諭告
帝国臣民
聞く所に拠れば近頃本邦人中アマゾナス、パラー、アクレ諸州に於ける護謨採取地方に赴くものありと云ふ[。]盖は勧誘者の甘言と給料の高きとに眩惑され根本的利益を忘れたる所為なりとす[。]
公報に拠るに右護謨林地方にては瘧熱、黄熱、悪質脚気病、皮膚病其他種種の悪疫多く[、]他の地方より出稼する者は普通百人中七十五人は死亡する例なり[。]殊に護謨液燻蒸は頗ぶる不健康にして屡々失明する虞あり[。]故に護謨採取及燻蒸は黒人及土人の外か他の人種の為し能はざることとなり居れり[。]
嘗てマデイラ、マモレー地方に赴きし独逸移民六百余名中三百余名死亡したれば独逸政府は自後同地方へ渡航するを禁止したる実例もあり[。]加之物価の高値なること実に想像も及ばず護謨林地方の食料品及被服類は、マナオス市の価格より十倍乃至二十倍高しと云ふ、故に譬へ一日に十四五「ミル」の高き給料を受くるも収支相不償のみならず却て負債層み永年雇主より束縛を受け不利益なる地位に居る者甚だ多しと云ふ、
護謨林地方は概して政令行はれず生命財産頗ぶる不安全なるは明白なる事実に付き本邦人が右地方に入込み不識の災害を被るも我公使館及ひ領事館は之を救護する方法なく[、]殊に同地方は世界中最も不便なる所にして[、]リオ市より三四ヶ月を費さざれば到達するを得ざるに付[、]仮令救護の能ふとするも到底急速の間に合はず[、]結局本邦人は恨を呑んで之を忍ぶの外なき次第となるべし[。]
故に帝国臣民は斯かる地方に赴くことを断念しサン、パウロ州に定住し渡航当初の目的たる農業に励み漸次独立自営の永久策を立つることを努むべし[。]
明治四拾四年七月廿七日
日本帝国公使館
日本帝国総領事館
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