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(極秘)
(解除47年5月31日)
近衛国務相、「マックアーサー」元帥会談録
昭和二十年十月四日 自午後五時至〃六時三十分
於総司令部
(註)当日定刻司令部ニ赴キタルカ「マックアーサー」ノ副官ヨリ「近衛公ハ元師ノ代リニ「サザランド」参謀長ト会談セラレ度」旨ノ至急通知アリ応接室ニテ約二十分待ツ中案内アリ室ニ通レハ「マックアーサー」元帥「サザランド」参謀長及「アチソン」政治顧問鼎座シ居リ会談ニ入レルモノナリ
近衛 先般御目ニ懸リタル際ハ十分意ヲ尽シ得ナカツタノテ今日ハ時間ヲ戴キ十分御話ヲ申上ケ度。
軍閥ト極端ナル国家主義者カ世界ノ平和ヲ破リ日本ヲ今日ノ破局ニ陥レタコトニ付テハ一点ノ疑モナイ、問題ハ皇室ヲ中心トスル封建的勢力ト財閥トカ演シタ役割及其ノ功罪テアル、此ノ点米国ニ於テハ相当観察ノ誤カアルノテハナイカト思フ。即チ米国テハ彼等ハ軍国主義者ト結托シテ今日ノ事態ヲ齎シタト見テ居ルノテハナイカト思フ、然ルニ事実ハ其ノ正反対テアツテ彼等ハ常ニ軍閥勢力ノ向上ヲ抑制スル「ブレーキ」ノ役割ヲ努メタノテアル。所謂日本ノ重臣層及財閥カ軍閥ノ勢力ニ乗セラレタコトハ事実テアルカ彼等カ如何ニ其ノ羈絆ヲ脱シ其ノ跳梁ヲ阻止シヤウトシタカ最モ雄弁ナル証拠ハ彼等ノ中ノ有名ナル人カ幾人モ暗殺ノ対象トナツタ事実ニ依リ明テアル。日本ハ嘗テ暗殺ノ国ト呼ハレタノテアルカ其ノ暗殺カ何人ニ依ツテ又何人ニ向ツテ行ハレタカヲ究明セネハナラヌ。
軍閥ヤ国家主義勢力ヲ助長シ其ノ理論的裏付ヲナシタモノハ実ニ「マルキシスト」テアル、満洲事変以来国内ノ急進的ナル革新カ之等勢力ニ依テ叫ハレタノハ実ニ其ノ背後ニ左翼分子カ喰入ツタコトニ依ルノテアル、彼等ハ資本主義ヲ排除シタ一ノ理想国家ヲ満洲ニ築カントシ又満洲ヲ拠点トシテ国内ノ急激ナル革新ヲ実現セントシタノテアル、満洲事変以来日米戦争ニ至ル全過程ノ観察ニ於テ此ノ点ヲ観過スルナラハ其ノ真相ヲ掴ムコトハ出来ナイノテアル。左翼分子ハ又一部ハ極右翼ニ接近シ又一部ハ官僚ニモ喰入ツタ、少壮軍人ヤ官僚ハ公然ト戦争状態ノ早期終了ニ反対シタ、戦争ヲ長引カシテ置イテ国内ノ急進的革新ヲ断行スルノタト言出シタ、従テ軍閥ヲ利用シテ日本ヲ戦争ニ駆立テタモノハ財閥ヤ封建的勢力テハナクシテ実ニ左翼分子ノ活動ニ依ルモノテアツタコトヲ知ラネハナラナイ。
日本ニハ治安維持法ナル法律カアリソレハ皇室制度ノ破壊ト私有財産制ノ否認トヲ厳禁シテ居ルノテアルカ「マルキシスト」ハ敢テ皇室ニ関スル議論ニハ触レヤウトセス又私有財産制ニ付テハ民有国営等ノ理論ヲ提唱シタノテアル。
日本軍閥ノ仮想敵国ハ「ソヴィエト、ロシア」テアツタ。軍部ノ対蘇不安ハ年ト共ニ加ハリ行キ全体戦争ナル観念ノ出現ハ彼等ヲ絶望的ナル無力感ニ浸ラシメタ、全体戦争ニ備フヘキ国防国家ヲ建設スルニハ日本ノ軍閥ハ余リニモ無知無力テアツタ、左翼分子カ此ノ間隙ニ乗スルコトノ如何ニ容易テアツタカハ指摘スル迄モナイ。茲ニ又注意スヘキハ職業的士官ノ出身テアル、彼等ノ大部分ハ農村ノ中流以下ノ家庭ニ属スルモノテアツテ、彼等ハ元来地主階級及資本家階級ニ反感ヲ有シ殊ニ東北地方ニ於ケル深刻ナル困窮ノ状態ハ彼等ヲシテ日本ノ社会的不合理ニ対シ痛憤ヲ感セシメルコトトナツテ此処ニモ左翼勢力ノ乗スル隙カアツタノテアル。
此ノ間「マッカアーサー」ヨリ(一)日本ニ「マルキシズム」カ擡頭シタノハ何時頃カラノコトナリヤ(二)下士官兵ニ共産主義カ浸潤シタリヤトノ質問アリ之ニ対シ近衛公ヨリ(一)ハ一九二〇年以後ノコトニシテ其ノ後急速ニ発展シ各大学ニ潤浸シタルコト(二)従来下士官兵ニハ共産主義ノ影響ハ見ラレサリシモ今後ハ失業問題等アリ楽観ヲ許ササル旨ヲ説明ス
以上ニ明ナル如ク日本ヲ今日ノ破局ニ陥レシモノハ軍閥勢力ト左翼勢力トノ結合テアツタ、今日ノ破局ハ軍閥トシテハ確ニ大ナル失望テアルカ左翼勢力トシテハ正ニ彼等ノ思フ壷ナノテアル。
今日ノ事態ニ於テ若シ軍閥及国家主義的勢力ト共ニ封建的勢力及財閥等既存ノ勢力ヲ一挙ニ除去セントスルナラハ日本ハ極メテ容易ニ赤化スルテアラウ、日本ノ赤化ヲ防止シ建設的ナ「デモクラシー」国家タラシムルニハ軍閥的勢力ノ排除ノ必要ナルコト勿論テハアルカ、一方ニハ封建的勢力及財閥ヲ存在セシメテ一歩一歩漸進的方法ニ依リ「デモクラシー」ノ建設ニ向ハナケレハナラナイ。
此ノ間「マックアーサー」ヨリ日本ノ共産主義運動ハ東京ノ「ソ」聯邦大使館ニ依リ指導セラレタルモノナリヤトノ質問アリ之ニ対シ近衛公ヨリ「ソ」聯邦大使館ノ行動ニ付テハ確証ナシ唯「モスコー」第三「インターナショナル」ヨリノ指令アリタル実例ハ極メテ多キ旨ヲ説明ス
第一次欧州大戦後独逸ニハ社会民主党ナルモノアリ独逸ノ安定勢力トシテ共産主義革命ヲ阻止スル役割ヲ努メタノテアル、然ルニ日本ニハ財閥及封建的勢力ヲ除イテハ此ノ独逸ノ社会民主党ニ比スル安定勢力ハナイノテアル、最近議会方面ニハ無産党、自由党等擡頭シツツアルカ其ノ勢力ハ未タ微々タルモノニ過キス、自分ハ所謂封建的勢力ノ出身テアリ、斯カル議論ハ言ヒ悪イ訳テアルカ自分ハ決シテ斯カル勢力ヤ財閥ヲ弁護シヤウトスルモノテハナイ、唯今日直ニ且一挙ニ日本カラ此ノ安定勢力ヲ除去スレハ即チ日本カ直ニ赤化ニ走ルコトヲ大ニ指摘シ度イト思フノテアル。
マ 御話ハ有益テアリ且参考トナルモノテアツタ
今日世界テ最モ大切ナコトハ輿論テアル、日本ノ輿論ハ一面ニハ軍閥一面ニハ封建的勢力及財閥ノ為抑圧セラレテ来タノテアルカ此ノ抑圧ヲ取除イテ自由ニ驥足ヲ伸ハサシムルコトテアル、米国ノ大統領「アバラハム、リンカーン」ハ人民ノ前ニ一切ノ事実ヲ公開セヨ然ラハ人民ハ如何ナル政治家ヨリモ善キ意見ヲ出ステアラウト言ツタノテアル。
近衛 政府ノ組織及議会ノ構成ニ付何カ御意見ナリ御指示カアレハ承リ度
マ (決然タル口調ヲ以テ)第一、憲法ハ改正ヲ要スル改正シテ自由主義的要素ヲ十分取入レナケレハナラナイ。第二、議会ハ反動的テアル、議会ヲ解散シテモ現在ノ選挙法ノ下テハ顔触ハ変ラウカ同シ「タイプ」ノ人間カ出テ来ルテアラウ之ヲ避ケル為ニハ選挙権ヲ拡張シナケレハナラナイ、ソレニハ
第一、家庭、婦人参政権ヲ認メルコト
第二、労務。物ヲ生産スル労働者ノ権利ヲ認メルコトテアル
近衛 手続ノ問題テアルカ選挙法ノ改正ニハ議会ノ同意ヲ必要トスル、其ノ為ニハ議会ヲ握ル必要カアルノテアルカ前述ノ通リ現在ノ議会ニハ安定勢力タリ得ルモノハナイ此ノ点ニ関シテ何等カ御意見乃至御指図ハアリマセンカ
マ 自分ハ日本ノ憲法乃至法律上ノコトハ宜ク知ラナイ、唯日本ニ戦争ニ乗出サシタ権力アリトスレハ此ノ種ノ問題ヲ解決スル措置ヲ講スヘキ権力モアルヘキタラウト考ヘル、此ノ種要スルニ「テクニカル」ナ問題ヲ乗切レナイ筈ハナイ、端的ニ言ツテ日本ノ議会モ日本ノ官吏モ唯聯合国ノ意思ノ下ニノミ存在シ得ルノテアル、吾々ハ日本ノ政府ニ依リ合理的ナ過程ヲ以テ所要ノ措置カ講セラルルコトヲ希望スル、併シ之ハ出来ルタケ急速ニ行ハレナケレハナラナイ、然ラサレハ摩擦ヲ覚悟シテモ吾々自ラ之ヲ行ハネハナラヌコトトナルノテアル
(此ノ時「マックアーサー」ハ「サザランド」及「アチソン」ニ対シ何カ言フコトナキヤト訊シタルモ両人トモ言フコトナシトノ態ナリキ)
近衛 私トシテハ種々ノ事情ニ依ツテ思ツタコトヲ十分成シ遂ケ得ナカツタノテアルカ今後ハ元帥ノ激励ト助言トニ依リ国家ノ為出来得ル限リ御奉公シ度イ考テアル
マ ソレハ洵ニ結構テアル、公ハ所謂封建的勢力ノ出身テハアルカ「コスモポリタン」テ世界ノ事情ニモ通シテ居ラレル、又公ハ未タ御若イ、敢然トシテ指導ノ陣頭ニ立タレヨ、若シ公カ其ノ廻リニ自由主義的分子ヲ糾合シテ憲法改正ニ関スル提案ヲ天下ニ公表セラルルナラハ議会モ之ニ蹤イテ来ルコトト思フ。
アチソン (「マックアーサー」ニ向ヒ)選挙法ノ改正ハ「ナチ」的色彩ヲ脱却セシメ何人ヲモ自由ニ選挙セシメルヤウニスレハ如何カト思フカ
近衛 今後此ノ種ノ問題ニ付常時御指示ヲ仰キ度イト考ヘルカ元帥ハ御繁忙テアラウシ誰カ他ノ方々トテモ何等カ定期的ニ話合ヲスルコトカ出来レハ結構テアルカ。
マ 吾々ハ何時テモ喜ンテ御話ヲスル。
近衛 御繁忙中余程長クナツタノテ今日ハ之ニテ御暇シ度。
マ 本日ノ御話ハ非常ニ参考トナツタ。 |