
第三十四条 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス 第四十四条 特議院ハ特議院法ノ定ムル所ニ依リ皇族及特別ノ手続ヲ経テ選任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
第三十六条 何人モ同時ニ両議院ノ議員タルコトヲ得ス 第四十五条 何人モ同時ニ両議院ノ議員タルコトヲ得ス
第三十七条 凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス 第四十六条 凡テ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル国ノ行為ヲ法律トス但シ此ノ憲法ニ依リ別段ノ形式ヲ定メタルモノハ此ノ限ニ在ラス
第三十八条 両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得 第四十七条 両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得
第三十九条 両議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス 第四十八条 両議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス
第四十条 両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス 第四十九条 両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス
第四十一条 帝国議会ハ毎年之ヲ召集ス 第五十条 帝国議会ハ毎年之ヲ召集ス
第四十二条 帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ 第五十一条 帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長ス議院奏請シタル場合亦同シ
第四十三条 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会ヲ召集スヘシ 第五十二条 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会ヲ召集スヘシ
臨時会ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニヨル 臨時会ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル
第四十四条 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ 第五十三条 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ
衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停会セラルヘシ 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ特議院ハ同時ニ停会セラルヘシ
第四十五条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ 第五十四条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ三箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ
第四十六条 両議院ハ各々其ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス 第五十五条 両議院ハ各々其ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス
第四十七条 両議院ノ議事ハ過半数ヲ以テ決ス可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル 第五十六条 両議院ノ議事ハ過半数ヲ以テ決ス可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル
第四十八条 両議院ノ会議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得 第五十七条 両議院ノ会議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得

政府ノ要求ニ依リ秘密会ト為シタル後議院ノ決議アルトキハ公開ニ復ス

公開ノ会議ノ議事ヲ真実ニ伝フルコトヲ目的トスル報道ハ責任ヲ生スルコトナシ
第四十九条 両議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得 第五十八条 両議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得
第五十条 両議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ 第五十九条 両議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得
第五十一条 両議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノノ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得 第六十条 両議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノノ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得

第六十一条 両議院ハ各々総議員十分ノ一以上ノ賛成ヲ以テスル動議ニ基ク決議アルトキハ特定ノ国務大臣及其ノ院ノ議員ノ職務ニ付不当ノ事項存スルヤ否ヤヲ審査スル為査問委員会ヲ設ク

査問委員会ハ当該国務大臣又ハ当該議員ノ出席陳述ヲ求ムルコトヲ得当該国務大臣又ハ当該議員ハ出席陳述ヲ為スコトヲ得

査問委員会ハ証拠ノ取調ニ付諸官府ニ委託スルコトヲ得

前二項ニ示シタルモノノ外査問委員会ノ審理ニ必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第五十二条 両議院ノ議員ハ議院ニ於テ発言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ処分セラルヘシ 第六十二条 両議院ノ議員ハ議院ニ於テ発言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ処分セラルヘシ
第五十三条 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ引続キ逮捕セラレ及新ニ逮捕セラルルコトナシ 第六十三条 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ引続キ逮捕セラレ及新ニ逮捕セラルルコトナシ
第五十四条 国務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及発言スルコトヲ得 第六十四条 国務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及発言スルコトヲ得

第六十五条 此ノ憲法ノ定ムル所ニ依リ特定ノ事項ヲ審議スル為両議院議員ヲ委員トスル憲法事項審議会ヲ置ク

両議院ハ各会期毎ニ憲法事項審議会ノ委員及委員ニ故障ヲ生シタル場合ノ補充員ヲ選挙ス委員及補充員ハ各々三十人以内両院同数トス

憲法事項審議会ノ委員ハ次ノ会期ニ於テ新ニ委員ノ選挙セラルル迄其ノ職務ヲ行フモノトス

衆議院議員又ハ特議院議員総テ存セサルニ至リタル場合ニ於テハ衆議院議員又ハ特議院議員ニシテ憲法事項審議会ノ委員タリシモノ引続キ委員タルモノトス其ノ者ニ故障アルトキハ第二項ノ補充員タリシ者ヲ以テ之ニ充ツ

各議院ニ於ケル憲法事項審議会ノ委員ノ数議事規則其ノ他必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第四章 国務大臣及枢密顧問 第四章 国務大臣及枢密院
第五十五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス 第六十六条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス

第六十七条 天皇及帝国議会カ国務大臣ノ責任ヲ問フハ此ノ憲法ノ範囲内ニ於テ適宜ノ措置ヲ以テス

第六十八条 国務大臣ハ官制ノ定ムル所ニ依リ内閣ヲ組織ス

第六十九条 天皇ハ国務大臣中一人ヲ以テ内閣総理大臣ニ任ス

内閣総理大臣ハ内閣ノ統一ヲ保チ国務ノ全般ニ付上奏シ之ヲ宣示ス統帥ノ国務其ノ他特別ノ説明ヲ必要トスル事項ニ関シテハ内閣総理大臣当該官府ヲシテ内閣ニ於テ説明ヲ為サシム

内閣総理大臣ノ選任ハ別ニ定ムル所ノ規程ニ依リ一定ノ手続ヲ経テ之ヲ行フ此ノ場合ニ於テ現任ノ内閣総理大臣ハ其ノ意見ヲ上奏スルコトヲ得
第五十六条 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応へ重要ノ国務ヲ審議ス 第七十条 枢密院ハ官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応へ其ノ意見ヲ上奏ス

天皇ハ重要ノ国務ニ付枢密院ニ諮詢スルコトアルヘシ
第五章 司法 第五章 司法検察行政裁判及憲法裁判
第五十七条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ 第七十一条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニヨリ裁判所之ヲ行フ
裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム 裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第五十八条 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス 第七十二条 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス
裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルルコトナシ 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分ニ由ルノ外其ノ官ヲ免セラルルコトナシ
懲戒ノ条規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム 懲戒ノ条規ハ法律ヲ以テ之定ム
第五十九条 裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得 第七十三条 裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得

前項裁判所ノ決議ニ対シ法律ノ定ムル所ニ依リ当事者弁護人及傍聴人異議ヲ申立テタルトキハ裁判所ハ再議スルコトアルヘシ
第六十条 特別裁判所ノ管轄ニ属スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム 第七十四条 特別裁判所ノ管轄ニ属スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第七十五条 犯罪ノ検察ハ法律ニ依リ検事之ヲ行フ

裁判官ニ任セラルル資格其ノ身分ノ保障及其ノ懲戒ニ関スル此ノ憲法ノ条項ハ検事ニ付之ヲ準用ス但シ必要アルトキハ法律ヲ以テ別段ノ規定ヲ設クルコトヲ得

第七十六条 裁判官及検事ハ公正ノ態度ニ付社会ノ信頼ヲ保持スヘシ

裁判官及検事ハ相互独立シテ共ニ司法権ノ適正ナル運営ヲ期シ両者職域ノ混淆ナキコトヲ要ス
第六十一条 行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス 第七十七条 行政庁ノ処分ニ付利害関係ヲ有スル者カ其ノ処分ヲ違法ナリトシテ其ノ効力ニ関シ提起スル訴訟ノ裁判ハ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所法律ニ依リ之ヲ行フ

前項ノ関係以外ノ行政上ノ関係ニ関スル訴訟ノ裁判ハ法律ニ依リ特ニ司法裁判所ノ権限ニ属セシメタルモノヲ除ク外総テ行政裁判所ノ権限ニ属ス

第七十二条及第七十三条ハ行政裁判官及行政裁判ニ付之ヲ準用ス

第七十八条 帝国憲法ノ条規ニ関スル疑義ニ付テハ法律ニ定メタル憲法裁判所法律ニ依リ之ヲ裁判ス

憲法裁判所ハ皇室典範皇室典範ニ基ク諸規則及法律命令カ帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤニ付宮内大臣政府及帝国議会ノ請求アリタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ但シ現ニ憲法裁判所ニ繋属スル事件ノ判決ニ付本文ニ示シタル諸法ニ関スル憲法上ノ疑義ヲ決定スルコトヲ必要トスル場合ニ於テハ憲法裁判所職権ニ依リ之ヲ決定ス

憲法裁判所ハ前項ノ事項以外ノ事項ニ関シ政府又ハ帝国議会ノ行動カ帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤニ付帝国議会又ハ政府ノ請求アリタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ衆議院又ハ特議院ノ請求アルトキハ政府ハ此ノ請求ヲ為スコトヲ要ス

憲法裁判所ハ最高ノ司法裁判所又ハ最高ノ行政裁判所カ現ニ繋属スル事件ノ判決ニ付憲法上ノ疑義ヲ決定スルコトヲ必要トシ之ヲ請求シタル場合及其ノ訴訟ノ当事者カ之ヲ申立テタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ

憲法裁判所ハ第二項第三項及前項ノ事項以外ノ事項ニ付法律ヲ以テ其ノ裁判ニ属セシメタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ

第七十二条及第七十三条ハ憲法裁判官及憲法裁判ニ付之ヲ準用ス
第六章 会計 第六章 会計
第六十二条 新ニ租税ヲ課シ及税率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ 第七十九条 新ニ租税其ノ他ノ公課ヲ課シ及課率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ此ノ限ニ在ラス
但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ前項ノ限ニ在ラス
国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ 国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
第六十三条 現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス 第八十条 現行ノ租税其ノ他ノ公課ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス
第六十四条 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ 第八十一条 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス 予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第六十五条 予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ 第八十二条 予算案ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ

予算案ニ付特議院ニ於テ衆議院ト異ナル議決ヲ為シタル場合ニハ政府ハ衆議院ノ請求ニ依リ特議院ノ再議ヲ求ムルコトヲ要ス
第六十六条 皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ将来増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ要セス 第八十三条 皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出ス

帝国議会ハ皇室経費ニ付新ニ考慮ヲ為スコトヲ政府ニ求ムルコトヲ得

前項ノ場合ニ於テ政府同意スルトキハ定額ノ増減ヲ計上シ帝国議会ノ協賛ヲ求ムヘシ
第六十七条 憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス 第八十四条 憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出法律ノ結果ニ由ル歳出及法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
第六十八条 特別ノ須要ニ因リ政府ハ予メ年限ヲ定メ継続費トシテ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルコトヲ得 第八十五条 特別ノ須要ニ因リ政府ハ予メ年限ヲ定メ継続費トシテ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルコトヲ得
第六十九条 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ 第八十六条 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ

政府ハ予備費ヲ支出シテ尚必要アリト認ムル場合ニ於テハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ歳計剰余金ヲ支出スルコトヲ得第八十一条第二項ハ此ノ場合ニモ適用アルモノトス
第七十条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得 第八十七条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ政府ハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得但シ此ノ勅令ハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ之ヲ発ス
前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第七十一条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ 第八十八条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ

前年度予算ノ施行セラルル場合ニ於テハ帝国議会ハ其ノ予算中ノ臨時費ニ付更ニ審査シ之カ廃除削減ヲ為スコトヲ得

施行セラルヘキ前年度予算ニ対スル追加予算存スル場合又ハ之ニ対スル追加予算提出セラレタル場合ニ於テハ帝国議会ハ前年度予算中ノ款項ニシテ追加予算中ノ款項ト同一ナルモノニ付更ニ審査シ之カ廃除削減ヲ為スコトヲ得

前項ノ規定ハ特別会計予算成立セサル場合ニ於テ之ニ対スル追加予算ニ付之ヲ準用ス
第七十二条 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ会計検査院之ヲ検査確定シ政府ハ其ノ検査報告ト倶ニ之ヲ帝国議会ニ提出スヘシ 第八十九条 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ会計検査院之ヲ検査確定シ政府ハ其ノ検査報告ト倶ニ之ヲ帝国議会ニ提出スヘシ

会計検査院ハ天皇ニ直隷シ国務大臣ニ対シ独立シテ其ノ職務ヲ行ヒ其ノ意見ヲ上奏スルモノトス
会計検査院ノ組織及職権ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム 会計検査院ノ組織及職権ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

会計検査官ノ資格其ノ身分ノ保障ニ付テハ第七十二条ヲ準用ス

第七章 自治

第九十条 国必要ヲ認ムルトキハ法律ノ定メタル地方団体其ノ他ノ団体ヲシテ其ノ名ニ於テ統治ニ任セシムルコトヲ得

前項ノ自治団体ハ国ノ監督ヲ受ク

第九十一条 自治団体ノ事務ヲ決定スル者及之ヲ執行スル者ノ選任ハ当該自治団体ヲ構成スル者之ヲ行フ但シ法律ニ別段ノ定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス

第九十二条 自治団体ノ構成組織権能責務其ノ他必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第七章 補則 第八章 補則
第七十三条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ 第九十三条 将来此ノ憲法ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

第九十四条 政府命ヲ奉シ帝国憲法ノ改正ニ関スル調査ヲ為ス場合ニ於テハ特別ノ審議機関ヲ設クルモノトス

政府帝国憲法ノ全体又ハ其ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ヲ認ムルトキハ之ヲ上奏シ勅旨ニ依リ其ノ必要ノ有無ニ付帝国議会ノ議決ヲ求ムヘシ

帝国議会ハ政府カ帝国憲法改正ノ必要ノ有無ニ関シ調査ヲ為スコトヲ奏請スヘシトスル決議ヲ為スコトヲ得此ノ決議アリタル場合ニハ政府ハ議会ニ於テ之ニ関スル意見ヲ表明スヘシ

第九十五条 帝国議会帝国憲法全体ノ改正ノ必要ヲ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行ヒ国民投票ノ結果其ノ改正ノ必要可決セラレタルトキハ政府ハ前条第一項ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続ヲ奏請ス

国民投票ヲ行フノ方法ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第九十六条 帝国議会帝国憲法ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ヲ議決シタル場合ニ於テハ政府ハ勅旨ニ依リ第九十四条第一項ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続ヲ奏請ス

第九十七条 帝国議会ニ於テ憲法議案ヲ可決シタル場合ニ於テハ政府ハ其ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス

帝国議会ニ於テ憲法議案ヲ修正シテ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行ヒ国民投票ノ結果其ノ修正可決セラレタルトキハ政府ハ其ノ修正ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス
第七十四条 皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス 第九十八条 皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス
皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス
第七十五条 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス 第九十九条 帝国憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間其ノ全体ニ付及皇位継承ノ事項ニ付之ヲ改正スルコトヲ得ス
第七十六条 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス 第百条 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス
歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ総テ第六十七条ノ例ニ依ル 歳出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ総テ第八十四条ノ例ニ依ル

第九章 理由書

第五条 天皇統治権ヲ行フハ万民ノ翼賛ヲ以テス
万民ノ翼賛ハ此ノ憲法ノ定ムル所ニ依ル
(理由)天皇其ノ総攬スル所ノ統治権ヲ行フニハ固ヨリ聖慮適当トスル所ニ従フモノナリト雖之ニ付朝野ノ万民ヲシテ翼賛セシムルコトハ現憲法ノ精神ナリ。現憲法ハ此ノ精神ヲ基礎トシテ個々ノ条規ヲ定ム。而シテ此ノ精神ソノモノガ独立一箇ノ条規トシテ一般ニ示サルルコトアラバ其ノ精神ノ理解ヲ一層容易ナラシムルコトヲ得ン。憲法案ガ新ニ第五条ノ第一項ヲ設クルハ此ノ主旨ニ出ヅ。
然レドモ万民ノ翼賛スルハ其ノ方法ノ一定セルモノナカルベカラズ。然ラズンバ時ニ綱紀紊乱国政混雑ヲ来スノ虞アリ。故ニ憲法案第五条第二項ハ万民ノ翼賛ハ憲法ノ定ムル所ニ依リ為スベキモノニシテ之ニ依ラズシテ翼賛スト云フガ如キコト存スベカラザルノ義ヲ示ス。此ノ条規ナシトスルモ当然ノ事理ナリト雖今特ニ之ヲ明ニスルナリ。
第七条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布ヲ命ス
(理由)現憲法第六条ノ法文ニハ「公布」ノ次ニ「及執行」ノ語アリ。然ルニ公布セラレタル法律ハ官制其ノ他ノ規程ニ依リ定マレル国家機関ニ依リ当然ニ執行セラルベキモノニシテ別ニ天皇ノ命アルヲ待ツモノニ非ズ。故ニ憲法案第七条ニ於テハ之ヲ削除ス。
第八条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス
憲法事項審議会奏請スルトキハ帝国議会ヲ召集スヘシ
同一ノ理由ヲ以テスル衆議院ノ解散ハ一回ヲ超ユルコトヲ得ス
衆議院ニ於テ政府ニ解散ノ奏請ヲ求ムヘシトスルノ動議アリ議員三分ノ一以上ノ賛成アルトキハ衆議院議長之ヲ政府ニ報告シ政府ノ奏請ニ依リ解散セラルヘシ
閉会ノ間憲法事項審議会ハ衆議院議員三十名以上ノ連名ヲ以テスル請求ニ基キ衆議院ノ解散ヲ奏請スルコトアルヘシ
(理由)本条第二項以下ノ条項ハ憲法案ノ新ニ設ケタルモノトス。帝国議会ハ天皇ノ召集アルヲ待テ集会スルモノニシテ法定ノ期日又ハ議会自ラ定メタル期日ニ自動的ニ集会スルヲ得ルモノニ非ズ。然ルニ政府帝国議会ノ召集ヲ奏請セザル場合ニ於テモ其ノ召集セラルルヲ適当トスル場合ナシトセズ。憲法案第八条第二項ハ此ノ如キ場合ニ於テ憲法事項審議会ナル機関ガ議会ノ召集ヲ奏請シ之ニ基キ議会召集セラルルコトヲ定ム。憲法事項審議会ハ憲法案ノ新ニ設ケタル機関トス。国民ノ意思ヲ見テ決定スルヲ可トスル事項ニ付之ヲ見ルガ為ニ帝国議会ニ依ルコト能ハズ又ハ之ヲ適当トセザル場合ニ於テ憲法事項審議会ニ依ルトスルナリ。此ノ意味ニ於テ一時帝国議会ニ代ルモノト云フモ可ナリ。後出憲法案第六十五条ニ於テ特ニ此ノ機関ニ関スル一条項ヲ設ク。
衆議院ノ解散ハ国民ノ意思ヲ問フノ方法ナリ。国民ノ意思ヲ知ルハ一回問フコトヲ以テ十分トス。且政府往々解散ヲ議院ニ対スル威嚇強圧ノ具ニ濫用スルコトアルノ弊ヲ防グノ要アリ。故ニ憲法案第八条第三項ニ於テ解散ヲ行フハ同一ノ理由ヲ以テシテハ一回ニ止マルベキコトヲ定ム。
衆議院ノ解散ハ天皇其ノ必要ヲ認ムルトキ行フコトヲ本則トスト雖時ニ衆議院議員ノ間ニモ其ノ必要ヲ思フ者ナキニ非ザルベシ。衆議院ニ於ケル比較的少数ノ議員ガ多数ノ議員ノ態度ヲ専横トスルトキノ如キ衆議院ガ国民ニ代ルモノト認メラレザル社会事情ノ存スル時ノ如キ然リ。此ノ場合ニ議員ノ動議ニ基キ政府ヲシテ解散ノ奏請ヲ為スニ至ラシムルノ途アルコトヲ適当トス。憲法案第八条第三項ハ此ノ道ヲ定ムルナリ。
前項ニ依リ議員ノ意思ニ基キ解散ノ奏請ヲ為スハ議会開会中ノ場合ノコトナリ。然ルニ帝国議会閉会ノ間ニ於テモ議員ノ中解散ヲ必要ト思量スル者アル場合ニ於テモ亦同ジク議員ノ意思ニ基ク解散奏請ノ道アルヲ適当トス。此ノ道ヲ定ムルノ条規トシテ憲法案第八条第五項存ス。
第九条 天皇ハ帝国議会ノ召集在ラサル場合ニ於テ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
此ノ勅令ハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
(理由)本条ハ所謂緊急勅令ニ関スル条規ナリ。緊急勅令ハ現憲法第八条既ニ之ヲ定ム。タダ同条項中「議会閉会ノ場合」ト云フノ規定ノ解釈ニ関シ議論アリ。若シ閉会ノ語ヲ以テ天皇ガ帝国憲法ノ規定ニ依リ命ゼラルル所ノ閉会ノ義ナリトセンカ解散ヲ命ゼラレテ未ダ召集セラレザル場合及召集セラレテ未ダ開会ヲ命ゼラレザル場合ハ閉会ノ場合ニ属シ従テ緊急勅令ヲ発シ得ルコトトナラン。現憲法第八条第一項ノ規定ガ右ノ如キ主旨ノモノニ非ザルコト疑ナシ。故ニ憲法案第九条第一項ハ現憲法第八条第一項ニ「閉会ノ場合」ト云フヲ「召集在ラサル場合」ニ改ム。而シテ緊急勅令ハ法律ニ代ルベキ法ニシテ法律ハ本来帝国議会ノ協賛ヲ以テ制定セラルベキモノトス。故ニ緊急ノ必要アリテ議会ノ議ニ付スルヲ得ズシテ緊急勅令ヲ発スル場合ニ於テモ猶之ヲ政府ノ独断ニ任ズルコトナク憲法事項審議会ノ議決ヲ経テセラルルヲ要ストス。是レ憲法案第九条第一項ノ主旨トス。
緊急勅令ヲ次ノ会期ニ提出スルハ理論上其ノ初ニ於テスベキモノナルモ現憲法第八条ノ条項ハ皮相ニ解釈スル者ヲシテ次ノ会期中何レノ時ニ於テスルモ妨ゲズト云ハシムルノ余地アリ。故ニ憲法案第九条第二項ハ特ニ会期ノ初ニ於テスベキコトヲ明ニス。
第十条 天皇ハ法律ヲ以テ規定スルトセラレタル事項ニ付法律ノ委任ニ依リ命令ヲ以テ規定スルコトヲ得
当該事項全般ヲ規定シタル法律ガ其ノ事項ニ付其ノ法律自ラ定ムルニ適セストスルモノヲ命令ヲ以テ定ムト規定スル場合ニ於テ前項ノ委任アルモノトス
(理由)本条ハ所謂委任命令ナルモノノ根拠ヲ定ムルナリ。
憲法ニ依リ或事項ガ法律ヲ以テ定ムベシトセラルルコト多シ。其ノ事項ニ付一ノ法律ヲ制定スルニ当リ其ノ制定ノ当時其ノ事項ニ属スル或点ニ付テハ其ノ法律自ラ制定スルコトヲ適当トセズト考ヘラルル場合ナキニ非ズ。憲法案第十条ハ右場合ニ応ズルノ措置ヲ特ニ定ムルナリ。蓋シ憲法ガ或事項ニ付法律ヲ以テ定ムベシトスルハ其ノ事項ニ属スル諸点ヲ法律ヲ以テ定メシムルノ精神ニ基クト雖其ノ法律制定セラルルニ際シテ定メラルルコトノ適当ナラザルモノヲモ強テ法律ヲ以テ定メシムルコトハ又適当ニ非ズ。故ニ其ノ事項ヲ定ムル法律ハ自ラ定メズ命令ヲシテ定メシムルコトヲ得トス。是レ法律ノ命令ニ対スル委任及ビ命令ノ法律ニ依ル委任ナリ。之ヲ憲法案第十条ノ精神トス。
然レドモ憲法ニ於テ或事項ニ付法律ヲ以テ定ムト規定スル以上法律ハ其ノ事項ヲ全般トシテ見テ定メタリト認メラルルノ程度ニ於テハ自ラ之ヲ定メザルベカラズ。而モ其ノ事項ニ属スル或点ヲ自ラ定ムルヲ適当トセズトスル場合ニ於テ始メテ命令ヲ以テ定メシムルナリ。若シ法律ガ憲法ニ依リ法律ヲ以テ定ムベシトセラルル事項ニ付其ノ全般ヲ命令ヲシテ定メシムルヲ得トセンガ憲法ノ精神没却セラレ法律ト命令トヲ峻別スル立憲主義ハ全ク有名無実トナラン。従来実際界ニ於テ官僚ノ専横ヲ来シタルハ所謂委任命令ノ濫用ニ由ルコト極メテ大ナリ。憲法案第十条第二項ニ依リ此ノ弊ヲ除クコトヲ得ン。
第十一条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為ニ又ハ臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム
(理由)本条ハ現憲法第九条本文ノ文言ニ変更ヲ加へ又其ノ但書ヲ削除シタルモノナリ。
現憲法第九条ハ命令ガ発セラルル要件トシテ「法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル」コトヲ定ム。其ノ文言ノミヨリセバ法律ヲ執行スル為ニスルコトノ一事実ヲ以テ一ノ要件トスルト共ニ公共ノ安寧秩序ヲ保持スルコト及ビ臣民ノ幸福ヲ増進スルコトノ二事実ノ併セ存スルコトヲ以テ一ノ要件トスルモノト誤解セラレ易シ。故ニ憲法案ニ於テハ公共ノ安寧秩序ヲ保持スルコト又ハ幸福ヲ増進スルコトノ一ノ事実ノ存スルコトヲ以テ其ノ要件トスルノ意ヲ明ニス。
命令ヲ以テ法律ヲ変更スルヲ得ズトスベキコトハ命令一般ニ通ジテ然リ。現憲法ハ其ノ第九条ノ命令ノミニ付特ニ之ヲ示スノ結果之ヲ以テ単ニ其ノ命令ノミニ限ルモノト誤解セシムルコトアリ。故ニ憲法案第十一条ニ於テハ其ノ但書ヲ削ル。而シテ一般ニ命令ト法律トノ効力上ノ関係ハ後出第二十条ニ於テ之ヲ示スモノトス。
第十二条 天皇ハ行政各部ノ官制及官吏ノ俸給ヲ定メ及官吏ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル
天皇ハ官吏ノ勤務ニ関シ別ニ規程ヲ設ケ其ノ本分ヲ尽サシメ又其ノ身分ヲ保持セシム
(理由)憲法案第十二条第一項ハ現憲法第十条ガ特ニ「文武官」ト云フヲ単ニ「官吏」ト改メタルニ過ギズ。
官吏ガ其ノ本分ヲ尽スコトハ国務運行ノ為必要ニシテ官吏ヲシテ其ノ本分ヲ尽サシムルニハ其ノ身分ヲ保持セシムルノ道アルヲ要ス。故ニ天皇ハ別ニ規程ヲ設ケテ官吏ヲシテ其ノ本分ヲ尽サシメ又其ノ身分ヲ保持セシムルノ道ヲ示スモノトス。是レ憲法案第十二条第二項ノ趣旨ナリ。
第十三条 天皇ハ軍ヲ統帥ス
(理由)現憲法第十一条ニ「陸海軍」トアルヲ「軍」ト改ムルニ過ギズ
天皇軍ヲ統帥ストハ国家ニ軍隊ヲ置ク場合ニ之ヲ統帥スルノ任天皇ニ在リト云フノ義ナリ。国家ニ軍隊ヲ置クト云フノ義ニ非ズ。国家ニ軍隊ヲ置クヤ否ヤハ国家発展ノ過程ニ依リ一様ナラズ。国家之ヲ置カザルコトアルベシ。然レドモ苟モ国家体制ヲ全般トシテ定ムル場合ニ在テハ其ノ体制ニ於ケル規範トシテ何人ガ軍ヲ統制スベキカヲ定メザルヲ得ザルナリ。
第十四条 天皇ハ軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
(理由)現憲法第十二条ニ「陸海軍」トアルヲ「軍」ト改ムルニ過ギズ。
第十五条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス
前項ノ作用ハ帝国議会開会中ナルトキハ其ノ協賛ヲ経テ之ヲ行ヒ閉会中ナルトキハ憲法事項審議会ニ諮詢シテ之ヲ行フ後ノ場合ニ於テ宣戦講和ニ付テハ直ニ条約締結ニ付テハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ報告ス
条約ノ内容カ法律ヲ要スル事項ヲ含ム場合ニ於テハ其ノ事項ニ付別ニ法律ヲ制定スルノ手続ヲ要ス
(理由)本条第二項以下ノ諸条項ハ憲法案第十五条ノ新ニ設クル所ナリ。
戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結スルノ作用ヲ行フノ任天皇ニ在リトスルコトハ現憲法第十三条ト同ジ。然レドモ之ヲ行フニ帝国議会ヲ通ジ国民ノ意思ヲ参与セシムル為其ノ協賛ヲ経ベキモノトス。其ノ議会閉会中ナルトキハ事前ニ之ヲ召集スルコト機宜ヲ失スルノ虞アルガ故ニ政府責任ヲ以テ之ヲ行フ。而モ猶憲法事項審議会ニ諮詢シ且帝国議会ニ報告ス。帝国議会ガ之ニ付自由ニ其ノ意見ニ表明シ得ルコト他ノ場合ト異ナラズ。タダ事他ノ国トノ交渉ノ上既ニ行ハレタルモノナルガ故ニ其ノ事ノ法上ノ効力ニ影響ヲ及ボサシムルコトヲ得ルモノニ非ズ。然レドモ帝国議会ニ於テ之ヲ不当ナリトスルトキハ政府ニ向テ相当ノ措置ヲ請求シ得ルコト論ヲ待タズ。是レ憲法案第十五条第一項ノ趣旨ナリ。
条約ノ内容タル事項ニシテ国内ニ於テ実現セシムルモノトシテハ憲法上法律ヲ要ストセラレタルモノナル場合アルベシ。此ノ場合ニ其ノ事項ニ関スル条約ガ直ニ法律トナリ又ハ法律ニ代ルノ効力ヲ有スルモノニ非ザルガ故ニ其ノ事項ヲ実現スルガ為ニハ新ニ法律ヲ制定セザルヲ得ズ。事理当然ノコトナレドモ往々誤解ヲ生ズルノ虞アルガ故ニ特ニ憲法案第十五条第二項ヲ設ク。
第十六条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
戒厳ヲ宣告シタルトキハ直ニ之ヲ帝国議会ニ報告スヘシ
天皇ハ前項ノ報告アリタル場合ニ於テ及其ノ後ニ於テ帝国議会ノ議決ニ依リ戒厳ノ終了ヲ宣告ス
天皇ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為非常ノ措置ヲ為スノ必要アルトキハ勅令ヲ以テ戒厳法ノ一部ノ適用ヲ為スコトヲ得此ノ場合ニ於テハ第三項及第四項ヲ準用シ戒厳法ノ適用ヲ停止ス
(理由)本条第三項以下ノ諸条規ハ憲法案第十六条ノ新ニ設クル所ナリ。
戒厳ハ戦時又ハ事変ニ際シ兵備ヲ以テ全国又ハ特定ノ地方ヲ警戒シ行政及ビ司法ノ事務ヲ軍機関ニ移スコトニシテ実ニ非常ノ措置トス。之ニ付事前ニ帝国議会ノ議決ヲ求ムルヲ要ストスルハ機宜ヲ失スルノ虞アリ。故ニ事後ニ於テ之ヲ求メ議会戒厳ノ終了スベキコトヲ議決スルトキハ之ヲ宣告スルモノトス。即チ憲法案第十六条第三項及ビ第四項ハ戒厳ニ付テモ国民ノ意思ヲ尊重スルノ趣旨ニ出ヅルナリ。
戒厳ノ要件具ラズ従ツテ戒厳ノ宣告ヲ為スヲ得ザルモ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為兵備ヲ以テ特定ノ地方ヲ警戒シ行政又ハ司法ノ事務ニ付之ヲ戒厳ノ宣告アリタル場合ニ似タル状態ニ置クノ必要アル場合ナシトセズ。此ノ場合ニハ勅令ヲ以テ戒厳法ノ適用ヲ為スコトヲ得シム。是レ単ニ公共ノ安寧秩序ヲ保持スル為ノ措置ト云フニ止マルニ非ズ。其ノ為ノ非常ノ措置ト云フベシ。従来モ行ハレタルモノナリ。唯戒厳ノ名ヲ以テ之ヲ呼ブコトヲ得ベシ。然ルニ現憲法ニハ之ニ関スル条規ヲ存セザルガ故ニ憲法案第十六条第二項ハ之ヲ規定ス。タダ此ノ場合帝国議会ノ議決ヲ求ムルヲ要ストスルコトガ機宜ヲ失スルノ虞アルノ点ハ戒厳ノ場合ト異ナラザルモ憲法事項審議会ノ議決ヲモ求ムルノ余地ナシト云フベキニ非ズ。故ニ之ヲ求メシメ以テ政府専断ノ奏請ヲ禁ジ且事後帝国議会ノ議決ニ基キ之ヲ停止スルコトハ戒厳ノ場合ニ準ズルナリ。従来所謂行政戒厳ノ場合ニ緊急勅令ヲ以テ戒厳法ノ適用ヲ為スノ例ナリシハ思フニ枢密院ノ意見ヲ徴シ以テ稍之ヲ慎重ニスルノ意ナリシナルベシ。然レドモ憲法案ハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経ルヲ要ストスルガ故ニ緊急勅令ヲ以テセズシテ勅令ヲ以テストスルナリ。
要スルニ憲法案ハ現憲法ト同ジク戒厳及ビ准戒厳ヲ認ムルモ之ニ付帝国議会又ハ憲法事項審議会ヲシテ参与セシムルコト現憲法ト全ク異ナルナリ。
第十九条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ第十三条第十四条第十七条及第十八条ノ作用ヲ行フコトヲ得憲法事項審議会ノ奏請アルトキハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ行フコトヲ要ス (理由)憲法案ニ於テ特ニ一定ノ事項ヲ示シテ天皇之ヲ行フト規定スルハ其ノ事項ハ天皇任意ニ之ヲ行ヒ帝国議会ノ参与ヲ以テ行ハレザルモノナルコトヲ定ムルナリ。従ツテ此等ノ事項ヲ行フコトニハ帝国議会ノ協賛ナルモノ存セズ。其ノ協賛ヲ経ルヲ要セズ。又協賛ヲ経ルヲ得ザルナリ。現憲法ハ此ノ趣旨ヲ徹底セルモ憲法案ニ於テハ之ヲ緩和シ第八条第九条第十五条第十六条ノ事項ニ付テハ其ノ各条ニ於テハ場合ニ依リ帝国議会又ハ憲法事項審議会ノ参与ヲ以テ行フコトヲ得又之ヲ要スルコトヲ規定セリ。第十三条第十四条第十七条及ビ第十八条ノ事項ニ付テハ各場合ノ事情ニ依リ帝国議会ノ協賛ヲ経ルコトヲ適当トスルヤ否ヤヲ判断シテ決スルコトトシ之ヲ適当トスルトキハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ行フコトヲ得トシ憲法事項審議会ノ奏請アルトキ之ヲ要ストス。是レ憲法案第十九条ノ趣旨ナリ。
第二十条 命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス法律ヲ以テ命令ヲ変更スルコトヲ得但シ此ノ憲法ニ特例ヲ認メタル場合ハ此ノ限ニ在ラス命令ハ此ノ憲法ニ特例ヲ認メタル場合ヲ除ク外第二章ニ於テ法律ヲ要スト定ムル事項ヲ規定スルコトヲ得ス
(理由)憲法ガ法律ト命令トヲ峻別スルハ主トシテ二箇ノ点ニ着眼ス。一ハ両者ノ法トシテ有スル効力ニ差異ヲ設ケ他ハ両者ノ規定スル事項ニ差異ヲ設ク。前者ニ於テハ法律ノ効力ヲ以テ命令ノ効力ヨリモ強シトシ後者ニ於テハ法律ヲ以テ規定スルヲ要スル事項ヲ定メ命令ヲ以テ之ヲ規定スルヲ得ズトス。現憲法ハ此ノ事ニ付明文ヲ以テ規定ヲ設ケザルガ故ニ此ノ事理往々ニシテ忘レラル。故ニ憲法案ハ特ニ之ヲ明ニスルナリ。
第二章 臣民
(理由)現憲法第二章ノ章名「臣民権利義務」トアルヲ「臣民」ト改ム。蓋シ本章ノ条項ハ主トシテ臣民ノ権利義務ニ関スルモノナレドモ臣民タルノ要件ニ関シテモ其ノ法律ノ定ムル所ニ依ルコトヲ定ム。如何ナル者ヲ以テ臣民トスルカハ臣民ニ関スル事項ノ中根本的ノモノニシテ我ガ憲法ハ直接ニ其ノ要件ヲ定メザレドモ之ヲ定ムルノ方法ヲ定ム。是レ臣民ニ関スル重要ノ条規ニシテ其ノ条項ノ数ノ僅少ナルノ故ヲ以テ無視スベキニ非ズ。故ニ其ノ条項ヲモ含ミ得ル章名トスルナリ。
第二十三条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ能力ニ応シ公益ノ為必要ナル勤労ヲ為スノ義務ヲ有ス
(理由)国家ニ於テ共同ノ生活ヲ為ス者ガ其ノ能力ニ応ジテ公益ノ為ニ勤労ヲ為スベキコトハ道義ノ要求スル所ナリ。国家ノ共同生活ノ事情益々複雑トナルニ従ヒ此ノ道義ヲ法制上ノ規範トシ臣民ガ勤労ヲ為スノ法上ノ義務ヲ有ストスルコト至当ナリ。然レドモ其ノ勤労ヲ為スハ個々ノ臣民ノ身体上及ビ精神上ノ能力相応ニ定メラルルヲ要ス。而シテ之ヲ定ムルハ法律ニ依ルベキモノトス。是レ憲法案第二十三条ノ新ニ定ムル所ナリ。
第二十四条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ依リ人間必需ノ生活ヲ享受スルノ権利ヲ有ス
(理由)臣民ハ前条ニ定ムルガ如ク国家ニ於テ臣民トシテ勤労ヲ為スト共ニ国家ハ臣民ニ人間必需ノ生活ヲ保障スルコト今日国家生活上ノ一ノ原理トス。臣民ヨリセバ人間必需ノ生活ヲ享受スル様国家ノ努力ヲ要求スルノ権利ヲ有スベキナリ。憲法案第二十四条ハ此ノ原理ヲ法規トシテ規定ス。人間必需ノ生活ト云フモ固ヨリ日本人タル人間ノ必需生活ヲ意味ス。
第二十五条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク官吏ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クノ権利ヲ有ス
前項ノ資格ニ付テハ人ノ能力ニ関スル事実ニ着目シテ適否ヲ判断スヘキモノトス
(理由)臣民ガ其ノ資格ニ応ジテ官吏其ノ他ノ公務ニ就クコトニ付差別ヲ設ケラレザルノ権利ヲ有シ且法律命令ガ其ノ資格ヲ定ムルヲ要スルコトハ現憲法第十九条ノ既ニ規定スル所ナリ。タダ法律命令ガ其ノ資格ヲ定ムルコトニ付テハ法文上何等ノ制限ナキガ故ニ如何ナル事実ニ着目シテ適否ヲ判断スルモ任意ナルモノノ如ク誤解セシム。故ニ憲法案第二十五条第二項ハ人ノ能力ニ関スル事実ニノミ着目シテ之ヲ判断スベキコトヲ明ニス。
第二十七条 日本臣民ハ法津ノ定ムル所ニ従ヒ租税其ノ他ノ公課ヲ納ムルノ義務ヲ有ス
(理由)本条ハ実質上大体ニ於テ現憲法第二十一条ト異ナルナシ。タダ憲法案第二十七条ハ同条ノ条規ニ関スル限租税以外ノ公課モ租税ト同一ノモノナルコトヲ定ム。
第二十八条 日本臣民ハ居住移転及職業ノ自由ヲ有ス
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(理由)憲法案第二章ニ於テ臣民ノ自由及ビ其ノ制限ニ関シ規定スル条項ノ多キコトハ現憲法第二章ニ同ジト雖其ノ規定ノ用意両者大ニ異ナル。憲法案ハ臣民ハ憲法ノ示ス所ノ行動上ノ自由ヲ一般ニ保障セラレタルモノニシテタダ法律ニ依リ与ヘラレタル範囲ニ於テ其ノ自由ヲ有ストセラルルモノニ非ザルコトヲ明ニスルノ用意ヲ有ス。而モ臣民トシテハ公益ノ為ニ其ノ自由ヲ制限セラルルコトアルハ当然ニシテ其ノ場合ニ於テハ其ノ制限ハ法律ニ依テ為サルベキモノトスルナリ。此ノ精神ハ現憲法ニ於テモ之ヲ看取スルコトヲ得ザルニ非ザレドモ其ノ条規ノ文言ノミヨリセバ自由ガ一般ニ保障セラレタルニ非ズシテ法律ノ定ムル範囲ニ於テ与ヘラレタルモノナルカノ如ク誤解スル者ナキニ非ズ。故ニ憲法案ノ条規ニ於テハ先ヅ初ニ或行為ノ自由ヲ有スルコトヲ定メ次デ別ニ其ノ制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ルトス。且之ヲ制限スルガ為ニ必要ナル要件トシテ特ニ公益ノ為ニスベキコトヲ定メ特定ノ自由ニ付テ更ニ具体的ニ其ノ要件ヲ定ムルアリ。従ツテ法律ト雖保障セラレタル自由ヲ一般ニ奪フガ如キコトヲ規定スルヲ得ザルナリ。
憲法案第二十八条ガ第一項ニ於テ居住移転及ビ職業ノ自由ヲ保障シ第二項ニ於テ公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依テノミ行ヒ得ルコトヲ定ムルハ前述ノ趣旨ニ由ル。現憲法第二十二条ニハ職業ノ自由ニ関シ規定ナキモ職業ノ自由ヲ保障スルコトノ必要ナルハ疑ナシ。或ハ居住移転ノ自由ハ当然営業ノ自由ヲ包含ストスルノ説ナキニ非ザレドモ之ニ従フヲ得ズ。又職業ハ営業ヨリモ其ノ範囲広シ。
第二十九条 日本臣民ハ故ナク逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(理由)前条ニ説明シタル趣旨ニ依リ憲法案第二十九条ヲ理解スベシ。
第三十条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判所及行政裁判所ノ裁判及行政裁判ヲ受クルノ権利ヲ有ス
(理由)本条ハ現憲法第二十四条ニ相当スルモ憲法ニ所謂裁判即チ司法裁判ヲ受クルノ権利ノ外新ニ行政裁判ヲ受クルノ権利ヲ定ム。立憲法治国ニ於テ臣民ガ行政裁判ヲ受クルコトノ重要性ハ司法裁判ヲ受クルコトノ重要性ニ比シテ毫モ劣ルモノニ非ザルナリ。
現憲法第二十四条ガ「法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルルコトナシ」ト云フハ法律ニ定メタル裁判所ノ裁判ヲ受クルコトヲ得トスルノ義ニシテ反面ヨリセバ法律ニ定メタル裁判官ニ非ザル機関ノ裁判ヲ受ケザルノ義ナリ。故ニ法律ニ定メタル裁判所ニ非ザル行政機関例ヘバ警察官庁ノ如キモノガ裁判ヲ為スハ臣民ノ権利ヲ侵害スルモノトス。往々行政機関裁判ヲ為スモ更ニ之ニ対シテ裁判所ノ裁判ヲ受クルコトヲ認ムルトキハ臣民ノ権利ノ侵害ニ非ズトスルノ説ヲ為ス者アリ。是レ「法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルルコトナシ」ト云フ文言ヲ誤解スルモノナレバ憲法案ニ於テハ此ノ誤解ヲ除ク為「法律ニ定メタル裁判所ノ裁判ヲ受クルノ権利ヲ有ス」ニ改ム。而シテ現憲法ニ裁判官ト云フハ裁判所ニ外ナラザルガ故ニ又之ヲ改ムルナリ。是レ憲法案第三十条ノ条規ナリ。
第三十一条 日本臣民ハ其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(理由)憲法案第二十八条ニ述ベタル趣旨ニ依リ第三十一条ヲ理解スベシ。
第三十二条 日本臣民ハ信書及之ニ準ズベキモノノ秘密ヲ侵サルルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(理由)憲法案第二十八条ニ述ベタル趣旨ニ依リ第三十二条ヲ理解スベシ
本条ハ信書ノ外電信電話等信書ニ準ズベキモノモ信書ト同ジク秘密ヲ侵サルルコトナカルベキコトヲ明ニス
第三十三条 日本臣民ハ其ノ財産権ヲ侵サルルコトナシ
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依リ且特別ノ自由ナキ限相当ノ補償ヲ以テス
(理由)臣民ガ其ノ財産権ヲ侵サルルコトナキコトハ現憲法第二十七条ノ規定スル所ナリ。同条ハ財産権ト云ハズシテ所有権ト云フモ其ノ財産権ノ義ナルコト疑ナシ。故ニ憲法案ニ於テハ之ヲ財産権ニ改ム。
財産権ガ法律ノ定ムル所ニ依リ公益ノ為必要ナル制限ヲ受クルコトアルハ当然ナリ。タダ之ヲ制限スルニ当リ特別ノ事由ナキ限相当ノ補償ヲ以テスベキコト条理ニ合ス。憲法案第三十三条ハ之ヲ定ムルナリ。
第三十四条 日本臣民ハ信教ノ自由ヲ有ス
安寧秩序ヲ妨クル者臣民タルノ義務ニ背ク者及保護奨励ヲ望ム者ニ対シ加フル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
宗教上ノ団体ハ宗教ニ関セサル行動ヲ為ス範囲ニ於テ第三十六条ニ基ク制限ニ従フ
(理由)憲法案第三十四条ハ現憲法第二十八条ニ相当ス。第一項ニ於テ先ヅ信教ノ自由ヲ保障スル規定ヲ設クルノ趣旨ハ第二十八条ニ述ベタル趣旨ト同ジ。
信教ノ自由ヲ認ムルモ国家ガ安寧秩序ヲ妨グル者及ビ臣民タルノ義務ニ背ク者ニ対シテ制限ヲ加フルノ必要アルコトハ論ヲ待タズ。タダ之ヲ制限スルハ法律ノ定ムル所ニ依ル。是レ現憲法ガ此等ノ者ニ対シテハ法律ニ依ラザルモ制限ヲ加フルコトヲ得トスト大ニ異ナル。又国家ハ単ニ宗教ヲ取締ルノミナラズ之ヲ保護奨励スルノ方針ヲ取ルベキモノニシテ之ヲ為ス場合ニ或制限ヲ必要トスルコトアルベシ。法律ニ依リ之ヲ為ス。然レドモ宗教ハ本ト純然タル内心ノ事ニ属シ国家ノ保護奨励ヲ望マザル者ナシトセズ。之ヲ望マザル者ニ対シテハ保護奨励ヲ為スベキニ非ズ。故ニ之ヲ望ム者ニ対シテノミ之ヲ為シ従テ之ニ必要ナル制限ヲ加フルコトヲ得トス。而シテ信教ノ自由ノ制限ヲ為スハ安寧秩序ヲ妨グル場合臣民タルノ義務ニ背ク場合及ビ保護奨励ヲ望ム場合ニ限リ其ノ他ノ場合ニハ公益ノ為ニシ又法律ニ依ルモ之ヲ制限スルヲ得ズトスルノ規定ノ態度ハ現憲法ノ態度ト同様トス。是レ第二項ノ趣旨ナリ。
信教ノ自由ハ共同シテ宗教上ノ団体ヲ作リ宗教ノ行動ヲ為スコトノ自由ヲ含ム。宗教ノ篤信者ガ単独ニ宗教上ノ行動ヲ為スコトヲ以テ満足セズ宗教ヲ同ジクスル者共同シテ之ヲ為スコト本能的ノ傾向ナレバナリ。然レドモ宗教上ノ団体ノ行動ト雖宗教ニ関セザルモノナルトキハ第三十六条ニ基テ行ハルル一般ノ結社ニ関スル制限ニ従フ。憲法案第三十四条第三項ハ此ノ事ヲ規定ス。
第三十五条 日本臣民ハ学問芸術及教育受授ノ自由ヲ有ス
保護奨励其ノ他公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(理由)学問芸術及ビ教育受授モ亦其ノ自由ヲ保障セラルベキモノニシテ之ヲ保護奨励スルコト其ノ他公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ルトスベシ。是レ人間ノ一般社会生活ノ向上引テ国家生活ノ向上ヲ来ス所以ナリ。憲法案第三十五条ノ条規ハ此ノ精神ニ基クモノトス。
第三十六条 日本臣民ハ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
(理由)憲法案第三十六条ハ其ノ実質現憲法第二十九条ト同ジ。其ノ規定ノ態度ヲ異ニスルハ第二十八条ニ述ベタルト同一ノ趣旨ニ出ヅ。
第三十七条 日本臣民ハ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スノ権利ヲ有ス
(理由)憲法案第三十七条ハ現憲法第三十条ノ条規中「相当ノ敬礼ヲ守リ」ノ文言ヲ削リタルニ過ギズ。
蓋シ請願ヲ為ス者ガ相当ノ敬礼ヲ守ルコトハ当然ニシテ其ノ敬礼ヲ守ルノ態度ヲ示スノ必要アルトキハ別ニ定ムル所ノ規程ニ依ルベキモノトス。
第三十八条 日本臣民ハ国ノ違法ノ行為又ハ官吏ノ違法ノ職務行為ニ因リ損害ヲ受ケタルトキハ法律ノ定ムル所ニ依リ国ニ対シテ賠償ヲ求ムルノ権利ヲ有ス
前項ノ場合ニ於テ賠償ヲ求ムルノ手続及国ト官吏トノ関係ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(理由)官吏ガ違法ノ職務違反ノ行為ヲ為シ之ニ因リ他人ニ損害ヲ与ヘタルトキ被害者ハ何等カノ方法ニ因リ賠償ヲ求ムルノ権利ヲ有スベキコトハ当然ノ事理トス。而モ我ガ国現行ノ法制ニ於テハ全ク之ニ関スル規定ヲ欠クガ故ニ憲法案第三十八条第一項ハ被害者ニ国ニ対シテ之ヲ求ムルノ権利ヲ認ム。右ノ場合ニ被害者ヲシテ国ニ対シテ賠償ヲ求メシムベキカ又ハ当該ノ官吏ニ対シテ之ヲ求メシムベキカハ問題タルヲ失ハザレドモ本条ニ於テハ国ニ対シテ之ヲ為サシム。被害者ヲ保護スル所以ナリ。
右ノ場合ニ賠償ヲ求ムル手続ノ定マレルモノナカルベカラズ。法律ニ依リ之ヲ定ム。又国家ハ当該ノ官吏ニ対シテ補償其ノ他何等カノ請求ヲ為シ得ルヤ否ヤノ問題ヲ生ズベシ。法律ニ依リ之ヲ定ムトス。是レ憲法案第三十八条第二項ノ条規ナリ。
第三十九条 本章ニ示シタルモノノ外日本臣民ノ自由ヲ制限スルハ法律又ハ命令ニ依ル
(理由)行動上ノ自由ハ憲法第二章ニ示シタルモノニ限ラズ。其ノ以外ニモ存ス。此等ノ自由ヲ制限スルハ第二章ニ依リ法律ニ依ルコトヲ要セザレドモ法律ニ依ルヲ妨ゲズ。其ノ法律ニ依ラザル場合ニ於テハ命令ニ依ルヲ要ス。法律ナク又命令ナキニ之ヲ制限スルコトハ許サレザルナリ。之ヲ称シテ臣民ノ自由ノ制限ハ法即チ法律又ハ命令ノ根拠アルヲ要スト云フ。是レ一ノ重要ナル原則ナリ。憲法案第三十九条ハ此ノ原則ヲ明ニス。
第四十条 天皇ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ本章ニ掲ケタル条規ニ拘ラス大権ニ依リ必要ナル処置ヲ為スコトヲ得其ノ処置ニ付テハ直ニ帝国議会ニ報告スヘシ
天皇ハ前項ノ報告アリタル場合ニ於テ及其ノ後ニ於テ帝国議会ノ議決ニ依リ其ノ処置ヲ停止ス
(理由)憲法案第四十条ハ現憲法第三十一条ニ相当シ所謂非常大権ナルモノナリ。
之ニ依レバ天皇ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テハ大権ニ依リ任意ニ必要ノ処置ヲ為スコトヲ得。其ノ処置ヲ為スニ当リ憲法第二章ガ一定ノ事項ヲ法律ニ依テ定ムトスル条規ニ拘束セラルルコトナシ。大権ニ依リ任意ニ為サルル処置ナルガ故ニ法律ノ委任ニ依ルモノニ非ザルナリ。但シ其ノ処置ニ付直ニ之ヲ帝国議会ニ報告スベキモノトス。是レ事前ニ帝国議会ノ意見ヲ求ムルコトノ機宜ヲ失スベキ場合ナリ。之ヲ憲法案第四十条第一項ノ条規トス。
然レドモ帝国議会報告ヲ受ケテ其ノ処置ノ停止ヲ議決スルトキハ之ヲ停止ス。事後ニ帝国議会ノ意見ヲ求ムルナリ。而シテ其ノ処置ハ通常ノ場合ニ在ラバ事前ニ帝国議会ノ意見ヲ求メテ行ハルベキモノナルモ之ヲ求メザルハ其ノ処置ノ機宜ヲ失スベキニ由ル。故ニ事後ニ在ラバ其ノ意見ヲ求メ其ノ意見ニ依リ之ガ停止ヲ為スヲ適当トスルナリ。之ヲ憲法案第四十条第二項ノ条規トス。
第四十一条 第二十八条乃至第三十九条ハ法律ニ別段ノ定ナキ限日本臣民ニ非サル者ニ付之準用ス
(理由)憲法案第二十八条乃至第三十九条ノ条規ハ之ヲ外国人ニモ準用ス。此ノ点ニ於テ外国人モ日本臣民モ其ノ地位同ジ。但シ法律ハ準用セラルル憲法ノ条規ニ対シテ別段ノ定ヲ設クルコトヲ得。日本臣民ニ付テハ法律ハ憲法ノ条規ニ対シ別段ノ定ヲ設クルコトヲ得ズ。此ノ点ニ於テ外国人ト日本臣民トハ其ノ地位異ナレリ。之ヲ憲法案第四十一条ノ趣旨トス。
第三章 帝国議会
第四十二条 帝国議会ハ衆議院特議院ノ両院ヲ以テ成立ス
(理由)本条ハ現憲法第三十三条ト実質ヲ同ジウスルモ貴族院ノ名ヲ改メテ特議院トス。其ノ理由ハ後出第四十四条ノ部ノ説明ニ於テ明ナリ。
第四十四条 特議院ハ特議院法ノ定ムル所ニ依リ皇族及特別ノ手続ヲ経テ選任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
(理由)現憲法第三十三条ニ於テ帝国議会ガ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ストスルハ両院各々其ノ職任ヲ異ニスルモノトスルノ観念ヲ前提トス。前述ノ如ク衆議院ニ於テハ一般国民ニ代テ活溌ノ態度ヲ以テ国務ニ参加シ貴族院ニ於テハ平静ノ態度ヲ以テ国務ニ参加スルコトヲ重ジ従テ其ノ議員ハ衆議院ニ在テハ成ルベク広キ範囲ニ於ケル一般国民ヲシテ選挙セシメ貴族院ニ在テハ平静ニ国務ヲ考慮スルコト比較的容易ナルベキ立場ニ在ル者ヲ特ニ選任シ両議院各々特色アル態度ニ於テ行動シ両者ノ行動ノ一致アル所即チ国民全体ノ意思ノ代表アリトスルノ精神ヲ基礎トス。憲法案ニ於テハ此ノ精神ヲ一層徹底セシムルコトヲ主旨トシ此ノ主旨ノ下ニ現憲法第三章ノ条項ニ改正ヲ加フ。
憲法案第四十四条ハ貴族院ノ名ヲ改メテ特議院トシ特議院ハ皇族ノ外特別ノ手続ヲ経テ選任セラレタル議員ヲ以テ組織スルモノトス。蓋シ我ガ国ニ於テ平静ニ国務ヲ考慮スルコト比較的容易ナルベキ立場ニ在ル者トシ着目スベキハ先ヅ皇族ナルコト疑ナキガ故ニ憲法ニ依リ特議院ヲ組織スル議員ノ中ニ皇族ヲ加フ。皇族以外ノ者ニシテ如何ナル者ガ平静ニ国務ヲ考慮スルコト比較的容易ナルベキ立場ニ在ル者トシテ着目セラルベキカハ時代ニ依リ一概ニ断定スルヲ得ズ。故ニ之ヲ憲法ニ於テ確定スルコトナク憲法ニ於テハ単ニ特別ノ手続ヲ経テ選任セラルベキモノナルコトヲ規定ス。従テ憲法上特議院ヲ組織スル議員ノ中ニ華族ヲ加ヘズ。議員選任ノ方法ハ前示ノ立場ニ在リト認メラルル者ヲ選任スルニ適当ナルモノヲ定ム。而シテ特議院及ビ衆議院ハ両者一体トナリ国務ニ参加スル重要ナル機関ナルガ故ニ其ノ組織ヲ定ムルノ法ハ両者異ナルベキノ理由存セズ。何レモ両議院ノ共ニ参加セル法律タルベキモノトス。現憲法ニ於ケルガ如ク衆議院ノ組織ヲ定ムルコトニハ特議院参加シテ法律ヲ以テスルニ拘ラズ特議院ノ組織ヲ定ムルコトニハ特議院ノミ参加シテ勅令ヲ以テシ衆議院参加セズトスルハ正当ナル理由ナキナリ。以上ノ理由ニ依リ憲法案ハ衆議院及ビ特議院共ニ其ノ組織法律ヲ以テ定ムルモノトス。
第四十六条 凡テ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル国ノ行為ヲ法律トス但シ此ノ憲法ニ依リ別段ノ形式ヲ定メタルモノハ此ノ限ニ在ラス
(理由)憲法ガ特ニ法律ナル形式ヲ定ムル目的ノ一トシテ次ノコトヲ忘ルベカラズ。法律ナル形式ヲ以テ発表セラレタル国ノ行為ヲ見ルトキハ之ニ依リ直ニ其ノ行為ガ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタルモノナルコトヲ知リ得ベク法律ナル形式ヲ有セザル行為ヲ見ルトキハ之ニ依リ直ニ其ノ行為ガ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタルモノニ非ザルコトヲ知リ得ルコト実ニ国ノ行為トシテ法律ナル形式ヲ定ムル目的ノ一ナリ。此ノ目的ノ為ニハ法律ト称スルハ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタルモノナルコトヲ要スルト共ニ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル行為ハ法律ト称スト定マレルコト換言セバ法律ナル形式ヲ有スルモノト帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタルモノトガ本則トシテ同一ノモノナルコトヲ必要トス。此ノ意味ヲ表明シテ憲法案第四十六条本文ハ「凡テ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル国ノ行為ヲ法律トス」ト云フ。現憲法第三十七条ニ依レバ法律ナル形式ヲ有スルモノタルニハ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタルモノナルコトヲ要スルヲ知リ得ルモ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタルモノガ本則トシテ法律ナル形式ヲ有スルコトハ之ヲ知リ難シ。以上ハ本則トシテ之ヲ云フ。憲法ニ於テ帝国議会ノ協賛ニ依リ成立シタル行為ニ法律以外ノ別ノ形式ヲ与へタルモノアルトキハ固ヨリ之ニ依ル。予算ノ如キ然リ。之ヲ憲法案第四十六条但書ノ趣旨トス。
第五十一条 帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長ス。議院奏請シタル場合亦同シ
(理由)憲法案第五十一条ハ議院ニ於テ会期延長ヲ奏請シタルトキモ亦之ニ基キ会期ノ延長セラルベキコトヲ定ム。蓋シ其ノ院ノ議事ノ状況ニ依リ会期ノ延長ヲ必要ト認ムルトキハ其ノ意思ヲ重ズルヲ至当トスルナリ。
第五十三条 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ
衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ特議院ハ同時ニ停会セラルヘシ
(理由)憲法案第五十三条第二項ハ現憲法第四十四条第二項ノ貴族院ノ名ヲ特議院ト改メタルノミ。
第五十四条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ三箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ
(理由)憲法案第五十四条ハ現憲法第四十五条所定ノ召集ノ時期ヲ早メタルナリ。
第五十七条 両議院ノ会議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得
政府ノ要求ニ依リ秘密会ト為シタル後議院ノ決議アルトキハ公開ニ復ス
公開ノ会議ノ議事ヲ真実ニ伝フルコトヲ目的トスル報道ハ責任ヲ生スルコトナシ
(理由)議院ノ会議ヲ秘密トスルノ政府ノ要求アルトキ之ヲ容ルルヲ可トスルモ其ノ後ニ至リ議事ノ状況ニ依リ議院ニ於テ之ヲ秘密会トスルノ必要ナシト認ムルコトアルベシ。此ノ場合ニハ議院ノ決議ニ依リ公開ニ復ス。是レ憲法案第五十七条第二項ノ趣旨ナリ。
会議ヲ公開スルハ間接ニ之ヲ国民ニ伝フルコトヲ目的トス。即チ公開ノ会議ノ議事ハ之ヲ伝ヘテ国民ニ知ラシムベク従テ之ガ報道ハ自由ニシ責任ヲ生ズルコトナカラシム。タダ其ノ報道ハ議事ヲ客観的ニ真実ヲ伝ヘンコトヲ目的トスルモノナルヲ要ス。主観的ニ偏頗ニ伝フルモノハ固ヨリ責任ヲ免ルルコトナシ。是レ憲法案第五十七条第五項ノ趣旨ナリ。
第六十一条 両議院ハ各々総議員十分ノ一以上ノ賛成ヲ以テスル動議ニ基ク決議アルトキハ特定ノ国務大臣及其ノ院ノ議員ノ職務ニ付不当ノ事項存スルヤ否ヤヲ審査スル為査問委員会ヲ設ク
査問委員会ハ国務大臣又ハ当該議員ノ出席陳述ヲ求ムルコトヲ得
当該国務大臣又ハ当該議員ハ出席陳述ヲ為スコトヲ得
査問委員会ハ証拠ノ取調ニ付諸官府ニ委任スルコトヲ得
前二項ニ示シタルモノノ外査問委員会ノ審理ニ必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(理由)衆議院又ハ特議院ニ於テ或国務大臣又ハ其ノ院ノ或議員ノ職務上ノ行動ニ付不当ノ事項アリトスル疑ヲ生ジタル場合ニ之ヲ審査スル査問委員会ヲ設クトス。国務運行ノ過程ヲ明朗ナラシムル方策ノ一ナリ。憲法案第六十一条第一項及ビ第二項ハ之ヲ置クコト其ノ手続其ノ査問方法ノ主要ノ点ヲ定ム。
査問委員会ガ査問ヲ為スニ当リ其ノ証拠調ハ自ラ完全ニ之ヲ為シ得ルモノニ非ズ。故ニ裁判所行政官庁等ニ之ヲ委託スルコトヲ得トス。是レ憲法案第六十一条第三項ノ条規ナリ。
以上ノ外必要ナル事項ハ憲法案第六十一条第四項ニ依リ法律ヲ以テ定ムルコトトス。
第六十三条 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ引続キ逮捕セラレ及新ニ逮捕セラルルコトナシ
(理由)会期前ニ逮捕セラレタル議員ヲ会期ニ入リ其ノ院ノ許諾ナクシテ引続キ逮捕スルコトノ不当ナルハ疑ナキモ現憲法第五十三条ニ依レバ之ヲ為シ得ルモノナリト解スル者アリ。故ニ憲法案第六十三条ハ特別ノ規定ヲ設ケテ其ノ問題ヲ解決ス。
第六十五条 此ノ憲法ノ定ムル所ニ依リ特定ノ事項ヲ審議スル為両議院議員ヲ委員トスル憲法事項審議会ヲ置ク
両議院ハ各会期毎ニ憲法事項審議会ノ委員及委員故障ヲ生シタル場合ノ補充員ヲ選挙ス委員及補充員ハ各々三十人以内両院同数トス
憲法事項審議会ノ委員ハ次ノ会期ニ於テ新ニ委員ノ選挙セラルル迄其ノ職務ヲ行フモノトス
衆議院解散衆議院議員総選挙其ノ他ノ事由ニ由リ衆議院議院総テ存セサルニ至リタル場合ニ於テハ衆議院議員ニシテ憲法事項審議会ノ委員タリシ者引続キ委員タルモノトス其ノ者ニ故障アルトキハ第二項ノ補充員タリシ者ヲ以テ之ニ充ツ
各議院ニ於ケル憲法事項審議会ノ委員ノ数議事規則其ノ他必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(理由)或事項ニ付本来帝国議会ノ審議ヲ経ルヲ妥当トスルモ而モ議会ノ行動ヲ待ツコト能ハザル場合アリ。之ニ処スル為実質上議会ニ代ルモノト云フベキ憲法事項審議会ナル機関ヲ置キ憲法ガ其ノ権限ニ属セシメタル特定ノ事項ヲ審議セシム。機宜ノ処置ヲ講ズルナリ。
憲法事項審議会ノ委員ハ議員ニ限リ両院各別ニ選挙ス。両院同数トシ憲法ニ於テ其ノ最大限ヲ定ム。又其ノ委員ノ補充員ヲ置ク。各会期毎ニ之ヲ選挙スルハ委員ノ人選固定スルノ弊ヲ防グナリ。
衆議院議員又ハ特議院議員総テ存セザルニ至リタル場合ニ於テハ委員タリシ者又ハ補充員タリシ者引続キ委員ノ職務ヲ行フ。
憲法事項審議会ヲ置クハ之ニ依リ政府ノ専断ヲ防グコトニ於テ帝国議会ニ依リ政府ノ専断ヲ防グコトト大体ニ於テ同様ノ結果ヲ得ントスルナリ。之ヲ憲法案第六十五条ノ趣旨トス。
第四章 国務大臣及枢密院
章名 現憲法ニハ枢密顧問トアルヲ枢密院ニ改ム
第六十七条 天皇及帝国議会カ国務大臣ノ責任ヲ問フハ此ノ憲法ノ範囲内ニ於テ適宜ノ措置ヲ以テス
(理由)国務大臣ハ天皇ヲ輔弼スルノ職責ヲ有シ其ノ職責ヲ行フノ態度ニ付責任ヲ有ス。此レ現憲法第五十五条第一項ノ規定スル所ナリ。然レドモ如何ナル方法ヲ以テ国務大臣ノ責任ヲ問フカニ付テハ憲法ニ於テ何等定ムル所ナシ。故ニ天皇ハ統治権ノ総攬者トシテ憲法ノ範囲内ニ於テ適宜ノ措置ヲ取ルコトヲ得。国務大臣ノ行為ヲ批判シ法上ノ制裁ヲ加フルコトヲ得。又帝国議会ハ国務大臣ノ行為ヲ批判シ得ルモ之ニ制裁ヲ加フルヲ得ズ。唯憲法ノ範囲内ニ於テ許サレタル手段ヲ利用シテ国務大臣ノ責任ヲ問フコトヲ得。例ヘバ国務大臣ガ輔弼ヲ誤ルモノナリト決議シ国務大臣タルニ適セズト決議シ国務大臣ガ其ノ任ニ非ザルコトヲ上奏スルヲ得。是レ皆問責ノ措置ナリ。而モ国務大臣ニ免官其ノ他ノ制裁ヲ加へ得ザルナリ。之ヲ為シ得ルハ天皇アルノミ。要スルニ天皇ハ勿論議会モ憲法ノ範囲内ニ於テ許サレタル手段ヲ用ヰテ責任ヲ問ヒ得ルナリ。憲法案第六十七条ハ此ノ事ヲ明ニスルノ趣旨トス。
第六十八条 国務大臣ハ官制ノ定ムル所ニ依リ内閣ヲ組織ス
(理由)総テ国務大臣ハ各々天皇ヲ輔弼スルモ其ノ輔弼ノ方法ニ付協議スルノ必要アリ。其ノ協議ノ行ハルル機関ヲ内閣トス。現憲法ハ内閣ノ事ヲ規定セザレドモ憲法案ハ第六十八条ニ於テ之ヲ規定シ其ノ憲法上ノ必要機関ナルコトヲ明ニス。内閣ヲシテ有力ニ其ノ機能ヲ発揮セシムルノ方法ナリ。
第六十九条 天皇ハ国務大臣中一人ヲ以テ内閣総理大臣ニ任ス内閣総理大臣ハ内閣ノ統一ヲ保チ国務ノ全般ニ付上奏シ之ヲ宣示ス
統帥ノ国務其ノ他特別ノ説明ヲ必要トスル事項ニ関シテハ内閣総理大臣当該官府ヲシテ内閣ニ於テ説明ヲナサシム
内閣総理大臣ノ選任ハ別ニ定ムル所ノ規定ニ依リ一定ノ手続ヲ経テ之ヲ行フ此ノ場合ニ於テ現任ノ内閣総理大臣ハ其ノ意見ヲ上奏スルコトヲ得
(理由)内閣ニ於テハ其ノ統一ヲ保ツコトヲ特ニ任務トスル者ナカルベカラズ。天皇其ノ者トシテ国務大臣ノ中一人ヲ選任ス之ヲ内閣総理大臣トス。内閣総理大臣ハ国務ノ全般ニ付上奏シ之ヲ宣示ス、統帥モ亦国務ニ属シ内閣総理大臣之ニ付上奏スルコトヲ得。 内閣総理大臣ノ選任ニ付テハ其ノ手続ノ法制上定マレルヲ可トス。タダ憲法自ラ之ヲ定ムルハ適当ナラザルガ故ニ憲法ハ単ニ手続ノ定メラルベキコトヲ規定スルナリ。然レドモ現任ノ内閣総理大臣ハ其ノ最後ノ輔弼トシテ後任ノ内閣総理大臣タルベキ者ニ関シ意見ヲ上奏シ得ルコトヲ可トシ且此ノ事ヲ憲法中ニ規定スルヲ可トス。
以上ヲ以テ憲法案第六十九条ノ趣旨トス。
第七十条 枢密院ハ官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応へ其ノ意見ヲ上奏ス
天皇ハ重要ノ国務ニ付枢密院ニ諮詢スルコトアルベシ
(理由)憲法案第七十条ハ天皇ハ如何ナル場合ニ於テモ枢密院ニ諮詢スルヲ要ストセラルルニ非ザルコトヲ定ム。
第五章 司法検察行政裁判及憲法裁判
章名 司法検察行政裁判及憲法裁判
(理由)憲法案第五章中ニ司法ノ外検察行政裁判及憲法裁判ニ関スル規定ヲ存スルニ由ル
第七十二条 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス
裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分ニ由ルノ外其ノ官ヲ免セラルルコトナシ
懲戒ノ条規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(理由)現憲法第五十八条第二項ニ「其ノ職ヲ免セラルルコトナシ」ト云フニ所謂職ハ官ノコトナルコト疑ナシ。故ニ之ヲ改ム。
第七十三条 裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得
前項裁判所ノ決議ニ対シ法律ノ定ムル所ニ依リ当事者弁護人及傍聴人異議ヲ申立テタルトキハ裁判所再議スルコトアルベシ
(理由)裁判ノ公開ハ裁判ニ対スル社会ノ信頼ヲ保持スル方法ノ一ナレバ裁判所ノ決議ヲ以テ公開ヲ停ムル場合ニハ之ニ依リ社会ノ信頼ヲ失ハザランコトニ付十分ノ用意ヲ必要トス。故ニ関係者ガ異議ヲ申立テ得ルコト及ビ場合ニ依リ再議スベキコトヲ憲法ノ中ニ規定スルヲ可トス。是レ憲法案第七十三条第二項ノ趣旨ナリ。
第七十五条 犯罪ノ検察ハ法律ニ依リ検事之ヲ行フ
裁判官ニ任セラルル資格其ノ身分ノ保障及其ノ懲戒ニ関スル此ノ憲法ノ条項ハ検事ニ付之ヲ準用ス但シ必要アルトキハ別段ノ規定ヲ設クルコトヲ得
(理由)検事ハ司法作用ノ運営ニ関シ実際上裁判官ト同様ノ重要性ヲ有スルモノナレバ其ノ資格保障懲戒ニ関シテ裁判官ト同様ニ取扱フコトハ之ヲ裁判所構成法ニ規定スルニ止メズ憲法ニ規定スルヲ可トス。此レ憲法案第七十五条ノ趣旨ナリ。
第七十六条 裁判官及検事ハ公正ノ態度ニ付社会ノ信頼ヲ保持スヘシ
裁判官及検事ハ相互独立シテ共ニ司法権ノ適正ナル運営ヲ期シ両者職域ノ混淆ナキコトヲ要ス
(理由)司法権ノ運営ニ関シ公正ナル態度ニ付社会ノ信頼ヲ保持スルヲ要スルハ裁判官及検事ノ両者同一ナレドモ両者ニ対スル社会ノ信頼往々異ナルモノアリ。故ニ其ノ点ニ於テ検事モ裁判官ト異ナラザルノ用意ヲ有スベキコトヲ示ス。又両者ハ共ニ司法権ノ適正ナル運営ヲ期スベキモノナルモ相互独立シテ之ニ当リ職域混淆スベカラズ。憲法案第七十六条ハ此ノ趣旨ヲ明ニス。
第七十七条 行政庁ノ処分ニ付利害関係ヲ有スル者カ其ノ処分ヲ違法ナリトシテ其ノ効力ニ関シ提起スル訴訟ノ裁判ハ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所法律ニ依リ之ヲ行フ
前項ノ関係以外ノ行政上ノ関係ニ関スル訴訟ノ裁判ハ法律ニ依リ特ニ司法裁判所ノ権限ニ属セシメタルモノヲ除ク外総テ行政裁判所ノ権限ニ属ス
第七十二条及第七十三条ハ行政裁判官及行政裁判ニ付之ヲ準用ス
(理由)行政上ノ関係ニ付訴訟ヲ提起セシメ之ヲ裁判スルノ行政裁判ハ立憲法治ノ主義ヲ実現スル具体的方法ノ一タルニモ拘ラズ現行ノ法制ハ之ヲ軽ンゼリ。故ニ今行政上ノ関係ヲ網羅シテ一般ニ行政裁判ヲ為スノ主旨ヲ定メ其ノ主旨ノ下ニ行政処分ノ効力ニ関スルモノト其ノ以外ノ行政上ノ関係ニ関スルモノトヲ区別シ前者ハ之ヲ専ラ行政裁判所ノ権限トシ後者ハ行政裁判所及ビ司法裁判所ノ両者ノ権限ニ分配スルコトヲ定ム。蓋シ行政上ノ関係ト雖社会生活ノ実際ニ徴シ今日ニ於テハ司法裁判所ノ権限ニ属セシムルコトヲ可トスルモノアレバナリ。
行政裁判官ノ資格保障懲戒及ビ行政裁判所ノ公開ノコトハ裁判官及ビ裁判所ニ於ケルト同様ニ取扱フ。
要スルニ憲法案第七十七条ハ行政裁判所ヲ重ンズルノ精神ヲ示スナリ。
第七十八条 帝国憲法ノ条項ニ関スル疑義ニ付テハ法律ニ定メタル憲法裁判所法律ニ依リ之ヲ裁判ス
憲法裁判所ハ皇室典範皇室典範ニ基ク諸規則及法律命令カ帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤニ付官内大臣政府及帝国議会ノ請求アリタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ但シ現ニ憲法裁判所ニ繋属スル事件ノ判決ニ付本文ニ示シタル諸法ニ関スル憲法上ノ疑義ヲ決定スルコトヲ必要トスル場合ニ於テハ憲法裁判所職権ニ依リ之ヲ決定ス
憲法裁判所ハ前項ノ事項以外ノ事項ニ関シ政府又ハ帝国議会ノ行動カ憲法ニ違反スルヤ否ヤニ付帝国議会又ハ政府ノ請求アリタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ衆議院又ハ特議院ノ請求アルトキハ政府ハ此ノ請求ヲ為スコトヲ要ス
憲法裁判所ハ最高ノ司法裁判所又ハ最高ノ行政裁判所カ現ニ繋属スル事件ノ判決ニ付憲法上ノ疑義ヲ決定スルコトヲ必要トシ之ヲ請求シタル場合及其ノ訴訟ノ当事者カ申立テタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ
憲法裁判所ハ第二項第三項及前項ノ事項以外ノ事項ニ付法律ヲ以テ其ノ裁判ニ属セシメタル場合ニ於テ憲法裁判ヲ行フ
第七十二条及第七十三条ハ憲法裁判官及憲法裁判ニ付之ヲ準用ス
(理由)法律命令又ハ政府帝国議会司法裁判所及ビ行政裁判所ノ行動ニ付帝国憲法ニ違反スルヤ否ヤノ疑義ヲ生ジタル場合ニ之ヲ有権的ニ決定スルノ必要アリ。
今日ノ法制ノ下ニ於テハ其ノ決定ヲ為スノ方法存セズ。故ニ今憲法裁判所ヲ新設シ之ヲ為サシム。憲法裁判所ハ国務ノ実際ニ関シ憲法ヲ尊重スルノ風ヲ生ズベシ。裁判官ノ地位及ビ裁判ノ公開ニ関スル条項ハ之ヲ憲法裁判所ニ付準用ス。
第六章 会計
第七十九条 新ニ租税其ノ他ノ公課ヲ課シ及課率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ム但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ此ノ限ニ在ラス
国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
(理由)憲法案第七十九条第一項ニ於テ現憲法第六十二条第一項ニ「租税」トアルヲ「租税其ノ他ノ公課」ニ改メ税率トアルヲ課率ニ改ム。法律ヲ以テ定ムルヲ要スルコトハ公課一般ニ付考ヘラルルモノニシテ単ニ租税ノミニ付考ヘラルルモノニ非ザレバナリ。タダ公課中報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ法律ヲ以テ定ムベキノ限ニ在ラズトスルコトハ現憲法第六十二条第二項ト同ジ。
第八十条 現行ノ租税其ノ他ノ公課ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収ス
(理由)憲法案第八十条ハ現憲法第六十三条ノ「租税」ト云フヲ改メテ「租税其ノ他ノ公課」トスルナリ。其ノ理由前ニ述ベタル所ニ同ジ。
第八十二条 予算案ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ
予算案ニ付特議院ニ於テ衆議院ト異ナル議決ヲ為シタル場合ニハ政府ハ衆議院ノ請求ニ依リ特議院ノ再議ヲ求ムルコトヲ要ス
(理由)憲法案第八十二条第一項ハ現憲法第六十五条ノ「予算」ヲ「予算案」ニ改ム。蓋シ衆議院ニ提出スルハ予算ニ非ズシテ予算ノ案ナレバナリ。法律ニ付テハ現憲法モ法律案ト云ヘリ。
衆議院ヲシテ予算案ヲ先議セシムルハ現憲法第六十五条亦然リ。憲法ガ衆議院ノ予算案先議ヲ定ムルハ決シテ単ニ予算案審議ノ順序ヲ一定シ置クト云フガ如キ手続上ノ必要ニ由ルモノニ非ズシテ特議院ヲシテ衆議院ノ意思ヲ尊重セシメントスルノ趣旨ニ出ヅ。然ルニ法理トシテハ特議院モ衆議院モ同等ノ予算案審議権ヲ有スルガ故ニ特議院ガ衆議院ノ議決ト異ナル議決ヲ為スコトヲ防ゲズ。此ノ場合ニ衆議院ヲシテ政府ガ特議院ノ再議ヲ求ムルコトヲ請求スルヲ得シメ此ノ請求ニ依リ政府ハ特議院ノ再議ヲ求ムルヲ要ストス。是レ憲法案第八十二条第二項ノ規定ナリ。此ノ場合ニ於テ法理トシテハ特議院ハ必ズシモ衆議院ト同一ノ議決ヲ為スヲ要スルニ非ザレドモ衆議院ノ意思ヲ特ニ考慮スルノ結果ヲ生ズベキコト疑ナシ。
第八十三条 皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出ス
帝国議会ハ皇室経費ノ定額ニ付新ニ考慮ヲ為スコトヲ政府ニ求ムルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テ政府同意スルトキハ定額ノ増減ヲ計上シ帝国議会ノ協賛ヲ求ムヘシ
(理由)皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ国庫ヨリ支出ストスルコト憲法案第八十三条モ現憲法第六十六条ト異ナラズ。蓋シ我ガ国民感情ハ皇室経費ヲ全国民ヨリ供奉スルコトヲ願フコト疑ナシ。又供奉ノ手続トシテ年々帝国議会ニ於テ任意ニソノ額ヲ議スルコトハ我ガ国民感情ノ願フ所ニ非ザルナリ。
然リト雖帝国議会ニ於テ皇室経費ノ額ヲ現在ノ如クスルコトニ付新ニ考慮スルヲ妥当トスト思量スル場合ナシトセズ。憲法案第八十三条第二項ハ此ノ場合ニハ議会ガ右ノ考慮ヲ政府ニ求ムルヲ得トスルナリ。但シ額ヲ一定シ之ニ従テ変更ヲ加フルコトヲ政府ニ求ムルニ非ズ。タダ額ノ変更ヲ考慮スベキコトヲ求ムルナリ。帝国議会ノ求アル場合政府ニ於テ考慮スルコトニ同意スルトキハ変更スベキモノヲ数額ニ計上シテ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルモノトス。是レ憲法案第八十三条第三項ノ趣旨ナリ。
第八十四条 憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出法律ノ結果ニ由ル歳出及法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
(理由)憲法案第八十四条ハ其ノ実質現憲法第六十七条ト同ジ。タダ「憲法上ノ既定ノ歳出」ノ文言ト共ニ「法律ノ結果ニ由ル歳出」「法律上政府ノ義務ニ属スル歳出」ノ文言ヲ用ヒ三者ノ併立スルモノナルコトヲ明ニス。
第八十六条 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ
政府ハ予備費ヲ支出シテ尚必要アリト認ムル場合ニ於テハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ歳計剰余金ヲ支出スルコトヲ得第八十一条第二項ハ此ノ場合ニモ適用アルモノトス
(理由)憲法案第八十六条第一項ニ於テ予備費ヲ設クルコトハ現憲法第六十九条ト同ジ。
予算ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ於テ支出スルニハ予備費ヨリセザルベカラズ。予備費ヲ支出シ尽シテ尚費用ノ支出ヲ必要トスルコトアラバ現憲法ニ依レバ後出ノ所謂緊急財政処分ノ方法ニ依ルノ外ナシ。歳計剰余アル場合ニ於テモ之ヲ支出スルヲ得ズ。是レ憲法ニ予算ノ制度ヲ設クルノ趣旨ナリ。政府専断ニ之ヲ支出シ所謂責任支出ト称シ事後ニ帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ以テ足ルトスルハ甚シク立憲政治ノ本義ニ反ス。然レドモ其ノ必要真ニ已ムヲ得ザルニ於テハ歳計剰余金ヲ以テ之ニ応ズルコトモ亦認メテ可ナルベシ。タダ此ノ処置ハ政府之ヲ悪用シ易ク其ノ悪用ノ弊ノ大ナルモノナルコトハ従来ノ実際ニ徴シテ之ヲ知ル。故ニ憲法案第八十六条第二項ニ於テ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ歳計剰余金ノ支出ヲ為シ得ルコトヲ定ム。是レ一方ニ於テ真ニ必要已ムヲ得ザル場合ニハ歳計剰余金ヲ支出シ得ルコトヲ憲法ニ明ニスルト共ニ他方ニ於テ事前ニ其ノ悪用ヲ防ガントスルノ趣旨ニ出ヅ。且之ヲ支出シタル場合ニハ後日第八十一条第二項ニ依ル帝国議会ノ承諾ヲ求ムベキモノナルコトヲ特ニ明ニス。
第八十七条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ヲ召集スルコト能ハザルトキハ政府ハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得但シ此ノ勅令ハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経テ之ヲ為ス
前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ノ初ニ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
(理由)憲法案第八十七条ハ現憲法第七十条ト同ジク所謂緊急財政処分ノ勅令ノ発セラルルコトヲ定ムルモノナリ。タダ此ノ勅令ヲ発スルニハ憲法事項審議会ノ議決ヲ経ルヲ要スルモノトス。而シテ「政府ハ」ノ文言ノ位置ヲ改メ之ヲ「帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ」ノ次ニ移ス。議会ヲ召集スルコトガ本来政府ノ為スモノナルカノ如キ印象ヲ与フルコトヲ避クルナリ。
第八十八条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ
前年度予算ノ施行セラルル場合ニ於テハ帝国議会ハ其ノ予算中ノ臨時費ニ付更ニ審査シ之カ廃除削減ヲ為スコトヲ得
施行セラルヘキ前年度予算ニ対スル追加予算存スル場合又ハ之ニ対スル追加予算提出セラレタル場合ニ於テハ帝国議会ハ前年度予算中ノ款項ニシテ追加予算中ノ款項ト同一ナルモノニ付更ニ審査シ之カ廃除削減ヲ為スコトヲ得
前項ノ規定ハ特別会計予算成立セサル場合ニ於テ之ニ対スル追加予算ニ付之ヲ準用ス
(理由)憲法案第八十八条ハ現憲法第七十一条ト同ジク予算不成立ノ場合ニ処スル方法トシテ前年度予算ヲ施行スルコトヲ定ム。此ノ方法ハ予算不成立ノ場合ニ応ズル処置トシテハ蓋シ妥当ノモノトス。然レドモ前年度予算ノ施行ノ結果当年度ニ於テハ必要ナラズト認ムベキ支出ヲモ為サシムルコトハ之ヲ避ケザルベカラズ。是レ新ニ憲法案第八十八条第二項以下ノ条規ヲ設クル所以ナリ。
前年度予算中ノ臨時費ハ法理上当年度ニ於テモ之ヲ支出スルコトヲ得。然レドモ前年度ニ於テ臨時費トシテ認メラレタル支出ガ当年度ニ於テモ同様認ムベキモノナリヤ否ヤハ当年度ニ於テ更ニ審査シ其ノ結果必要ニ応ジテ之ヲ廃除削減スルコトヲ得トスルナリ。
追加予算ハ総予算ト別個ノ存在ヲ有スルモノナレバ前年度ニ於テ総予算ト共ニ別ニ追加予算ノ成立セルコト少カラズ。総予算ト追加予算トハ関連スルモノナレバ前年度ノ総予算中ノ款項ニ於ケル支出ニシテ其ノ追加予算ノ款項ノ支出ト同一ナルモノハ当年度ニ於テハ不必要トナレルコトナシトセズ。故ニ前年度ノ総予算ヲ施行スルニ当リ帝国議会ハ前年度総予算ノ款項ニシテ之ニ対スル追加予算ノ款項ト同一ナルモノニ付テハ更ニ審査シ場合ニ依リ廃除削減ヲ行フコトヲ得トス。又当年度ニ於テ前年度予算ヲ施行スルニ当リ之ニ対シテ追加予算提出セラレタルトキハ前年度予算中ノ款項ニシテ追加予算中ノ款項ト同一ナルモノニ付テハ更ニ審査シ場合ニ依リテ廃除削減ヲ行フコトヲ得トス。之ニ依リ前年度予算ニ対スル追加予算アル場合ニ於テ必要ノ度ヲ超エテ前年度ノ予算ニ依ル支出ヲ為スヲ得ルコトヲ避クルナリ。
特別会計予算ハ総予算トハ別ニ不成立ヲ来スコトアリ。又之ニ対シテ総予算ニ対スル追加予算トハ別ニ追加予算アルコトアリ。此ノ場合ニ於テ特別会計予算ト其ノ追加予算トノ関係ハ前項総予算ト其ノ追加予算トノ関係ニ準ジテ之ヲ取扱フ。
以上予算不成立ノ為前年度予算ヲ施行スル場合ニ於テ臨時費追加予算及特別会計予算ニ関連シテ前年度予算ヲ再審査スルコトニ依リ前年度予算ノ施行ニ基ク不要支出ヲ防止スルコトヲ得ベシ。
第八十九条 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ会計検査院之ヲ検査確定シ政府ハ其ノ検査報告ト倶ニ之ヲ帝国議会ニ提出スヘシ
会計検査院ハ天皇ニ直隷シ国務大臣ニ対シ独立シテ其ノ職務ヲ行ヒ其ノ意見ヲ上奏スルモノトス
会計検査院ノ組織及職権ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
会計検査官ノ資格其ノ身分ノ保障ニ付テハ第七十二条ヲ準用ス
(理由)憲法案第八十九条ハ第一項ニ於テ現憲法第七十二条ノ条規ト全ク同一ノ条規ヲ設クルモ第二項及ビ第三項ニ於テ会計検査院及ビ会計検査官ニ関シ新ニ条規ヲ設ク。
会計検査院ノ行フ所ノ決算ノ検査確定ハ政府ノ会計ヲ監査スルノ重要国務ナリ。従テ会計検査院ハ天皇ニ直隷シ政府ニ対シテ独立ノ地位ヲ有スベキモノトス。憲法案ハ新ニ此ノ事ヲ規定ス。現行会計検査院法中同様ノ規定アリト雖其ノ規定ガ憲法中ニ存スルト法律中ニ存スルトニ依リ其ノ政治的意味大ニ異ナル。其ノ法律中ノ規定ナルトキハ其ノ法律ヲ改正スルコトニ依リ其ノ地位ヲ変更スルコトヲ得ルモ憲法ノ規定ナルトキハ憲法ヲ改正スルニ非ザレバ其ノ地位ヲ変更スルコトヲ得ズ。故ニ今会計検査院ノ地位ニ関スル規定ヲ新ニ憲法ノ中ニ入ルルナリ。之ヲ憲法案第八十九条第二項ノ趣旨トス。
会計検査院ヲ構成スル会計検査官ノ資格其ノ身分ノ保障ニ付テハ裁判官ニ関スル第七十二条ヲ準用ス。蓋シ会計検査官ハ其ノ職務ノ重要性ヨリ見テ其ノ資格其ノ身分ノ保障裁判官ト異ナルベキニ非ザレバナリ。現行法制ノ下ニ在テハ此等ノ事項ニ付会計検査院法ナル法律ニ於テ大体同様ノ規定ヲ有スレドモ之ヲ憲法中ノ規定トスルト法律ノ規定トスルトニ依リ其ノ政治的意味ヲ異ニスルコト前ニ会計検査院ノ地位ニ付述ベタル所ト全ク同ジ。但シ現行法制ハ会計検査官ノ資格ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ムトスルガ故ニ此ノ点ニ於テハ憲法案ノ規定ハ本質的ニ現行法制ヲ改正スルモノトス。
第七章 自治
第七章 自治ノ一章ハ憲法案ノ新ニ設ケタルモノトス。蓋シ自治ハ民意主義ニ依ル国ノ統治ノ基礎地盤ニシテ自治ノ健全ニ発達スルコトハ民意主義ニ依ル国ノ統治ノ実ヲ挙グルガ為ニ必要ナリ。然ルニ現憲法ニ於テハ自治ニ関シテ全ク規定スル所ナシ。此ノ如キハ従来既ニ法制上ノ一欠典タリシノミナラズ今後一層強度ニ民意主義ヲ実現スベキ国家統治ヲ行ハントスルニ当リテハ殊ニ然リトス。是レ憲法案ガ新ニ自治ノ一章ヲ設クル所以ナリ。
第九十条 国必要ヲ認ムルトキハ法律ノ定メタル地方団体其ノ他ノ団体ヲシテ其ノ名ニ於テ統治ニ任セシムルコトヲ得
前項ノ自治団体ハ国ノ監督ヲ受ク
(理由)国ノ統治ヲ為スヤ国自ラ統治ノ衝ニ当リ国自ラノ名ニ於テ統治活動ヲナスコト勿論トス。是レ国ノ統治ノ本則ナリ。然レドモ之ト共ニ国ガ同一ノ地方ニ在ル諸民又ハ同一ノ目的ヲ以テスル諸民ノ団体ヲシテ一定ノ範囲ニ於ケル国ノ統治ヲ其ノ団体ノ統治活動トシテ其ノ名ニ於テ行フコトニ任ゼシムルコトヲ以テ国自ラ統治ノ衝ニ当ルコトヨリモ一層国ノ統治ノ使命ヲ遂グルニ適スト認ムル場合アリ。其ノ如何ナル団体ナルカハ法律ヲシテ之ヲ定メシム。此ノ場合ニニハ国ハ其ノ団体ヲシテ之ニ任ゼシム。之ヲ指シテ其ノ団体ガ国ノ委任ニ依リ其ノ名ニ於テ一定ノ範囲ニ於ケル統治ヲ為スト称シ略シテ自治ト云フ。是レ憲法案第九十条第一項ノ定ムル所ナリ。
自治ヲ為ス団体ハ即チ自治団体ト呼バル。自治団体ハ前述ノ如ク国ノ委任ニ依リ国ノ統治ヲ行フモノナレバ自治団体ガ自治団体ノ活動トシテ適正ナル活動ヲ為スヤ否ヤハ国ガ能ク其ノ統治ノ使命ヲ遂グルヤ否ヤノ決セラルル所ナリ。故ニ国ハ自治団体ヲ監督ス。是レ憲法案第九十条第二項ノ定ムル所ナリ。
第九十一条 自治団体ノ事務ヲ決定スル者及之ヲ執行スル者ノ選任ハ当該自治団体ヲ構成スル者之ヲ行フ但シ法律ニ別段ノ定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス
(理由)自治団体ガ統治活動ヲ為スニハ其ノ団体ノ事務ヲ決定スル者及ビ之ヲ執行スル者ナカルベカラズ。而シテ其ノ団体ガ其ノ名ニ於テ其ノ団体ノ活動ヲ為ストハ其ノ団体ヲ構成スル諸民ガ直接又ハ間接ニ其ノ団体ノ事務ヲ決定スル者及ビ之ヲ執行スル者ヲ選任スル場合ニ於テ之ヲ云フコトヲ得ベシ。故ニ憲法案第九十一条ハ自治団体ノ事務ヲ決定スル者及ビ之ヲ執行スル者ノ選任ハ当該自治団体ヲ構成スル者ニ依リ行ハルベキコトヲ規定ス。タダ場合ニ依リ国ハ之ト異ナル方法ニ依ルコトヲ必要トスルコトナキニ非ズ。其ノ如何ナル場合ナルカハ法律之ヲ定ムルモノトス。
第九十二条 自治団体ノ構成組織権能責務其ノ他必要ナル事項ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(理由)前二条ニ規定スルモノノ外自治団体ヲ構成スル者ノ資格地位自治団体ノ機関ノ組織自治団体ガ其ノ活動上有スル権能責務如何等其ノ他必要ナル事項頗ル多キモ固ヨリ憲法中ニ之ヲ規定スベキニ非ズ。自治団体ノ種類別に法律ヲ以テ之ヲ規定スベキナリ。
第八章 補則
憲法案第八章補則ノ一章ハ現憲法第七章補則ヲ繰下ゲタルモノナリ。
第九十三条 将来此ノ憲法ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非ザレバ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ議決ヲ為スコトヲ得ス
(理由)憲法案第九十三条ノ条規ハ現憲法第七十三条ノ条規ト全然同一ニシテ毫モ改正ヲ加ヘズ。然レドモ憲法改正ニ関スル此ノ条規ハ我ガ国統治ニ付一ノ根本精神ヲ前提トス。憲法ノ改正ニ関シテハ此ノ精神ヲ動カスベカラズ。是レ憲法案ガ之ニ従フ所以ナリ。故ニ茲ニ一言スルノ必要ヲ感ズ。
凡ソ国家ノ統治権ヲ総攬スル者ハ国家ノ根本法タル憲法ヲ改定スルノ力ヲ有セザルベカラズ。憲法ヲ改定スルノ力ヲ有スルコトナクシテ国家ノ統治権ヲ総攬スト云フガ如キコトハアリ得ザルナリ。
憲法ノ改定ニハ最初ニ憲法改正ノ議案ヲ発スルノ作用アリ。最後ニ其ノ議案ニ依ル憲法改正ヲ決定スルノ作用アルヲ要ス。右ノ両作用ハ国家統治権ノ総攬者ト云ハルル者ニ依リ行ハレザルベカラズ。然ラズトセバ統治権総攬者ノ名アリテ其ノ実ナキナリ。天皇ハ統治権ヲ総攬ス。議案ヲ発スルノ作用ガ天皇ニ依リ行ハルベキコト当然トス。是レ憲法案ガ此ノ事ヲ定ムル所ノ現憲法第七十三条ニ従ヒ憲法改正ノ議案ハ勅命ヲ以テ発スベキモノトスル所以ナリ。
然レドモ憲法改正ノ議案ヲ発スルノ手続及ビ憲法改正ヲ決定スルノ手続ニ関シ帝国議会ヲ通ジテ国民ノ間接ノ参与ヲ認メ又ハ国民ノ直接ノ参与ヲ認ムルコトハ今日政治上ノ民意主義ヲ強度ニ実現セントスルノ時代ニ在テハ講ゼラルルヲ要スル措置ニ属ス。而モ事極メテ慎重ニ為サルルヲ要スルコト言ヲ待タズ。此ノ見地ニ立チテ憲法案第八章第九十四条以下憲法改正ニ関スル条規ヲ定ム。
憲法ノ改正ニ付テハ先ヅ憲法ノ改正ヲ必要トスルヤ否ヤヲ調査シ次デ之ヲ必要トストスルトキ如何ニ改正スベキヤヲ調査セザルベカラズ。而シテ此ノ間政府帝国議会及ビ国民ノ三者ノ参与スルノ道ヲ正スベキナリ。
第九十四条 政府命ヲ奉シ帝国憲法ノ改正ニ関スル調査ヲ為ス場合ニ於テハ特別ノ審議機関ヲ設クルモノトス。政府憲法ノ全体又ハ其ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ヲ認ムルトキハ之ヲ上奏シ勅旨ニ依リ其ノ必要ノ有無ニ付帝国議会ノ議決ヲ求ムヘシ
帝国議会ハ政府カ帝国憲法改正ノ必要ノ有無ニ関シ調査ヲ為スコトヲ奏請スヘシトスル決議ヲ為スコトヲ得此ノ決議アリタル場合ニハ政府ハ議会ニ於テ之ニ関スル意見ヲ表明スヘシ
(理由)政府事務ノ処理トシテ帝国憲法改正ノ事ニ着手スルハ一ニ勅旨ニ依ル。此ノ勅旨ハ或ハ天皇任意ニ之ヲ下スコトアルベシ。或ハ政府ノ奏請ニ基テ下スコトアルベシ。此ノ勅旨ヲ奉ジ政府帝国憲法改正ノ調査ヲ為スベク此ノ場合ニハ特別ノ審議機関ヲ設クルヲ要ス。蓋シ憲法改正ノ事ハ其ノ着手ニ於テ既ニ特ニ慎重ヲ期セシムルナリ。之ヲ憲法案第九十四条第一項ノ趣旨トス。
政府前示特別ノ審議機関ノ審議ヲ経テ帝国憲法ノ全体又ハ其ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要アリトスルトキハ之ヲ上奏シ勅旨ヲ承ケテ更ニ其ノ必要ノ有無ニ付帝国議会ノ議決ヲ求ム。蓋シ政府既ニ其ノ必要ヲ認ムルモ単ニ政府ノ判断ノミニ依リ断ズルコトヲ為サズ更ニ帝国議会ノ判断ヲ求ムルナリ。之ヲ憲法案第九十四条第二項ノ趣旨トス。他方ニ於テ帝国議会ハ敢テ前示政府ノ行動アルヲ待タズシテ進ンデ行動ニ出ヅルノ途ナカルベカラズ。即チ憲法案ニ依レバ議会ハ政府ガ帝国憲法改正ノ必要ノ有無ニ関シ調査ヲ為スコトヲ奏請スベシトスル決議ヲ為スコトヲ得。此ノ決議アリタル場合ニハ政府ハ議会ニ於テ之ニ関スル意見ヲ表明スベキモノトス。蓋シ憲法案第九十四条第一項ニ依リ議会ハ憲法ノ改正ノ必要ノ有無ニ付審査シ議決スルモ之ヲ為スハ政府ノ奏請ニ基ク勅旨ニ基クモノナレバ政府之ヲ奏請セザル場合ニ於テハ議会ハ政府ガ此ノ奏請ヲ為スベキコトノ決議ヲ為スヲ得トスルナリ。此ノ議会ノ決議アリタルトキハ政府ハ其ノ奏請ヲ為スヤ否ヤ及ビ其ノ他其ノ奏請ニ関スル事項ニ付政府ノ意見ヲ明ニ表示スベキモノトス。之ヲ憲法案第九十四条第三項ノ趣旨トス。
第九十五条 帝国議会帝国憲法ノ全体ノ改正ノ必要ヲ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行ヒ国民投票ノ結果其ノ改正ノ必要可決セラレタルトキハ政府ハ前条第一項ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続ヲ奏請ス
国民投票ヲ行フノ方法ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
(理由)前条ノ手続ヲ経テ帝国議会ニ於テ帝国憲法ノ改正ノ必要ノ有無ヲ審議シ其ノ必要アルコトヲ議決シタルトキハ手続ハ更ニ進マザルヲ得ズ。之ニ付テハ改正ノ必要ノ議決ガ帝国憲法ノ全体ニ関スルモノトシテ為サレタルカ又ハ其ノ一定ノ条項ニ関スルモノトシテ為サレタルカヲ区別ス。帝国議会ノ議決ガ憲法ノ全体ノ改正ニ付テ為サレタルモノナル場合ニ関スル条規ハ憲法案第九十五条ノ定ムル所ナリ。
帝国議会ニ於テ帝国憲法ノ全体ノ改正ノ必要ナルコトヲ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行フ。蓋シ憲法ヲ全体トシテ改正スルコトノ如キハ我ガ国一般国民ノ最重大国事トシテ関心ヲ有スル事項ナレバ直接ニ其ノ意思ノ如何ヲ見ントスルナリ。国民投票ハ従来我ガ国制度ニ於テ存セザルモノニシテ茲ニ新ニ之ヲ採用ス。但シ国民投票ノ方法ニ付テハ種々考フベキ事項アリ法律ヲ以テ之ヲ定ムトス。 国民投票ノ結果憲法ヲ全体トシテ改正スルノ必要可決セラ
レタルトキハ政府ハ憲法全体ノ改正ノ議案ヲ作リ憲法案第九十三条第一項ノ手続即チ勅命ヲ以テ右ノ憲法改正議案ノ帝国議会ノ議ニ付セラレンコトヲ奏請ス。其ノ以後ノ事ニ付テハ憲法案第九十三条ノ条規ニ依ル。現憲法第七十三条ト異ナルナシ。但シ政府右ノ憲法改正議案ヲ作ルニ当テハ前示特別審議機関ノ審議ヲ経ルヲ要ス。
第九十六条 帝国議会帝国憲法ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ヲ議決シタル場合ニ於テハ政府ハ勅旨ニ依リ第九十四条第一項ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続ヲ奏請ス
(理由)帝国議会ノ議決ガ憲法ノ一定ノ条項ノ改正ニ付テ為サレタルモノナル場合ニ関スル条規ハ憲法案第九十六条ノ定ムル所ナリ。
帝国議会ニ於テ帝国憲法ノ一定ノ条項ノ改正ノ必要ナルコトヲ議決シタル場合ニ於テハ政府ハ勅旨ニ依リ前示ノ特別審議機関ノ審議ヲ経テ改正ノ議案ヲ作リ第九十三条第一項ノ手続即チ勅命ヲ以テ右ノ憲法改正ノ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付セラレンコトヲ奏請ス。
第九十七条 帝国議会ニ於テ憲法議案ヲ可決シタル場合ニ於テハ政府ハ其ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス
帝国議会ニ於テ憲法議案ヲ修正シテ議決シタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ国民投票ヲ行ヒ国民投票ノ結果其ノ修正可決セラレタルトキハ政府ハ其ノ修正ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス
(理由)前数条ノ定ムル手続ヲ経タル後帝国議会ニ於テ憲法議案ノ可決ヲ見タル場合ニ於テハ政府ハ帝国議会ノ可決シタル議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請スベキモノトス蓋シ此ノ議案ハ政府帝国議会及ビ一般国民ノ三者ガ各自ノ立場ニ於テ帝国憲法ノ認ムル方法ニ依リ憲法ノ改正ノ事ニ参与シテ得タル結果ナルガ故ニ之ニ基キ帝国憲法ノ改正ヲ行フトハ帝国憲法ノ改正ナルコトニ付テ採ラルベキ慎重ノ手続ヲ尽シタルモノト云フベケレバナリ。是レ憲法案第九十七条第一項ノ趣旨トス。
帝国議会ガ憲法議案ヲ修正シテ議決スルコトハ憲法明ニ之ヲ定メザル限認メラレザルヲ法理トス。現憲法ハ之ヲ定メズ。故ニ現憲法ノ下ニ在テハ帝国議会ハ憲法議案ヲ修正シテ議決スルヲ得ザルナリ。然レドモ政治上ノ民意主義ヲ強度ニ実現セントスル今日ノ時代ニ於テハ帝国議会ニ依ル修正ヲ認ムルヲ妥当トス。憲法案第九十七条第二項ハ此ノ帝国議会ニ依ル修正ヲ認ムルコトヲ前提トス。タダ之ヲ同条項文言ノ上ニ現サズシテ其ノ裏面ニ示スナリ。右ノ帝国議会ニ依ル修正議決アリタル場合ニ於テハ勅旨ニ依リ之ヲ国民投票ニ問フ。蓋シ此ノ場合ニハ原案ノ如クニシテ憲法ヲ改正スルヲ可トスルカ又ハ修正案ノ如クニシテ改正スルヲ可トスルカニ付国家ノ上位諸機関慎重ニ審議スルモ其ノ間一致ヲ見ルニ至ラザルガ故ニ直接ニ一般国民ノ意思ヲ見テ之ヲ決ストスルナリ。国民投票ノ結果修正可決セラレタルトキハ政府ハ其ノ修正ノ議案ニ基キ憲法ノ改正ヲ奏請ス。之ヲ憲法案第九十七条第二項ノ趣旨トス。
右何レノ場合ニ於テモ帝国議会ニ依ル憲法改正ノ議決アリタルコトニ依リ又ハ政府ノ憲法改正ノ奏請アリタルコトニ依リ憲法ノ改正ヲ来スニ非ズ。天皇之ヲ裁可セラルルコトニ依リ憲法ノ改正ヲ来スモノトス。是レ当然ノ法理ニシテ特ニ之ヲ明言スルノ必要ヲ見ザルナリ。
第九十九条 帝国憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間其ノ全体ニ付及皇位継承ノ事項ニ付之ヲ改正スルコトヲ得ス
(理由)摂政ハ天皇ノ名ニ於テ天皇ニ代リ統治権ヲ行フモノナレバ其ノ統治行為ハ天皇ノ統治行為ト其ノ範囲ヲ一ニスルヲ本則トスベシ。故ニ摂政ノ性質ニ徴シテ摂政ヲ置クノ間憲法及ビ皇室典範ヲ絶対ニ変更スルヲ得ズトスルハ妥当ニ非ズ。加之社会事情ノ変遷ニ伴ヒ摂政ヲ置ク間ニ在テモ帝国憲法及ビ皇室典範ヲ改正スルノ必要生ズル場合ナシトセズ。此ノ場合ニ於テモ猶之ヲ改正スルノ途ナシトスルコトハ国家ノ発展ノ為適当ニ非ズ。然レバ現憲法第七十五条ガ摂政ヲ置クノ間帝国憲法及ビ皇室典範ノ改正ヲ絶対ニ許サズトスルノ主義ハ之ヲ廃止ス。然レドモ帝国憲法ノ全体ノ改正皇室典範ノ全体ノ改正皇位継承ノ事項ニ関スル改正ハ一時天皇ニ代リ統治権ヲ行フノ摂政ヲ置クノ間之ヲ行ハサルコトヲ以テ至当トスルナリ。
第百条 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス
歳出上政府ノ義務ニ依ル現在ノ契約又ハ命令ハ総テ第八十四条ノ例ニ依ル
(理由)憲法案第百条ハ実質上現憲法第七十六条ト全ク同ジ。タダ其ノ第二項ニ於テ現憲法第六十七条トアルヲ第八十四条トスルノミ。

附録

備考 改正憲法施行ノ為必要ナル法令要綱
(其ノ一)法律「憲法事項審議会法」要綱
第一 憲法事項審議会ハ帝国憲法ニ依リ其ノ権限ニ属セシメタル事項ヲ審議スルモノトス
第二 各議院ニ於ケル憲法事項審議会ノ委員及補充員ノ数ハ共ニ二十五人トス
第三 補充員補充ノ任ニ当ル場合ノ順位ヲ定メ置クヘシ
第四 憲法事項審議会ノ委員ハ会同シテ審議ヲ為スヘシ
第五 憲法事項審議会ハ審議規則ヲ設ケ審議ノ方法ヲ定ム
第六 国務大臣及ビ政府ノ指名スル官吏ハ職権ニ依リ又ハ憲法事項審議会ノ要求ニ依リ同会ニ出席シ説明ヲ為スモノトス
(其ノ二)法律「特議院法」要綱
第一 組織
左ノ議員ヲ以テ組織ス
一 皇族 皇族ノ青年男子ハ当然議員トシ任期ハ終身トス
二 華族 公侯伯子男爵ヲ有スル者ニシテ満三十歳(衆議院議員被選挙資格ニ於ケル制限年齢)ニ達シタル者ノ中ヨリヽヽ人(特議院議員総数ノ五分ノ一程度)ヲ互選シ其ノ選ニ当リ勅任セラレタルモノ。任期七年トス
三 推選セラレタル者 国家ニ勲労アリ又ハ学識経験アル満三十歳以上ノ男子ニシテ特議院議員推選会ノ推選ニ依リ勅任セラレタル者。任期七年トス
第二 特議院議員推選会
推選会ハ内閣総理大臣、枢密院議長、衆議院議長、特議院議長、衆議院議員四名、特議院議員四名ヲ以テ組織ス
第三 被推選者候補者
推選会ハ左ノ者ヲ被推選者候補者トシ之ニ就テ推選スヘキ者ヲ選挙ス
一 政府ヨリ申出テタル者
二 国民ヨリ申出テタル者 国民ハ文書ニ依リ二十人以上ノ連名ヲ以テ一人ノ被推選者ヲ申出ツルコトヲ得。此ノ場合ニハ候補者ノ経歴ヲ詳細ニ記載スルコトヲ要シ申出ツル者ノ氏名職業身分等ヲ明ニ記載スルコトヲ要ス
第四 推選手続
推選会ハ前項ニ依リ申出テラレタル者ノ中ヨリ特議院推選議員ノ闕員数ノ被推選者候補者ヲ選挙シ其ノ選ニ当リタル者ヲ議員候補者トシテ政府ニ申出ツ
第五 政府ハ前項ノ議員候補者ニ付特議院議員トシテ勅任セラルルコトヲ奏請ス
第六 以上ノ外必要ナル事項ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
(其ノ三)勅令「内閣総理大臣選任ノ手続ニ関スル件」要綱
第一 天皇内閣総理大臣ヲ選任スル場合ニハ枢密院議長衆議院議長及特議院議長ニ諮詢ス
第二 前項ノ諮詢ヲ受ケタル者ハ協議シ其ノ一致シタル所ヲ以テ意見ヲ上奏ス其ノ協議ニ際シ現任ノ内閣総理大臣ノ意見ヲ徴スヘシ
(其ノ四)法律「国民投票法」要綱
第一 国民投票ノ有権者
衆議院議員ノ選挙権ヲ有スル者ヲ以テ国民投票ノ有権者トス
第二 国民投票ヲ行フ場合
一 帝国憲法ニ於テ国民投票ヲ行フコトヲ定メタル場合
二 法律ニ於テ国民投票ヲ行フコトヲ定メタル場合
三 有権者総数ノ二十分ノ一以上ノ要求アリタル場合
第三 有効投票ノ過半数ヲ以テ決ス 憲法改正其ノ他法律ニ於テ特ニ定メタル場合ハ三分ノ二以上ノ多数ヲ要ス
第四 定足数
有権者ノ三分ノ二以上ノ者カ投票ニ加ハレル場合ニ非サレハ国民投票ハ無効トス
第五 投票ハ投票ニ付セラレタル事項ニ付単ニ可又ハ否トスルモノトス
従テ其ノ投票ニ問フ事項ハ之ニ対シテ単ニ可又ハ否トスルコトニ依リ答ヘラルル方法ヲ以テ示サルヘキモノトス
(其ノ五)議院法・請願令ノ改正
I 議院法第六十七条(各議院ハ憲法ヲ変更スルノ請願ヲ受クルコトヲ得ス)ヲ廃止ス
II 請願令第十一条第一項(左ニ掲クル事項ニ付テハ請願ヲ為スコトヲ得ス皇室典範及帝国憲法ノ変更)ヲ廃止ス
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