明治44(1911)年東京帝大哲学科卒。大正7(1918)年南満洲鉄道東亜経済調査局嘱託。8年満川亀太郎とともに国家主義団体猶存社を組織。行地社、神武会を主宰した。昭和6(1931)年「3月事件」、「10月事件」に参画。7年の五・一五事件では、資金提供等のかどで検挙。極東国際軍事裁判ではA級戦犯として起訴されたが、精神病を理由に免訴となる。晩年、コーラン全文を翻訳する等、イスラム研究でも知られる。