技術者、発明家。べっこう細工師の長男に生まれ、若年から発明考案の才能を発揮し、「からくり儀右衛門」と呼ばれる。京都の土御門家で天文学を、広瀬元恭の元で蘭学を学び、嘉永4(1851)年には精密機械の万年自鳴鐘(万年時計)を完成。佐賀藩の精錬方に招聘された後、大砲製造や日本最初の機関車模型の製作を行った。明治6(1873)年に上京、8年に銀座に開設した機械工場は、工部省の要請を受け電信機などの製造修理を行い、東芝の源流の一つとなった。