御殿山 (ごてんやま)
- 現住所
- 品川区北品川
- 解説
- 南北にのびる品川宿の中央、目黒川の北に広がる丘陵。長禄(1457-1460)期には大田道灌の屋敷があった。寛永(1624-1644)の頃、この地に御殿が建てられたことが名前の由来。使用目的は、「将軍の狩猟の休息所」、「西国大名の参勤送迎」など諸説ある。寛文(1661-1673)の頃から吉野の桜が植えられ、桜の名所となったが、御殿は元禄15(1702)年2月の大火で焼失し、そのまま再建されなかった。幕末、御殿山は品川台場建設のために一部を削られ、また、文久2(1862)年には高杉晋作、久坂玄瑞、井上馨らにより、新築中の英国公使館が焼き打ちされ、全焼となる「御殿山焼き打ち事件」があった。
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