「帝国経済会議ニ於ケル移植民ノ保護奨励方策ニ関スル諮詢並答申」 〔帝国経済会議〕 〔1924〕
帝国経済会議に於ける
移植民の保護奨励方策に関する諮詢並答申
帝国経済会議諮詢
一、移植民の保護奨励方策に関する件
移植民を保護奨励するは天然資源と人口との配分を適当にし、各種社会問題の解決上緊要のことたるを以て、政府は大正十年度以来国内外に対する奨励保護に着手したりと雖も、我国現下の状勢に鑑みるときは、人口問題、失業問題其の他農村問題等の解決上、此際移植民に関する根本方策を樹立するの特に必要なるを認む。
仍て其の会議の意見を問ふ。
大正十三年五月二十六日
社会部拓殖部聯合部議長
添 田 寿 一
帝国経済会議議長子爵清浦奎吾殿
諮詢第八号移植民の保護奨励の方策如何に関し、当聯合部に於て別紙の通議決致候。
尚右諮詢に関する当聯合部特別委員会に於て議決したる附帯決議、参考として添付候也。
此段及報告候也。
追て本件は緊急の事項に付、至急総会に附議せられ度、此段申添候。
年 月 日
帝国経済会議議長
内閣総理大臣宛
諮詢第八号移植民の保護奨励の方策如何に付、慎重審議を遂け別紙の通決議致候此段及答申候也。
追て右諮詢に関し社会部拓殖部聯合部特別委員会に於て議決したる附帯決議、参考として添付候也。
諮詢第八号移植民の保護奨励の方策如何に対する答申
本邦の国土狭隘にして物資に匱しきに拘らず、人口は頗る過剰なるを以て政治、経済、社会の各方面より観察して、移植民の問題が刻下最重要にして且速に根本的解決を要するものたるや論なし。然るに今日迄此の最大問題が比較的等閑に附せられたるの観ありしは頗る遺憾なりと謂はざる可からず。
由来、我国朝野の努力は固より必要に迫られたるに依ると雖、主ら国威発揚の方面に傾倒せられて慎重なる経済上社会上の省察を欠きたるの嫌あり。満蒙支那等に投ぜられたる資材既に幾億なるを知らずと雖、彼我の経済的発展及邦人移植の為に齎したる所極めて少く、北米布哇等の移民は其の方策に深慮を欠きたるが為に、遂に今日の形勢を馴致するに至り、又北海道の拓殖は今猶遅々として振はざるを見るは、其遺憾とする所なり。
移植民保護奨励のことたる、内は即ち諸般の有效なる施設を確立して残存可耕の地に人口を移植すべく、外は即ち未開の国土を索めて之に労力と資本とを提供し、共存共栄の大義に拠りて邦人移植の大策を樹つべきなり。
本会議に於ては問題を国の内外に依りて二箇に分ち、之を各別に調査審議したる結果、国内移植民に関しては北海道は他に比較して移住に適するを認むるに至りたるを以て、攻究の範囲を北海道のみに限定し、其の方策を別紙甲号の通、審議決定し、海外移植民に関しては別紙乙号の通、其の急とするの方策を審議決定せり。
(甲号)
省略
(乙号)
海外移植民の保護奨励に関する方策
海外移植民の事たる其の関聯する所極めて広汎なるを以て、之が奨励の方策亦自ら多岐に亘るべきは言を俟たずと雖、其の最重要にして総ての施設の基礎として急速実施を要するものは植民、投資、金融等を目的とする会社の設立なりとす。
広大なる土地と豊富なる富源とを有するに拘らず、労力と資本との匱しきか為、未だ之を開発するに至らざる国土尠しとせず。之に対して其の欠如する両者を提供するは啻に我国人口問題解決の一方途たり。兼ねて又海外に対する経済的発展の一方策たるのみならず、更に併せて世界経済に貢献する所以なるは論なし。且夫れ真個に移植民の発達を期せむとせば単に労働者として邦人を海外に送るに止まらず、必ず資本の之に伴ふありて、一は以て移植民其の者の為に便益を計り、他は以て移住国の為に資する所なかる可からず。
従来我国は移植民のことに関し深く思を茲に致さざりしが故に、移住者は堅実なる発展を異邦に試みるの途なきに苦しめるのみならず、移住国をして其の国富を他国に奪はるるが如きの謬見を懐かしむるに至れり。斯る弊を脱せむには労資必ず相伴ふを要す。而して之が為には民設会社を保護奨励して、
一 植 民
二 投 資
三 金 融
四 産業施設
五 公益施設
等の事業を経営せしむるを以て、最機宜に適するの方途と為すべく、政府は植民の基礎事業たる土地に関する施設及公益施設等の為、相当額の低利資金を之に供給し、又若干期間相当の補助を与ふる等、充分なる援助を与へ、以て移植民事業の基礎を樹つるの極めて肝要なるを認む。
右の外移植民の保護奨励に関し必要なる事項、一にして足らず。更に審議の上答申する所あるべしと雖、今其の最緊要と認むるものを挙ぐれば左の如し。
一 教育上重きを海外思想の啓発涵養に置き、又移植民に関する宣伝及募集に関し適当なる方法を講ずべし。
二 海外移住を困難ならしむる一大原因は、移住に関する費用調達の困難に在るを以て、政府は移住者の負担を軽減する為、之に対して相当の補助を為すべし。
三 移民ホームの設置其の他海外移住者の訓育及出発到着等の取扱に関する施設の改良を為すべし。
四 政府は移民輸送船の設備の改善、速力の増進及航路の整理を計る為、適当の措置を講ずべし。
五 移民国と移住国との諒解親善は最必要とする所なるを以て、政府は移住国の国情及民論を察知して外交上一層機宜の措置を講ずべし。
六 移植民保護奨励の実を挙ぐる為、現行移民法規に適当なる改正を加ふべし。
七 海外移住者に対しては簡易なる手続に依り広く徴兵猶予又は徴兵免除の特典を附与すべし。
八 海外移住者は移住国に永住して其の国に同化し善良なる国民となるべきこと当然なるを以て、政府は二重国籍の問題を解決し又成るべく移住者をして帰化せしむるの方針を採る等適等[ママ]の方法を講ずべし。
九 海外移住に関する行政機関を整備し其事務の敏活適正を計り実效を挙げむことを期すべし。尚之が為には移植民の計画、拓殖、金融等移民に関する主要事項を審議する為、学識経験ある者を選び移民委員会を設くるを可とす。
諮詢第八号移植民の保護奨励の方策如何に関し社会部拓殖部聯合部特別委員会に於て議決したる附帯決議
甲 拓殖会社設立に関する件
拓殖会社は差当りブラジルに対する移植民及投資を目的として次の方法に依り之を設立するを適当なりと認む。
第一 会社の業務種類
(一)植民事業
(二)投資 移植民事業の根柢ある発達は、移住国に対する本国の投資と相俟つものなるが故に、拓殖事業と密接の関聯を有する既設、新設の諸工業、鉱山業、林業、鉄道業其の他に対して適宜に資本を投じ、且会社以外の邦人企業家の為に各種の便宜を提供して其の投資を誘致するに努むべし。
(三)産業施設 倉庫業、生産品加工業等を起し、移住者の生産品を最有效に処理し、其の努力をして徒労に帰するが如きことなからしめむが為、充分なる設備を施すことを要す。
(四)金融施設 金融機関の欠如が移住者をして有利なる機会を失はしめ、之が為に発展の順路を阻止せらるること多きは、移植民事情を知る者の斉しく認むる所なり。而も之が為には最移住地の状態に精通し移住者の信用状態を知悉して適切機敏に其の任に当るを必要とするを以て、会社自ら金融事業を兼営すべし。
(五)公益施設 従来の移植民事業に於て最欠くる所は公益施設の点に在り。是れ往々にして移民は棄民なりと云ふか如き批難の生ずる所以なりとす。仍て会社は産業研究所を設けて農業、鉱業、林業等に関する研究を為し一般移住者及企業家の指導助言の任に当り、又学校を設けて子弟の為に教育機関を与へ、其の他病院及娯楽機関等を設立して異域に勤労する国民を慰安救護するの方法を講ずべし。
第二 会社の組織
会社に対する政府の監督関係は極めて必要なる限度に局限せらるるを要す。随つて会社の重役は株主会議に依りて選任せらるべきものなるは論なし。若之を半官半民の会社となし幹部を官選とするが如きことあらむか、政府の更迭乃至政党勢力の消長に伴ひて会社は其の経営上常に深甚なる影響を蒙むることを免れず。故に本会社の場合に於ては其の主脳者をして其の経綸を制肘せらるるなく、其の地位の動揺不安を感ぜしむるなく充分に其の手腕を発揮せしめ自由に経営の任に当らしむること、夫の英国植民会社に於けるが如くならさる可からず。殊にブラジルに於ける拓殖事業の如き、常に能く其の国情に通じ敏活機宜に適するの措置を執り得るに非ずむば断じて成功を期し難し。是れ他の干渉を受くることなく且完全に統一せられたる幹部が経営の任に当るを最必要とする所以なりとす。
次に会社は必要に応じ拓殖事業及之に関聯する各種産業の実際に当らしむる為、子会社を設立し有力なるブラジル人をも其の株主に加へ、以て両国協力の途を拓くことを要す。是れ我国の労資をブラジルに投ずるに当り其の事業進展の上に幾多の便宜を得るのみならず、該国民の無用なる誤解を避くるが為にも極めて有效なる方法なり。但し子会社株武[ママ]の少くとも半数は会社に於て之を所有す。
最後に会社業務の中枢機関は業務遂行の敏活を期するの趣旨に依り、之をブラジル国に設置するを可とす。
第三 資金、政府援助の方法及程度
会社の資本を少くとも三千万円とす。但し此の民間出資のみを以てしては、会社業務の広汎なるに対して固より貧弱なるを免れず。而も此の種の事業たる少くも十年の歳月を閲するに非ずむば其の利を収むること難きが故に、其の必要とする資金を悉く民間に求むるが如きは、之を我国現時の財界に鑑みて到底不可能なること言を俟たず。故に政府は少くとも三千万円の低利資金を五箇年内に会社に融通すべく、其の償還方法は年賦に依り出来得る限り据置期間及償還期間を長くすることを要す。又政府は会社創立後少くとも十箇年間会社払込資金に対し年八朱に相当する補助金を下附すべく、尚本会社に対しては商法規定の例外として株式払込額五倍以上の社債を募ることを認め、且政府に於て元利の支払を保証することを要す。
乙 ブラジル国に於ける排日的傾向を防止し併せて彼我の親善を講ずるの件
ブラジル国に於ける排日的傾向を未然に防止するの方法を講ずることは、蓋最緊要なることに属す。
既に前年同国議会に東洋人入国比率に関する法案の提出せられたるあり。幸に該案は否決せられたりと雖、東洋民族に対する同国人の排他的傾向は細心の注意を以て之を萌芽の内に剪除することに努めざる可からず。若し夫れ今日に於て之に努むる所なくむば、将来或は噬臍《ぜいせい》の悔を招くの日あらむ。茲を以て例へば、
一 新聞社及通信社等言論界と聯絡を保つこと。
二 彼国に我文化事業を施設すること。
例へは整備せる病院を設けて我同胞に安心と援助とを与ふると共に、彼国の文化の進展に資する等彼我利益の一致に努むべし。
三 彼国の宗教関係に一層注意を払ふこと。
蓋移住国の宗教を尊重することは移住に伴ふ彼我の人種的偏見を緩和する上に於て頗る緊急なり等、凡そ彼我国民の間に横はれる総ての偏見を打破し両者の親善を計る為、更に積極的方法を講ずるを必要とすべし。