3 和算の展開

関孝和(?-1708)以後の和算がたどった多様な姿を、家元制度と個別の和算家の業績を軸として紹介する。

家元制度に関係するものでは、初等的な入門者向けの冊子や、和算家たちが互いに切磋琢磨し、競争的な雰囲気を示す資料、そして彼らが成果を公表する手段として多用した算額を集めた一書を展示する。参考資料として、和算家の系譜を収めた一書も入れた。

当時著名であった和算家、中根彦循、村井中漸、有馬頼徸、会田安明らの資料もここでは紹介する。

さらに、江戸時代後半に顕著となった趣味としての和算の側面を知らせる資料、数学に関するエッセー、著者を少女に仮託した一書を提示し、最後に、江戸時代後半の和算が到達した数学的成果の事例を端的に示す書も展示する。

家元制度

1 方程両式
写 2冊 <140-212>

18世紀以降の関流の和算では、教授すべき内容が整理・体系化され、初等的な教科書類(写本)も整備された。そのような中の一点がこの『方程両式』である。

「方程」の語は古くは古代中国の『九章算術』に現れているもので、今の連立一次方程式のことである。和算では、『塵劫記』にもこのタイプの問題が収録されている。例題としてしばしば取り上げられるのは、3種類の品物(A、B、C)をそれぞれ違った個数集めて3通りのセットにして買う時、その総額を与えてA、B、Cの単価を求めさせるというものである。本書は、このタイプの例題を取り上げ、丁寧に解法まで示している。

2 算法評論
高山忠直編 写 1冊 <112-82>

本書は、和算家・久保寺氏の私塾で出題された問題と、その解答に評論を付けたものである。序文を執筆した高山忠直(1762-1835)と竹井定冨がそれぞれの問題にコメントを付けるという体裁になっている。それぞれの問題の出来・不出来をよい方から順に宮・商・角・徴・羽の五段階に分け、適宜評言を加えている。解答が「迂遠」(回りくどい)であったり、意味が通じないという厳しいコメントが数問に指摘されている。19世紀初頭の和算家たちの切磋琢磨の様子がうかがえる内容である。

3 数暦叢記
写 1冊 <146-90>

幕末の和算家(編者未詳)がまとめた雑録。

川田保則(1796-1882)、坂部広胖(1759-1824)、剣持章行(1790-1871)などによる草稿、論説が順不同に収められている。特に、和算家の間で交わされた設問・解答に対する批評の文言が多数収録されており、当時の和算家の競争意識、算数の問題に対する批判意識が垣間見られて興味深い。

4 社盟算譜 2巻
白石長忠編 池田貞一校 文政9(1826)序刊 2冊 <W385-N13>

著者の白石長忠(1795-1862)は江戸の人で関流の和算家。本書が代表的な編著書である。和算家たちが各地の寺社に掲げた算額を集成した本である。

算額は全国の和算家が18世紀以降、絵馬として仕立てた数学の問題をこぞって寺社に掲げたものである。流派を同じくする有志が何名かで掲額する場合が多く、寺社を訪れる不特定多数の観衆に彼らの数学をアピールすることができた。『社盟算譜』は白石門下の和算家が各地に掲げた算額の問題を収録している。それぞれの問題は難易度も様々であるが、相当難しい問題は後の世代の和算書にも紹介されているものが見受けられる。和算に特有の、算額を掲げる活動の実態を知らせる資料である。

5 数学叢説
戸川正淳著 写 1冊 <210-305>

幕末に筆記された和算・天文・蘭学に関する雑録。算術の簡単な公式に始まり、和算家の学統を記した「算家系図」が末尾に置かれている。その間には、幕末に西洋の数学を積極的に取り込んだ内田五観(1805-1882)の書簡の写し、液体の沸点について述べた蘭書の抄訳、内田の著作の序跋なども収録されている。特に内田の書簡写し(年不詳、戸川宛)は彼が西洋数学についてどのような見解を持っていたのか、その一端を示しており、和算史においても貴重な証言である。戸川宛の書簡が含まれていることから、展示本は戸川本人またはそれに近しい人物がまとめたものと予想される。

和算家たち

6 勘者御伽双紙
中根彦循著 平安 天王寺屋市郎兵衛 寛保3(1743)刊 3冊 <201-164>

著者の中根彦循(1701-1761)は京都の和算家・暦学者。中根元圭(1662-1733)の息子。本書は、体系化された和算書ではなく、随所に挿し絵を入れた、数学遊戯を主としてまとめた算書である。硬軟取り混ぜた題材を自在に展開している。

最後の方には、弧背術といった当時最も精力を注いで研究された分野の成果も紹介されている。本書に跋文を書いているのは葛西氏であるが、彼は中根の弟子で、本業は天王寺屋という本屋であった。天王寺屋はこの後、中根親子の著作をはじめ、関流の主な算法書の刊行を一手に引き受けていくことになる。

7 算法童子問 首1巻5巻
村井中漸著 平安 天王寺屋市郎兵衛 天明4(1784)刊 合1冊 <202-229>

著者は京都の和算家で、中根彦循の弟子。次項の著者、有馬頼徸の庇護を受けている。本書『算法童子問』は、随所に挿し絵を入れるなど、体裁は師の中根が刊行した『勘者御伽双紙』に類似している。ただし、『算法童子問』は、日常生活に必要な算術を詳細に収録すると共に、コンパスを用いた作図や、独自の測量術について解説を加えている。さらに、末尾には度量衡の全般的な解説も収録している。啓蒙的な算術書ではあるが、西洋から中国まで、題材を幅広く求めている一書である。

8 拾璣算法 5巻
有馬頼徸著 江都 須原茂平衛ほか 明和6(1769)刊 合3冊 <112-80>

本書の著者・有馬頼徸(1714-1783)は、久留米藩主。関流の和算家・藤田貞資(1734-1807)を召し抱え、自らも和算研究に勤しんだことで知られている。この『拾璣算法』は豊田氏の名前で刊行されているが、実際には有馬の編纂になるものである。

全5巻の内容は、当時の関流が蓄積した内容をほぼ網羅しており、18世紀後半の関流の姿を知らせる好資料となっている。これらの成果が公刊されたことにより、当時、関流の最先端の成果も流布することとなり、数多くの『拾璣算法』の解説書(写本)が多くの和算家によって手がけられることとなった。

9 方円奇巧
有馬頼徸著 写 2冊 <139-109>

著者有馬は久留米藩主 (前項を参照)。

本書は円と正多角形に関する算法をまとめたものである。一部、有馬を指導した山路主住(1704-1772)の手になる章も収録されている。各種の公式を紹介するとともに、具体的な数値解も紹介している。2冊目は「括術」と題される内容で、1冊目で得た結果を総合化したものである。18世紀中頃の関流の到達点を示す著作である。

展示本は、奥州水沢の藩校、立生館の旧蔵書である。

10 綴術
会田安明編 写 1冊 <112-72>

著者の会田安明(1747-1817)は、山形出身の和算家。江戸に出て藤田貞資の関流に入門しようとするが、些細な行き違いからそれが果たせず、会田は独自の流派である最上流を立ち上げ、以後、関流との間で著作の応酬を繰り広げる。

ここに紹介する『綴術』は、関流で一般的なアルゴリズムとして確立したそれではなく、会田による独自の計算技法をまとめたものである。

和算の広がり

11 五明算法 後集
家崎善之著 江都 大坂屋茂吉ほか 文政9(1826)刊 2冊 <184-70>

同じ著者による『五明算法』(前集)は、扇や団扇を題材とした図形問題を集めたことで有名である。ここで紹介をしているのはその続編である。扇に題材を限定せず、虫食い算立体図形の問題なども取り入れている。前集と同様に、問題設定の面白さを追求する姿勢が横溢している一品。上巻に問題を、下巻に解答を収録している。

12 算法紋尽
大我塾主人著 写 1冊 <104-325>

奥書によると、本書は天保3年(1832)にまとめられている。著者の「大我塾主人」がどのような人物であるかはわからない。

本書には家紋をモチーフとした算術の問題が収録されている。家紋の幾何学的要素を問題にしたもの、あるいは家紋に描かれている動植物を題材として出題されているものなど、遊び心をふんだんに盛り込んだ様々な問題が収録されている。和算の趣味的な要素を端的に体現している一冊である。この写本自体は、嘉永2年(1849)に倉持貞国なる人物によって筆写されている。

13 数学夜話 2巻
西村遠里著 京師 林伊兵衛ほか 宝暦11(1761)刊 1冊 <210-85>

著者の近藤遠里(1716-1787)は後に西村を名乗った。京都の暦学者。本書は、著者と客人の間で交わした数学に関する問答をまとめたという体裁のエッセー集である。日本と中国における算術の濫觴古代以来の度量衡天文学に関する総論的な話題、あるいは磁石の性質など、語られている内容は数学のみに限らず、一般的な自然学、経済的な問題にまで及んでいる。近世中期の和算・暦学に関わっていた人物が自らの学問的な営みについてどのような見解を持っていたのかを知る上で参考となる一書である。

14 算法少女
千葉桃三撰 平章子編 東都 山崎金兵衛 安永4(1775)刊 1冊 <わ419-1>

タイトルの奇抜さに、まず目がとまる和算書である。序文によると壺中隠者(千葉桃三)が娘(章子)に手ほどきした数学の内容を、章子自身がまとめたものが本書である。

自問自答を含めた雑問集である。所々に千葉のコメントも付されている。特に難問が載せられているというわけではなく、当時としては一般的・典型的な問題が多い。

この編者、壺中隠者が千葉姓を名乗っていたことは、後に和算家・会田安明が自著でその旨を述べていることにより判明する。千葉の生没年は不詳。本業は医師であった。『算法少女』の序文によれば、千葉は摂津から江戸に出ていたことがうかがえる。その生涯についてはほとんど何も知られていない。

江戸後期の到達点

15 算法求積通考 5巻
長谷川弘閲 内田久命編 江戸 岡田屋嘉七ほか 天保15(1844)刊 5冊 <124-39>

16 算法求積通考 5巻
長谷川弘閲 内田久命編 磻渓社 天保15(1844)刊 5冊 <W385-30>

幕末に数多くの和算書を刊行し、時代をリードしたのが、関流の中でも長谷川寛(1782-1838)・弘(1810-1887)の二代が営んだ長谷川塾であった。この塾には全国から多数の門人が集い、初等的な教科書から専門的な和算書まで幅広い出版啓蒙活動をも担っていた。

この『算法求積通考』はその中でも、専門的な和算書である。曲線で囲まれた平面図形、曲面で囲まれた立体図形各種の面積、体積を求める問題を中心に集録されている。現代の数学の用語で言えば、無限級数展開という一連の公式群を組み合わせて、非常に複雑な問題に取り組んでいる。本書は和算の到達点を示す労作である。

なお、1867年にパリで開催された万国博覧会 に、本書は日本からの展示品として出品されている。

異本2種を掲載した。

17 開式新法 2巻
川井久徳著 坂部広胖閲 江都 須原屋茂兵衛ほか 文化2(1805)刊 2冊 <231-159>

著者の川井久徳(1766-1835)は幕府の旗本で、和算家としては坂部広胖の弟子。(本書を校閲しているのが坂部である。)

本書は、和算家が「開方式」と呼んでいた方程式の解の個数について、当時の日本できわめて正確な知識を述べている。また、方程式の解を近似的に求める手法も本書で紹介している。そのような話題を上巻で展開した後、下巻では、具体的な例題を解いている。19世紀初頭の和算家による代数学的な知識を示す資料である。

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