解説
ジャーナリスト、新聞史研究家。幼名亀四郎。明治14(1881)年に上京し、明治20(1887)年『頓智協会雑誌』を創刊、その後『滑稽新聞』『大阪滑稽新聞』雑誌『此花』日刊誌『不二』など多くの新聞や雑誌を創刊、反官的風刺を行いたびたび筆禍を招く。関東大震災後は、明治の新聞、雑誌の保存の必要性に着目、著述に専念する傍ら吉野作造、尾佐竹猛、石井研堂らと明治文化研究会を組織。昭和2(1926)年東京帝大に設置された明治新聞雑誌文庫の主任となり資料収集と保存に尽力した。
関連資料
著作
『筆禍史』 宮武外骨 著 雅俗文庫
『文明開化 1 新聞篇』 宮武外骨 著 半狂堂