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「ポツダム」宣言ニ基ク憲法、同附属法令改正要点
宮沢俊義教授講
昭和二十年九月二十八日於外務省
「ポツダム」宣言ニ基キ憲法、同附属法令ノ改正ヲ論ズルニ当リ「ポツダム」宣言ノ内容ニ従ヒ(イ)領土ノ変更ニ伴ヒ改正ヲ要スル事項(ロ)軍隊ノ解消ニ伴ヒ改正ヲ要スル事項(ハ)民主的傾向ノ助成ニ伴ヒ改正ヲ要スル事項ノ三ニ分チ論ズルヲ便トス。
(イ)領土ノ変更ニ伴ヒ改正ヲ要スル事項 憲法ノ条文ニハ領土ニ直接関係スルモノナク従ツテ成文憲法ニハ影響ナシ。一般ノ法令中領土ニ関係アルモノハ次ノ二ニ分ツコトヲ得。
(1)外地法 外地法ハ全面的ニ廃止スルヲ要ス。従ツテ共通法、各外地ノ諸官制及ビ制令律令等ニ基ク法律体系ハ消滅ス
(2)外地人ニ関スル法 外地人ノ消滅ニ依リ全面的ニ存在理由ヲ失フ。其ノ主ナルモノ次ノ如シ。
(A)朝鮮貴族ニ関スル法令
(B)外地人ト内地人ノ主タル相違ハ兵役義務ノ有無ナリシモ、兵役義務ソレ自身ノ消滅(後述)ニ伴ヒ、其ノ相違モ消滅ス
疑問トシテ残ル点次ノ如シ。
(A)王公族 現状ニ引続キ皇族及ビ臣民以外ノ特権ノ身分トシテ存続スルヤ否ヤ疑問ナリ。
(B)外地人ニシテ内地ニ在リ引続キ内地ニ留リ内地人タラムトスル者ノ身分如何 本人ノ選択権optionヲ認メ内地人ニナルヲ認ムベキナリ。其ノ結果内外地人ノ区別消滅ス。
(ロ)軍隊ノ解消ニ伴ヒ改正ヲ要スル事項 統帥権ノ独立トイフ現象ノ消滅ハ従来日本ノ政治ニ根本的特色ヲ与ヘタル制度ノ消滅丈ニ其ノ資質的、政治的ニ影響スル処極メテ大ナルベシ。我国ノ制度ハ統帥、国務ノ二元的対立ヲ続ケ殊ニ国務ハ統帥ニ干渉スルコトヲ得ズ、常ニ圧迫ヲ受ケ所謂Double
Governmentノ様相ヲ呈シ居レリ統帥権ノ独立ノ終熄ニ伴ヒ軍令、大本営、帷幄上奏等ノ制度廃止セラルベクソノ結果ハ注目ヲ要スルモノアリ。外交方面ニモ大ナル変革アルベシ。
(1)兵役ノ義務(憲法第二十条)形式的ニハ兵役義務ヲ定ムルハ法律事項ニシテ兵役法ヲ廃止セバ目的ヲ達シ得ベシトノ論成立スルモ、憲法第二十条ノ精神、立法ノ趣旨ハ兵農分離ノ制度ヲ廃シ国民皆兵ヲ目的トスルモノナレバ軍隊解消セシ以上同条ハ存在理由ヲ喪フベク、正式ニ削除手続ヲ執ルヲ妥当トス、兵役法、同関係諸法令ノ消滅スルハ当然ナリ。
(2)軍事大権(憲法第十一条統帥大権及第十二条軍政大権)軍隊消滅ニ伴ヒ軍事大権モ自ラ消滅スベク、憲法第十一条及第十二条ハ存在理由ヲ喪フ。
(3)戒厳(憲法第十四条)憲法ハ戒厳ノ内容ニ関シ何等規定セズ総テ法律ニ譲ルモ、少クトモ憲法ハ制度ノ内容ヲモ一応予定シ居ルモノナルベク参考トナレル外国憲法、帝国憲法全体ノ構成等カラ之ヲ結論セバ戒厳トハ「軍ニヨル統治」ナリ。即チ帝国憲法ハ国務及ビ統帥ノ二元的対立ヲ認メ、輔弼者ヲモ異ニシアリ。戒厳ハ非常ノ際ニ於テ通常は国務ニ属スベキ一定範囲ノ事項ヲ統帥ヲ以テ一元化セントスル制度ニシテ、軍ニ依ル一定範囲ノ事項ノ一元的統治ナリ。従テ戒厳ハ軍ヲ前提トスルヲ以テ軍隊ノ消滅ハ憲法第十四条ノ存在理由ヲ喪ハシム。尚戒厳ニ代ル制度ノ考察ヲ要スルヤモ知レズ。
(4)非常大権(憲法第三十一条)非常大権ハ従来発動セラレタルコトナク内容漠然トシ其ノ発動ガ如何ナル結果ヲ齎スモノナルヤハ必ズシモ明ナラズ大東亜戦争末期ニ一部ノ者ニ非常大権ノ発動ヲ要請セシ者アルモ如何ナル理由ニ基クカヲ詳ニセズ。蓋シ非常大権ハ憲法第二章ノ例外ニシテ憲法全体ノ例外ニ非ズ、而シテ戦時中ハ憲法第二章ノ臣民ノ自由ハ非常大権ニ依ラズトモ簡単ナル手続ヲ以テ制限セラレ居リタリ。因ニ美濃部氏ニヨレバ非常大権ハ戒厳ヲ裏面ヨリ規定セルモノニシテ第二章ノ臣民ノ自由モ戒厳ノ如キ非常ノ際ニハ停止セラルべキモノナルコトヲ規定セルモノトス。然リトセバ右大権モ亦軍ニヨル統治ヲ予見スルモノナレバ当然廃止セラルベキモノナリ。非常大権ニ付別ノ解釈ヲ取レバ更ニ問題アリ(後述)。
(5)軍人ノ身分 軍隊ノ消滅ハ軍人ノ身分ノ消滅ヲ意味ス。憲法第三十二条(憲法第二章軍人ニ対スル特例)ノ廃止及第十条第十九条(文武官ニ関スル規定)ノ改正ヲ要ス。
(ハ)民主的傾向ノ助成ニ関聯スル改正ヲ要スル事項 帝国憲法ハ民主主義ヲ否定スルモノニ非ズ。現行憲法ニテ十分民主的傾向ヲ助成シ得ルモ、民主的傾向ノ一層ノ発展ヲ期待スルタメ改正ヲ適当トスル点次ノ如シ。
(1)天皇ノ大権事項 大権事項ハ 天皇ノ専権ノ如ク考ヘラルルモ国務大臣ノ輔弼ヲ考フレバ必ズシモ民主主義ト矛盾スルモノニ非ズ。殊ニ統帥権ノ独立ノ消滅ハ大権ヲ総テ国務大臣ノ輔弼ノ下ニ置ク結果トナリ、而モ国務大臣ハ議会ニ多少トモ影響セラルルコトヲ考慮セバ民主的傾向ハ十分保障セラルベシ。問題トナル点次ノ如シ。
(a)議会ノ召集大権(憲法第七条)議会側ヨリノ召集ハ認メラレズ。此ノ点ノ改正ヲ要スト称ス。併シコノ点ハ大ナル問題トハ考ヘラレズ、通常議会ハ毎年召集セザルヲ得ズ、又議員ノ多数ノ希望ハ議会ノ召集ヲ実現シ得ルヲ以テ運用ニヨリ其ノ欠点ハ補正セラルベク大ナル弊害ナシ。
(b)緊急勅令(憲法第八条及第七十条)同様ノ制度ハ英米法ニナシ。外国人ノ眼ニハ本条ノ制度ニヨリ政府ノ権力大ナル如ク観ゼラルル虞アリ。第八条ノ緊急勅令ニ対スル政府ノ解釈及ビ慣行ニモ不合理ノ点アリ、即チ従来「緊急ノ必要」トハ次ノ会期迄勅令ノ施行ヲ猶予シ得ザル時ト解釈セラレ居リ其ノ点ガ第七十条ノ緊急財政処分ガ臨時議会ヲ召集シ得ザル□□ニノミ行ヒ得ルト異ルモノトセラレ居リタリ。而シテ実際上モ緊急勅令ヲ議会会期終了直後ニ発布スル等ノコトアリ濫用セラルル傾アリタリ。第八条ヲ第七十条ノ場合ト同ジク臨時議会ノ性質ニモ鑑ミ、極力議会ノ召集ニ努メ、真ニ議会ノ召集不能ナル場合ニノミ利用スル如クシ、又運用ニ於テ濫用ヲ慎メバ制度トシテハ存続ノ価値アリ。
(c)憲法第九条ノ命令 外国ニハ殆ド其ノ例ヲ見ズ。併シ制度トシテ実質的見地ヨリ弊害ヲ認メ得ズ。即チ諸外国ノ例ヲ見ルモ議会ガ総テノ立法ヲ行フトイフコトハ考ヘラレズ、又委任命令ニヨリ広汎ナル立法権ノ委任ヲ行フ一方実際上ハ重要ノ命令ハ総テ法律ノ形ヲ取リ居リ且第九条ノ命令ハ法律ヲ以テ規定スルコトヲ妨グルモノニ非ザル次第ナレバ制度トシテ特ニ廃止ヲ要スルコトナカルベシ。
(d)外交大権(憲法第十三条)実際問題トシテ外交ガ大権ニ専属スルコトハ大ナル弊害ヲ来ストハ考ヘラレズ。即チ多クノ外国法ノ如ク重要ノ条約ハ議会ノ協賛ヲ経テ締結スルコトハ特ニ必要ト思ハレズ。議会ニ於テ事実上外交問題ニ関シ発言ヲ得、而モ議会ガ強力ニ政府ノ外交ヲ統制セバ、外交ノ民主化、公開化ハ自ラ実現セラル。
(e)非常大権 前□ノ如ク之ヲ軍ニヨル統治ト解セザレバ民主的傾向ノ助成ニ障害トナル制度トシテ問題トナルベシ。
(2)議院制度
(a)議院ノ組織 主トシテ貴族院ノ組織問題トナル。即チ貴族院令、華族制度等ナリ。憲法以外ニ於テハ議院法、貴族院令、衆議院議員選挙法改正ノ問題アリ。
(b)議会ノ活動 通常議会ノ会期ハ三ヶ月ナリ(憲法第四十二条)。会期ハ短期ニ過ギ、延長スル要アリ。年二囘ニ会期ヲ分ツコトモ考ヘラル。
憲法以外ニ於テハ議院法及ビ慣行中ニ問題トナルモノアリ。特ニ常任委員会ノ設置問題トナル(設置ニ関スル法案ハ二囘ニ亘リ衆議院ヲ通過セルモ貴族院ニ於テ否決セラレタリ)。
(c)議会ノ権能 主トシテ憲法第六十七条(既定費)及ビ第七十一条(実行予算)ノ規定問題トナル。同条立法ノ経緯ヲ見ルニ岩倉、井上等ノ立案者ハ「プロイセン」ノ予算争議ノ先例ニ鑑ミ、政府ノ余リニモ議会ニ干渉セラルルヲ防グ為メ考案セルモノニシテ、明治十四年以降本規定ヲ設クルハ当然ノ鉄則トシテ考ヘラレ、後ニ憲法ノ規定トナリタルモノナリ。実際ニ於テモ、予算否決セラルルモ政府ハ行政ヲ中止スルヲ得ズ。従ツテ斯ル状態ヲ救済スル制度ヲ考案セザルベカラズ。而モ議会ノ政府統制ハ本制度アルガ為ニ弱化セラルルモノニ非ズ
(3)裁判制度
(a)陪審法ノ復活 陪審制度ハ必ズシモ民主的ナラズ
(b)行政裁判所ノ権限ノ強化 従来ノ行政訴訟事項ハ極メテ限定セラレ居リテ、警察ノ任意出頭、検束等ニヨリ不利益ヲ受ケタル者ハ救済セラルル手段ナシ。政府ハ自己ノ権限制限セラルルヲ恐レ、行政訴訟事項ノ拡張ヲ喜バズ、従ツテ改正案モ未ダ実現ヲ見ザル現状ナリ。而ルニ憲法ガ司法裁判所ト並ビテ之ヲ規定シタルハ(第六十一条)大ニ其ノ活躍ヲ期待シタル為ト思考セラルル。改正ヲ要スル点ナリ。
(c)請願制度ノ強化(後述)。
(本論終)
本論ハ宮沢教授講演ノ大意ヲ伝フルヲ目的トシ綱目ニ於テ多少粗□ノ点ナキヲ保シ難キモ至急大方ノ参考ニ供スル為印刷ニ附シタルモノナリ
外務省条約局第二課長
質問ト応答
(1)憲法第三条(天皇ノ神聖不可侵)政治的ニ責任ヲ負ハザル義ニシテ英国王モ同様ノ地位ニアリ。同様ノ文言ハ各君主国憲法ニ規定アリテ政治的ニ問題ナク国務大臣ノ輔弼ノ確立ニヨリ解決ス。君主制ニ於テハ君主ハ無責任ナルコトヲ要ス。共和制ニ於テモ、仏蘭西大統領ハ規定ナキモ実際ハ無責任ニシテ実力モナシ。
(2)憲法第四条(天皇ノ統治権)ハ「ポツダム」宣言ト牴触セザルカ 日本ハ君主国ニシテ万世一系ノ天皇統治スル国体ナリ。「ポツダム」宣言ノ受諾ニヨリ日本ハ国際的独立性ヲ失ヒ、一応従属国トナル。即チ統治組織ハ全体ヲ抑制サレ、其ノ抑制ノ範囲内ニ於テ天皇ガ統治スル。「国体ノ護持」モ此ノ抑制ノ範囲内ニ於ケル護持ニシテ、国体ハ否認セラレザルモ亦保証セラレ非ズ。
(3)暫定憲法「本憲法ハ何年後ニ全面的ニ改正ス」トイフ如キ条件附ノ憲法存在ハ考ヘラレ得ルヤ。欧洲ニ於テモ変革ニ際シ終局憲法ノ制定前ニ暫定憲法ヲ設ケタル例アリテ、暫定憲法ノ存在ハ考ヘラル。
(4)民主的傾向ノ助成ト憲法改正手続(憲法上輸及第七十三条)憲法改正ノ発案権ハ天皇ニ専属シ居リテ之ヲ改正スルヲ要ス。即チ議会ニモ発案権ヲ与ヘ又請願ニシテ憲法改正ニ関スルモノヲ禁ジアルモ之ヲ解除スルヲ要ス。帝国憲法ハ欽定憲法ナルコトニ重点ヲ置キ改正ノ発案権ヲモ天皇ニ専属セシメアルモ、之ニ伴ヒ議会ニ改正案ノ修正権ヲモ与ヘザル結果トナリテ不都合ヲ生ズ。欽定ナルガ故ニ発案権ヲモ天皇ニ専属セシムル要ナシ。唯、憲法ノ改正ヲ軽々ニ実施スルハ不可ナリ。
(5)国務大臣ハ議会ノ多数党ヲ以テ任ズル如クスル規定ヲ設クルコト 国務大臣ハ重臣会議ニテ選任セラルル従来ノ方法ニテ可。
規定ヲ設ケ議院内閣制ヲ強行スル要ナク運用ニテ解決セラルベシ。制度トシテ規定スルト「ワイマール」憲法ノ下ニ於ケルガ如ク結果ハ不良トナル虞アリ。戦争前ノ仏蘭西ハ大統領ト上院議長ノ合議ヲ以テ総理大臣ヲ選任シ居リタリ。
(6)「フアツシヨ」的傾向ヲ制限スル規定ヲ設クルコト 規定ヲ以テ制限シ得ルモノニ非ズ。「フアツシヨ」的傾向ノ出現ハ国民ノ政治意識ノ低級ナル場合ニ生ズルモノニシテ、之ヲ制限セントセバ国民ノ政治意識ノ向上、即チ生活程度ノ向上ニ伴フ余裕ニ基ク教育ヲ強化スルノ要アリ。現在ノ段階ニ於ケル女子参政権ニハ反対ナリ。
(7)皇室財産 御料ハ宮内大臣ヲ管理人トスル特殊ノ財団ノ如キモノニシテ寧ロ公有物ナリ。社会的ニハ私有物ト見ラル。
(8)戦争犯罪人ト憲法第二十三条第二十四条 戦争ノ対外関係ニ於テ存在スル以上、敗戦モ予想セラレ、国家ノ滅亡モ考ヘラル。斯ル場合ニ之ニ反スル規定ヲ憲法ニ設クルモ実効的効力ナシ。例ヘバ占領軍ト降服条約ヲ締結シ得ズトイフ如キ規定アリテ之ニ反スルモ蓋シ己ムヲ得ズ。「ポツダム」宣言ニヨリ憲法改正セラレタルモノトイフベク、憲法モ之ヲ予想シ居レリ。
「法律ニヨル裁判官」タラシムルタメ、聯合国ノ設ケタル裁判所ノ裁判官ヲ我国ニテ法律ニヨリ認ムル必要アリヤ。「ポツダム」宣言ヲ受諾セシ以上聯合国ノ裁判所ヲ設クルハ当然ニシテ我国ハ特ニ夫レヲ認ムル必要ナシ。
(終) |