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第一部 学ぶ ~古典の継承~

わが国では中世まで、古典の学習は、師から弟子への伝授によって行われることが主流であった。語句や本文の解釈等は、こうした方法によって伝えられていった。『古今和歌集』『伊勢物語』『源氏物語』など、歌人の教養とされた古典は代表的な例である。その過程で「古今伝授」のような秘伝も生じた。また、儒教の経典などに関する学問は、博士家の世襲によって伝えられた。

古典が今日に伝えられたのは、古典学者をはじめとする人々の努力のおかげであり、写本や注釈書、講義の聞書は、その継承の過程で作成されたものが多い。しかし、中世までは、古典の継承はかなり狭い範囲にとどまっていたことは否めない。古典が一般に普及するようになるのは、近世に印刷により刊行されるようになって以後のことである。

第1部では、和漢の有名な古典を選び、その受容、継承のありさまを展示する。

伊勢物語・源氏物語 1

伊勢物語

『伊勢物語』は、歌人在原業平ありわらのなりひらと目される人物の一代記の形をとった平安時代前期の歌物語である。作者、成立年代は未詳で、次第に今日の形にまとめられていったとされる。歌人に必須の教養として重視され、注釈も作られるようになった。中世には、作者を業平本人と考えたり、内容を業平の生涯における事実とみて、事件や登場人物に特定の年月日や史上の人物を当てるなどの解釈が行われた。1に書き入れられた朱注はこの系統である。室町時代になると講義が盛んに行われ、その聞書が伝存する(3、4)。そして、従来の解釈はしだいに批判されるようになっていく。
本書は、『源氏物語』と並んで、謡曲をはじめとする後世の文学に大きな影響を与えた。江戸時代にも、業平は色好み、美男の典型として、文学、芸能、美術に盛んに登場する。

1 伊勢物語 いせものがたり

  • 〔近世初期〕写 1冊 24.9×19.0cm <WA16-29>

室町時代の歌人正徹(1381-1459)による写本の転写。書名は原表紙の書き題簽だいせんによる。本文の第3丁までと第4丁以下とは筆跡、紙質が異なり、第4丁以下には朱墨で注を書き入れる。巻末に「戸部尚書」すなわち藤原定家(1162-1241)の本奥書2種、祖父定家の真筆本を一字も違えず書写したとする冷泉為相れいぜいためすけ(1263-1328)の奥書があり、さらに「千松末葉正徹在判」とある。正徹の奥書がある『伊勢物語』写本は、かなり伝存している。展示本は清原家伝来。なお、藤原定家は『伊勢物語』を何回も書写しており、今日伝わる写本はほとんど定家本の系統である。

題簽
書物の書名、巻次などを記し、表紙に貼った紙片。筆で書いたものを「書き題簽」、印刷したものを「刷り題簽」という。
本奥書
書写の際に、元来あった奥書を写したもの。
奥書
書物の最後の部分または本文のあとに記された文章。著作、書写、校訂、相伝等に関する内容が多い。

2 伊勢物語 いせものがたり

  • 慶長13(1608)刊 2冊 27.1×19.4cm <WA7-238>

古活字版。嵯峨本。『伊勢物語』の最初期の刊本。嵯峨本は、本阿弥光悦ほんあみこうえつ角倉素庵すみのくらそあんが刊行に関与したといわれ、流麗な活字の書体、豪華な装訂により、美しい古典籍の代表格とされる。本書の嵯峨本は、慶長13年から15年にかけ数種刊行されており、展示本は、川瀬一馬氏の分類(『増補 古活字版之研究』)によれば、そのうち最初に刊行されたもの(第一種イ本)。具引きの色替り料紙を使用し、整版の挿絵(上25図、下24図)がある。巻末に古典学者中院通勝なかのいんみちかつ(1556-1610)の刊語(整版)があり、花押を自署している。

具引き
紙の面に胡粉を塗る手法。
整版
版木に文字や絵を逆に彫り、墨を塗り紙をあててバレンでこすり印刷したもの。活字版に対する。明治以前の版本のほとんどは、この方法で印刷された。

3 伊勢物語聞書 いせものがたりききがき

  • 3巻 宗祇講 肖柏聞書 慶長14(1609)刊 3冊 25.7×18.9cm <WA7-29>

古活字版。嵯峨本。『伊勢物語』の注釈書。書名は内題による。印刷の原題簽には「肖聞抄」とある。「伊勢物語肖聞抄しょうもんしょう」と呼ばれることが多い。連歌師宗祇そうぎ(1421-1502)の講義を弟子肖柏しょうはく(1443-1527)がまとめたもので、それまでの注に対しては批判的な態度をとっている。文明9年(1477)成立の初稿本のほかに、文明12年本、延徳3年(1491)本があり、嵯峨本は文明9年本に拠る。下冊末に、夢庵子(肖柏)の奥書に続いて校訂者中院通勝の刊語があり、通勝が「素然」と自署し、「自得」の墨印を捺している。

内題
書物の内部に記された書名。狭義では巻頭(本文の最初)にある書名(巻頭書名)をいう。外題に対する語。

4 惟清抄 いせいしょう

  • 三条西実隆講 清原宣賢聞書 〔室町時代末期〕写 1冊 27.6×22.5cm <WA16-50>

『伊勢物語』の注釈書。原表紙左上部に「帷情(ママ)抄」と直書き。装訂は綴葉装てっちょうそう(列帖装)清原宣賢のぶかた(1475-1550)の三条西実隆さんじょうにしさねたか(1455-1537)の奥書がある。それらによれば、宣賢が大永2年(1522)5月に行われた実隆の講義を聞いて筆記整理し、実隆本人にもただしてまとめたものである。古典学の権威実隆の説として尊重された。展示本には、実隆の奥書のあとに「孕石外記 尚□(花押)」の署名があり、書写者と思われるが経歴は未詳。ところどころに本文と同筆とみられる朱筆の書き入れがある。なお、本書の宣賢自筆本は、天理図書館に所蔵されている。

綴葉装(列帖装)
何枚か重ねた料紙を内側に二つ折りにしたものを何折か重ねて表紙をつけ、糸で綴じた装訂。平安時代以降の歌集、物語等の写本に多い。