伯主日従主義（邦字紙記事）

教育局長のバストス視察談
　図書室を見たがブラジル語の本は一サツもない

　片言しか話せぬ先生が教授

『聖州新報』昭和11年10月3日

　在伯邦人第二世教育問題に関し聖市フオーリヤ・ダ・マニヤン紙は九月三十日発行の紙上に於て此程奥地諸学校巡視の旅から帰聖したアルメイダ・ジユニオール教育局長の印象談を発表した、特にバストス移住地関係の所を大要抜き訳してみる、次の如くである

　マリリヤまでで切り上げる積りの所「ここ迄来ながらバストスを見ぬとは羅馬見物に行つて法皇を訪ねぬ様なもの」とすすめらるままに元気を出してバストスに向つた、午過ぎ到着、女達が赤チヤンをオンブしてウロツイて居る[、]家も人も日本情緒充溢店の看板が感心にブラジル語だワイと思つたら何のことだ、つい最近迄全部日本字であつたのを例の禁止的課税にあわてて書き換へたものだそうだ、

　飯にしたい所を我慢して先づ学校視察、図書室を見る、ブラジル語の本は一冊もない、日本語の本ばかり、申訳の様に壁にルイ・バルボーザの肖像が掛けてある、山岸又次郎に「こんなザマでどうする」と厳重抗議する、一年生の算術教授を見る[、]ブラジル語は片言しか話せぬ先生が教へてる、また山岸に厳重抗議だ、もう一つの教書（ママ）を見る、先生コソコソ出て出（ママ）つたがこれもブラジル語は同僚と同じ位達者らしかつた、生徒と会話を試みる、答へるものは微笑だけ、まるで唖だ、

　お向への州立小学校に行く、大体同じこと、然し最後に余の注文で四十余人の丸顔の生徒達が一斉に起立して伯国々歌を斉唱した時は同行のマセド氏など感極つて泣き出さんばかり[、]不平満々であつた我々一同、これでやつと気嫌を直した、お待兼の飯だ、腹はペコペコだ、だが……伯人教師苦情の種である、米と水だけの日本食だと思ふと………丸ポチヤの陽気な旅館のお神さん（ママ）気をきかしてブラジル料理だ…実際この時はホツとしたよ、お神（ママ）の話

　日本人だつて慣れてくるともう日本食は見向きもしません――同胞女性よりもブラジル娘と結婚したがつてゐる日本人青年が却つて多い位です――娘の方も同じで黒坊の妻になつた勇ましいのさへ一人あります

　黄黒混血児のことを知りたかつたが、これはまだ生れぬそうだ、日本人植民者はピンガ[注　酒]も飲めばビシヨもかける［注　動物をモチーフにした賭け事］喧嘩もする、良いにつけ悪いにせよあらゆる方面に同化しつつあるのは事実の様だ、

　午飯後グルポ小学校［注　ブラジル語でブラジルの教育を行う小学校］に行く、見れば図書室がない、聞けば金の余裕はあるといふ、厳重警告する[、]ここも大同小異だ、何といつても言語不通が教師と生徒の間に殆んど越ゆべからざる障壁をなしてゐる様だ、それでも三年生になるとヒドイなまりはあるがスラスラ教科書位なら読むし、伯国旗や伯国独立物語暗唱もやつてのけるがさて会話となると大分苦しい様子だ、他に申し分ないがただ同化の手段である言葉が実に厄介物だ、山岸は終始黙々として余に追随してゐたが余の心中を察したのであらう、次の様な意見を述べた

　大体ブラジル語は日本語よりヤサシイのですが学校で先生と話すことも少ないし放課後は日本語一点張ですし、小学校だけではとても駄目です、幼稚園を建ててブラジル人の保母に一日中子供達を世話さす様にすればよからうと思ひます

　製糸場を訪問したら、そこで作つた絹製聖州旗を頂戴した

教育非常時に鑑み

　根本方針を確立

　　十歳以下の日語教育は原則的に禁止

　　普及会内部の刷新要望さる

　“伯主日従主義”

『聖州新報』昭和11年10月17日

　過般の聖州教育局長の邦人学校視察印象談等最近伯国当局者間に在伯邦人第二世教育問題が頻りに論ぜられるに鑑み邦人児童の元締たるブラジル日本人教育普及会ではこれが対応策として根本的の方針を確立し諸般の教育施設及び事業を行ふことが絶対的必要条件であるとなし去る十五日午後二時半より

　市毛総領事、淀川領事、菱川、南条、斎藤各副領事、原口書記生
　安東普及会々長、佐藤主事、君塚（東山）、加藤（ブラ拓）[、]中野（海興）、江越技師、木下、山岸両教師

等の学校関係者によつて会議が開かれ慎重裡に協議の結果[、]今後の教育方針は伯主日従主義で進み、十才以下の児童には原則的に日本語教育を禁ずることを決議し、近々各地方部会長を本部に召集しこの主旨を徹底せしめることとなつた

　なほ現在普及会で編纂中の在伯邦人小学校用教科書は現在巻四までしか完成して居らず、残りは来年の一月迄には間に合ふまいとの事である

　又、確聞するに現在の普及会は木村書記長事件により父兄会の看板を普及会と改めると仝時に機構の改革にも着手されたに拘らず、内容は未だに旧態依然たる有様で、具体的方針の確立を見ないのみならず各地方部会との不統一、虚偽申請をする教員の輩出、最近では某地方部会の視学に対する贈物事件或は普及会映画班がプロミツソン地方巡廻の際、勝手にプログラムを変更し、同地方部会に相談なく謝礼を強要したため地方部会の憤激を買ふなど本部会の腐敗を語る事件が起きその処断が叫ばれて居るが、然るに佐藤主事のなすところを見るに行政方針につき何等定見を有せず偸安（とうあん）的、事勿れ主義に堕してゐることは事態を益々悪化せしむるものであり甚だ遺憾となし漸次非難の声が高まりつつあると共に監督官憲方面の一大決断を要望しつつある

　一方これと同様の要望は各方面にも強調され漸次与論化せんとしてゐるが、この成行は注目されてゐる

読者と記者

◆第二世の日語教育に就て

『伯剌西爾時報』昭和11年11月6日

記者足下、予は近頃第二世教育問題に関し主として日本語教育に便宜を図るべき教育普及会が州教育局長を訪ひ「葡語教育の普及に助力したいから教育普及会の存在を認めて貰ひたい」と云ふ様な申出を為したと云ふ事を耳にしたのでありますが是れは真実でせうか、若し是れが真実だとすれば、何も私共は教育普及会なぞを頼らずとも直接伯国教育当局と交渉し、教員を派遣して貰ふなり、校舎を建てて貰ふなり致します、若し不幸にして之れが達成せぬなら達成するまで待つまでです。

　然し我々の第二世には、如何なる事情があつても無教育の儘放任しておく事は出来ません、若し教育普及会が葡語教育普及の為めに州教育課の補助機関と成るならば我々は他の方法を講じて十歳以下の小供にも、もつと徹底した教育を施すべく考へねばならぬと思ひます、殊に怪しからぬのは我々の第二世を最も優良なる伯国々民に仕立て上ぐべく日本語と伯国語の教育を不可分的に小供の頭脳に押し込んで行かねばならぬのに対し、教育普及会は「伯主日従主義」を標榜してゐる事です。

　伯国の教育方法が外国語を教へなくとも外国人を親とする小供が其の民族の特有する素質を遺憾なく発揮し得るものならば、予等は何をか云はんやであります。ところが外国人を親とし且つ其の家庭で育てられる小供は、親の所有する国語で教育の手解きを為すに非ざれば、啻に遺伝的に持つ特有的良質を発揮し得ないのみならず、折角教ふる処の葡語の教育も充分に発達し得ないと云ふのでありますから、伯国の教育令は教育令として惜いて、教育令に差支へない方法の下に日語の教育を徹底せしむべく、何故教育普及会が努力しないのでせうか、今更教育問題が八釜しくなつて来たからと云つて日本語教育廃止に類する伯主日従主義は根本的に誤つてゐると思ふので此の一文を草した訳であります（憤慨生）

　　貴下のお説は本紙の主張と一致してゐるので同感其のものであります。教育普及会は伯国政府の教育令実行峻烈となつた今日何とか善処せねばならぬとして種々工夫を凝らしての結果教育局長訪問だの態度闡明だのと政治工作を行（や）つてゐるやうでありますが、是れは余程考へて遣らねば却つて日本語教育の範囲を狭める事にもなるから余り教育局嬉しがらせの工作も善し悪しではなからうかと思ひます、

　　兎に角本社としましては第二世の教育を最も効果的たらしむる為め日本語教育を不可分的に教え込まねばならぬとして是れが方針を根本的に改定せねばならぬと主張するものでそれには教育普及会あたりにもつと突つ込んで真剣に研究して貰ひたいと思ふのであります。　（記者）