講義資料 「盲ろう者として大学での経験と図書館に期待すること」   筑波技術大学   障害者高等教育研究支援センター技術補佐員   森敦史 1.プロフィール (1)障害の状況 ・先天性(生まれつき)盲ろう者。障害の状況は以下の通り。  視覚障害:明るさがわかる程度⇒点字使用。  聴覚障害:補聴器装用にて、大きな声や音はわかるが、声の判別や発話はできない。 ※盲ろう者とは視覚障害と聴覚障害の両方を併せ有する人のことを言う。盲ろう者と言っても、障害の程度(見え方・聞こえ方)や発症時期は様々である。 (2)コミュニケーション方法 ・触手話(メイン)・指点字・文字チャット・50音ボードetc. ※盲ろう者によってコミュニケーション方法は異なる。 (3)日常生活での主な使用機器(読書に関係なく) ・ブレイルセンス:メールやニュースの閲覧、テキストデータの閲覧等に利用 ・点字ディスプレイ+ノートパソコン:インターネット閲覧、文字チャット、パソコン通訳、テキストデータまたはWordを用いた文書作成等 (4)所属・勤務状況 ・筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター技術補佐員:教員が行っている研究の補佐。 ・筑波技術大学大学戦略課総務係事務補佐員:広報全般を担当。 ・その他盲ろうに関する研究・講演の協力等 (5)略歴 ・岐阜県出身(1991年生まれ) ・難聴幼児通園施設(3歳~)→言葉(手話やサイン)を学び始める。 ・ろう学校(小1~小4)→手話を中心に学ぶ。 ・盲学校(視覚特別支援学校)(小5~)→点字(日本語)の読み書きを中心に学ぶ。 ・一般の大学(東京都)の社会福祉学科に入学(2011年) ・筑波技術大学大学院技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻入学(2017年~) ・筑波技術大学就職(2020年~) 2.盲ろう者にとって必要なこととICTへの影響 (1)盲ろう者にとって必要なこと ・盲ろう者にとって、下記のような困難があり、これらを克服するためには、それに対応した配慮(支援)が必要となる。 ※困難なことと必要な支援(配慮)の順に記載する。 ①情報入手の困難:状況説明・通訳・情報提供 ②コミュニケーションの困難:盲ろう者のニーズに会わせたコミュニケーション方法の工夫(触手話・弱視手話・文字の拡大等) ③移動の困難:移動介助・位置情報の提供 (2)ICTを活用した支援等の可能性 ・ICTの普及により、以下のようなソフトウェア等を用いることで、上記(1)に対する支援等の拡大を可能としている。 ①情報入手の手段として:電子図書やインターネットの利用、メールによる遠隔での情報提供(メールマガジンを含む)等 ②コミュニケーションの手段として:点字ディスプレイ等の活用によるチャットやメールでのコミュニケーション手段の拡大 ③移動における活用:インターネット上の時刻表(乗り換え案内を含む)や位置情報のアプリ等の活用による場所の把握 (3)先天性盲ろう児・者が読書に到るために必要なこと ・先天性盲ろう児・者の場合は、上記の支援に加えて、教育等においても、以下のように周囲の人たちによる支援(配慮)が不可欠となる。 ①経験(触る、体験する、確かめる)をできるだけ多く取り入れること ②コミュニケーションの機会を確保すること ③本人の過去の経験や知識と関連づけること (4)周囲の取り組みによる成果(自身の経験から) ・周囲の人たちによって上記の支援や配慮が行われたことで、読書における成果が得られるようになった。  (成果1)空想の物語等のファンタジーを理解できるようになり、中学生段階で読書を楽しめるようになった。  (成果2)小学生高学年からメールやインターネット等の活用を駆使する等したことで、日本語や概念への理解力が向上し、高等教育を修了することができた。  (成果3)世の中にたくさんの情報が存在することを知るようになったことで、自ら情報を取りに行くようになった。 ※参考文献 修士論文「先天性盲ろう青年におけるICT活用と活用に向けた支援の可能性」 3.大学での経験(テキストデータ利用について) ・修士論文に中学時代の自分の経験として(インターネットは)「自分にとっての図書館や本屋さんだった」と記載しているが、インターネットにかかわらず、点字の知識や点訳の手間がなくても情報提供を可能としたのがテキストデータの存在である。すなわち、テキストデータを含む電子図書の普及は、盲ろう者にとって情報入手の拡大に影響を及ぼしたといえよう。 (1)主な活用例(大学・大学院時代を中心に) ・大学・大学院時代には、主に以下の場面でテキストデータを利用。 ※以下、図書館のサービスとは、大学の図書館が視覚障害者向けに行っているテキストデータ化のサービスである。 ①授業の配布資料のテキストデータ化(図書館のサービスの利用、担当教員へテキストデータの提供依頼等) ②教科書のテキストデータ化(図書館のサービス利用、担当教員より出版社に依頼等) ③論文等の参考文献のテキストデータ化(アルバイトで支援者に依頼、インターネットからのダウンロード、図書館のサービス利用、担当教員に相談、執筆者への提供依頼等) ※以下、厳密には「読書」とはならないが、テキストデータとして利用している主な支援内容である。 ④パソコンテイク(授業の内容をテキストデータにて記録) ⑤PC文字通訳の利用(点字に対応した文字通訳の利用。必要に応じてログをテキストデータとして保存) ⑥文書作成(主にテキストデータにて作成) ⑦テキストデータを用いた情報提供(メール添付による情報提供) ⑧音声データまたは映像データの文字起こし ※参考:主に触手話通訳を利用している際に、触手話通訳とは別に④のパソコンテイクを利用。文字通訳利用時は、ログの保存にて対応。 (2)テキストデータを利用する主な理由 ・テキストデータを利用している主な理由(または利点だと感じている点)は以下の通りである。 ①点字の知識がない人にもテキストデータ化の依頼がしやすいこと ②PDF等からの変換が容易であること(レイアウトの調整のみ支援者に依頼することも可能) ③漢字等の確認がしやすいこと(論文等の文書作成時に正確に引用することが可能) ④盲ろう者の場合音声データは利用できないものの、点字や拡大文字が読めればテキストデータの利用が可能であること ⑤健常者との情報共有がしやすいこと(漢字の確認、意味がわからない部分の確認等) ⑥ペーパーレス化が可能であること(持ち運びがしやすいこと) 4.図書館に期待すること ・音声データが利用できない盲ろう者にとっては、電子データは情報入手に不可欠な存在であると考える。 ・様々なファイル形式がある中、テキストデータは、スクリーンリーダー(点字読み上げソフト)とキーボードを利用した操作がスムーズであり、また漢字の確認が素早くできるという点で、利用しやすいファイル形式であると感じている。 ・一方で、著作権等の関係で電子図書の入手が困難な場合が多いこと、また表等が含まれたPDFからの変換が難しいこと等が課題となっている。 ・今後、テキストデータ等の電子図書の入手がしやすくなることを期待する。