上がり

絵双六は明治時代以降にはこれまでのものに加え、文明開化を題材にした双六、教育双六(明治5年の学制発布以降に教育目的で発行された双六)、のりもの双六、国会を題材にした双六(「国会議員双六」【憲政資料室収集文書 1238】など)、戦争双六などさらに多彩なものが作られるようになりました。また、印刷技術が従来の木版印刷から、耐久性のある活版印刷等に代わり、双六を大量に印刷することが可能になりました。
出世双六は明治時代になると、身分にかかわらず努力や才能で出世することも可能になったため、上りがこれまでの長者から、大臣や大学総長や洋行(外国への留学)などに変化しました。また、教育双六には、学校で学ぶ知識が盛り込まれているだけでなく、一マス目の「善悪道中寿語録」のような道徳的な要素は受け継がれています。 やがて、明治末期頃からは少年少女雑誌が多く刊行され、双六はその付録として人気となります。その内容は、教訓的なものから外国や宇宙への冒険を題材にしたものなど幅広く、子どもたちはそこから知識を学び、また未知の世界への夢をふくらませました。
戦後は、テレビの普及やテレビゲームの登場など娯楽の多様化により、双六で遊ぶ機会は急速に減りました。店頭などで見かけることは少なくなりましたが、子ども雑誌の付録などとして現在でも楽しまれています。

参考文献



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