『海外出稼案内』 移民保護協会編 内外出版協会・文明堂 1902
第四章 移民会社依頼の手続
五 出稼人の最も注意すべき事
自分は特に移民会社を悪口する者ではない、併しながら人間に善人ばかりないと同じく移民会社によりてはヒドい会社もある、といふ事丈は忘れてはならぬ、特に此頃山口、広島熊本福岡静岡の布哇出稼人に就て一大紛擾が起つて居る、此処に何会社に関係せるといふ事丈は預つて置くが、京浜銀行は二三ヶ月前突然出稼渡航者の保証人に対し、或弁護士を以て九十円の貸金請求を初めた、其れは彼の見世金九十円の一時融通を名として、会社が出稼人が内地に居る時、保証人連帯にて借用証書を取つて置く慣例であるが、今度其の借用証書を種に貸金請求を遣つたので其の借用証書といふのは、斯うである
借用証書
一金九十円也
右の金員正に受取借用候に付ては左の各項堅く契約仕候事
第一条 本金員返済の義拙者明治何々年何月何日横浜解纜の汽船何々丸にて布哇へ渡航致候に付該地上陸次第直に貴行支店に持参し返済可致候事
第二条 万一布哇に上陸し能はざる塲合又は上陸後返金を怠りたる時は貴行の通知と同時に保証人連帯責任を帯び金額の金員貴行へ持参返済致候事
第三条 布哇に於て金員返済の際本証書引替に代ゆるに貴行布哇支店の受取証書を以てするも差支無之候事
第四条 本証書の債権は貴行の都合により他へ移転相成候事は保証人と共に承諾致候其塲合には貴行より右移転の御通知次第前記金員は其債権者方へ持参返済可致候事
右契約致候也
借用人 印
年 月 日 連帯保証人 印
株式会社京浜銀行殿
斯んな借用証書を移民会社に入れて置く、固より移民と移民会社との間に実際金額の
右の如き実例があつて見れば、移民会社に依頼する出稼人諸君は、余程見世金といふものに注意せねば、借りもせぬ金を返へさねばならぬ馬鹿な目に会ふのである出稼人が移民会社依頼の上に注意すべき第一は之である。
第二には出帆前
第三には、移民会社の事務員はわざと乗員満員を名として、一航海の遅延を申渡すことがある、之は移民の出帆を急ぐを機とし、移民より十円二十円の賄賂を貪らんとする手段に外ならぬのだ、移民は餘程此の手に罹らぬ様注意せねばならぬ。
第四には多くの移民会社では、男一人の出稼より夫婦揃ふての渡航を喜ぶ、夫婦相携へて海外に出づるのは、其者の品行の上にも、貯金の上にも
第五には布哇に着いた上の覚悟である、其れは職業の上で布哇ホノルルにはヌアヌ街に日本人教会あり、ホテル街スミス街角に日本人労働取扱小沢事務所あり、フオート街キング街角に労働者周旋横尾事務所あり、何れも日本人と見れば相応の親切を以て労働の口を周旋して呉れるから、餘り深く職業の口について移民会社を信頼せぬが良からう、時に
兎に角移民会社といふ者は、布哇渡航迄の便宜を謀つて呉れる処だ位に考へて居たらば、大に失望することは有るまい。