内山岩太郎総領事談話(邦字紙記事)

Declaração do cônsul geral do Japão no Brasil, Iwatarō Uchiyama (artigo publicado em jornal de língua japonesa)

Statement by Consul General of Japan in Brazil, Iwataro Uchiyama

二分制限法成立に際して公表された内山岩太郎在サンパウロ総領事の声明。在留邦人(移民)に対して、排日論の根拠を説明し、とるべき態度を示したもの。

排日の時局に直面し
 在留同胞に告ぐ

内山総領事発表

『伯剌西爾時報』昭和9年5月19日

 前号所報の如く、排日の時局に直面しわが在留同胞今後の方途に関して、リオ大使館に於いて協議を練つた結果、十七日の如く発表した

 日本移民の伯国に於けるや随分評判が善いのに不拘[、]本年初頭から「リオ」の憲法審議会を廻り娘の嫁入り先に起る様に、姑や小姑相集り遂に排日問題を相当深刻に展開し一般同胞に対し痛切に危惧と不安の感を懐かしむるに至つた事は誠に遺憾の至りである

 併乍在伯同胞今日迄の発展状況及伯国の国状に照し将来如何様な事が起る共北米に於て我同胞が置かれた如き逆境に諸君が置かれる様なことは断じてあり得ないこと丈は諸君の安心の為に断つて置き度いと思ふ、而して其安心をして益々鞏固なる基礎の上に置かんが為には左に記する処を熟読玩味して頂き度い

 遠い田舎で新聞も読めず排日が何かも訳らず[、]只心配丈して居ると云ふ様な人の為[、]私は順序として今回の排日とは何かと云ふ事から申上やう、人間は兄弟でも喧嘩するして遠い国から言葉も訳らず習慣も異なる他人の間に入つて来た日本人である、如何に善良だ勤勉だと好い評判を得たとして何かの場合に喧嘩を売られぬとは限らない[、]諸君の先輩は世界の多くの国で余り歓迎されて居なかつた、此の伯国でも一度ならず厭味位は言はれたことがあるのである

 今度の如きも決して藪から棒の出来事ではない、云ふ方から見れば随分前から用意して居たのである[、]それが憲法審議会と云ふ好機会に於て大多数の議員が日本移民が何も知らないのに乗じて猛威を揮ひ大方の議員を煙に捲き日本移民と云ふものは何とか制限せねばならぬものだと言ふことに迄持つて行かんとして居るのである

 然らば排日議員は如何なる理由を設けて日本人を排斥せんとするか

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 排日の巨頭として自他共に許す「ミゲール・コート」博士は曰く、「余は人種的偏見を有せず」と、而して排日家に限つて「余は人種的偏見を有せず」と前提する奇現象がある、併乍吾人は今度表面上重大化した排日問題の根底に人種問題なるものがある事は争はれぬと思ふ、日本人が顔の形を急に取替へ得ぬとすれば此の点に就いて議論しても水掛論である[、]

 然し彼等が一様に「余は人種的偏見を有せず」と冒頭に言はなければならぬものにはそれ丈の理由がある、伯国に於て今更白人だとか黒人だとか言つて見ても致方がない、日本は世界に向つて人種平等の大幟たいしかざして居る茫漠たる原野を持つ伯国は自由を建国の精神として健全なる世界人類を抱擁してのみ世界の大を為すものである、而して心ある伯国の為政家は充分此の点を承知して居る、従つて伯国の排日家が揃つて「余は人種偏見を有せず」と云はねばならぬ理由も明となり自然我々は此の点に就いても敢へて悲観するに及ばぬと思ふ

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 次に我々の痛切に感ずることは現代世界に溢るる国粋思想である、それが此の伯国にも影響することは当然である殊に革命時代に於て此の思想は盛なるものである[、]従つて新憲法をめぐつて教育、経済、政治に総ての方面に此の思想の旺盛さが眼に付くのである[、]「ナシオナリズム」の鼓吹は其の反面に排他的の気分がある、先住民族が後来民族に対し自己を主張し本家の主人が新米の嫁御に対し家憲を振廻はすのも亦止むを得ざることである

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 近年伯国に来る外国移民がめつきり減じ日本移民のみが断然頭を抜いて来たことは何人にも目に付く他国の先輩移民が何となく自分の株を奪はれたる感を懐き何かと云つて見たくなるのも人情である、日本人が健康な身体と相当な教養を身につけて伯国に入り刻苦勉励身命を賭する大奮闘に依つて比較的短期間に或る程度の物質的成功を遂げる場合多くの傍観者は其の苦心を想像する前に先づ其の成功に一驚し羨望を感ずる事も無理はない[、]

 殊に悠長なる伯国人は此の顕著なる進歩の跡を自己に引較べて何となく恐怖を感じ[、]或る者はその進歩を呪ふこともあり得るのである、排日論者が此の地球の両端にある遠い伯国に於て頻と日本の帝国主義を論難攻撃するのも此の点を揃へた戦法と云へやう

 今度のはい日論の中で一番花を咲かせたものは何と云つても日本人の不同化論である、或る者は日本人は黄石の如く全然他の要素と混交せぬものだと断定して居る、日本人ははい他的であるとか、伯国人とは結婚しないとか、集団するとか、欧米人と異つた文字を使ふとか、言葉が異ふ、やうすが変だ[、]笑方が妙だと、何から何まで取上げて日本人の不同化性を強調して居る、而して茲に同化とは勿論彼等を標準として彼等が見而して聞いて何の奇怪さを感ぜざらんことを要求して居るのである

 何千年の歴史と国民としての大なる「プライド」を持つ日本人に対し伯国に着く早々から此の地の人々と異つた所があるからとて一々批評されても急に注文に応ぜられぬのは当然である、先づ吾人の知り度いことは同化とは一体何か、何に同化すれば善いのか而して其の同化なる結果が日本移民個人の為めに又将来の為めに利益であるか否かも考へねばならぬ、又今度現はれた不同化論の中に北米の特産物的論法が盛に引用され伯国の実際と余程縁の遠い空論や癖論が平気で流通したことは遺憾である、

 以上の如くはい日論の根拠は一概に列挙し得ない、科学的に根拠を探す者もあれば個人は感情に走る者も絶無ではない、乍然要之伯国に於てはい日論の存在とはい日運動の存在に就いては何人も疑ふことが出来ない事態となつた、然らば此の問題に直面して在伯同胞は今後如何に善処すべきかの問題が起るのである、即ち彼等の主張し要求する処には随分無理、虚構空論もあるが又同胞として大に反省せねばならぬものもあるのである、因て私は次に掲ぐる数項に就いて特に諸君の考量を求め度いと思ふ

伯国第一主義
 わかり易く伯国第一主義と云ふ、日本移植民は伯国に移住したる以上結婚したる娘と同様で余り実家の事計り考へて居ては善良なる嫁にはなれぬ、着物も食事も伯国人に倣ふべし、言葉もブラジル語を覚ゆべし、簡単に云へば何でも伯国第一と心得べしである、

 私は昨年日本移民渡伯廿五周年祭の祝辞として「在伯同胞よ永住の言葉を今後に対する行動の基調とせよ、教育に宗教に衛生に総ての問題は此の言葉に従ふ時容易に解決の法が付くであらう」と述べた、日本の法律は諸君の此の永住を容易にする為め態々改正されてゐる、諸君の家庭に於ける出生も結婚も必ず先づ伯国官憲に届けられよ、而して将来立派なる日系伯人となるの基礎を鞏固にせられよ

 以上伯国第一主義を強調する結果之を極端に解して日本の事は一向構はぬ、其の利益に正面から反対してもよい、言語の如き日本語を学ぶ必要は絶対にないと考へる人もないではあるまいが個人の家庭でも善い娘は嫁に行つてからでも生みの親の恩は忘れず実家と嫁入先の両家の親睦を以つて真の幸福として居るのである、

 物事は万事に極端に行く必要はない、伯国第一主義は常に日本第二主義を意味するのである、従つて日本語教育の如きも伯国国法の許す範囲に於て当然行はれて差支無きものあり又事情が許すならばブラジル語の上に日本語を覚へさせて置く事は何かと便利のあるものである

協和主義
 日本移民の伯国に於けるそれは決して被征服者でない、伯国の国法に依る被統治者ではあるが決して圧迫せられたる少数民族であつてはならない、諸君は葡萄牙、伊太利移民等よりも後着の移植民であるが将来彼等と共に善良なる伯国の市民となるべき要素である、而して此等先着者、先住者と常に善隣の関係に於て向上発展を計らんとすれば是非協和主義を持たねばならぬ、非協和主義は結局無駄な競争を惹起し嫉視反目、排他、排撃を招く外得る所なく、将来の大を為す所以ではない、卑屈ならざる協和主義、横暴ならざる協和主義こそ後来移植民が此の伯国に於て善く将来の大を為し得る所以である

伯国を基調とする国家的産業主義
 在伯邦人の活動は凡百の方面に発展得しるのであるが幸に今日迄諸君は伯国の最も必要とする農業方面に進出し而かも珈琲、米、棉、野菜、養蚕等あらゆる伯国の国家的産業に関与して伯国の産業開発及国富の増進上相当の効果を挙げて居る、若し日本移民の二万人が現にサンパウロ市に於て小売商や居酒屋等をのみ経営して居たとしたならば如何、其の数が二万五千となり三万となりたる場合は如何、それは伯国側から見る場合は無用な移民であり日本側から見た場合真に根の無い雑草の様の様なものである、

 日本移民が伯国に於て真に其の国家的産業に従事しつつありとの鞏固なる地盤に立脚する限り如何に批難排日の風雨が来る共必ず晴天の日が来るのである、将来諸君の活動範囲は漸次商工の方面にも智的自由職業方面にも発展すべきである、然し如何なる場合に於ても伯国の国家的産業に従事し伯国に必要なる要素たる事が何よりも移植民将来の発展上必要なる要件であることは銘記すべきである

博愛主義
 最後に大切なることは公共道徳の点に於て博愛主義の強調である一家庭に於て団欒があるが如く諸君の生活する社会に融和なる幸福が無ければならぬ、平和なる村、住み心地よき社会は個人幸福の要素でもある、而して此の幸福を得んとせば日本移民のその子孫は伯国に於て「博愛衆ニ及ホシ」と宣はれた明治大帝の御言葉を服膺ふくようすべきである

 諸君が人種国籍貴賎貧富の堺を超越して地方住民と苦楽を共にし其の住む所を唯一の故郷とし大ブラジルを目指して進む時[、]伯国人も必ず四海同胞の気分とならう[。]在伯同胞の総てが此の気持で進む時それは何物よりも大なる力であり最後の勝利を得べき無形の武器であると思ふ

永住主義
 茲に永住主義と云ふは妙なれど上来記述の四主義とは此の永住なる根本観念に依て初めて真の力を発揮し得べきである、諸君よ排日を恐るる勿れ、二十六年以前第一回移民の渡伯後僅に七百人の同胞を残して数年間日本移民は杜絶したるに非らずや、其の後排日の声も聞き移民の渡伯中絶も経験し居る[、]我が同胞諸君、諸君は既に十数万を数ふる今日はい日の声に怯ゆる勿れ、

 自由を建国の精神とする伯国である、必ず正論家は輩出する[、]諸君は諸君の力に頼る可きである[、]而して一朝事ある場合は伯国の為に死も亦辞せざるの覚悟を以て。私は以上の諸主義を忠実に諸君が守らるるならば諸君の基礎の鞏固なるは勿論我同胞の将来の渡伯に就いても必ず勝利は我等に在るものと信ずるものである

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 尚私の気の付いた事で諸君がなほに実行し得る数個の点を挙げれば左の通りである、此れは些細のことであるが何人も不注意勝のものである
一、国き及国歌に対する態度
  一国の国き国歌には脱帽して敬意を表すべきなり
二、日本文字の看板
  ブラジルでは和服を着て市街を歩く以上に目立つものなればこれは可成くローマ字に書改め度いもの止むを得ざる場合には小さい文字を用ひる事
三、日曜及祭日の労働
  比較的祭日の多き伯国にて休日を奨励する次第にはあらざるも近所の住民の休む時は成るべく同様に休むを可とす、殊に何か特別の祭日等に日本人のみ働くこととなれば其の土地の住民の礼儀にも欠くることとなる
四、野天風呂
  日本よりの新来移民に多き習慣なるもこれは避くること、殊に婦人には禁物なり又他人の前に婦人の乳房を出すことは避くること、赤子に乳を与ふる時も布にて蔽ふか人に見えぬ様心掛くべきこと
五、日本人は男女共にしやがむ癖あり、外国人には奇異の感が与ふ故避くべし
六、病院等に見舞ひに来た人達に御馳走を出すことは禁物である
七、葬式と酒宴
  葬式に際し酒宴を行ふ者ありと云ふ、通夜の習慣より出でたる事ならんもブラジルにては酒宴をせざること、ブラジルにて葬式に会ひたるときは知らざる人も脱帽して其霊を送る習慣あり、美しきことなれば我等も之を見習ふを可とす
八、同胞中には朝「うがい」する時妙に大きな音を立て病気にでもなりたるかの感を与ふるもの尠からず、日本人の特徴としては感服出来ず
九、ブラジル語には相当悪い意味の言葉が沢山あるが日本人で余り良く意味をしらず人前で平気で話す人多し
日本語の中にも音がブラジル語で悪い意味のものあり、ブラジル語を知る人達に尋ねて注意すべきである
十、同胞間に何事か遊び事御祭などあるときは成るべく近所の外人も之に参加させ度きものなり