史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

伊藤首相ノ施政方針談話要旨

伊藤首相ノ施政方針談話要旨




●首相邸の会合
昨夜伊藤首相は各大臣を自邸に招待し、今後内閣施政の事に就て一場の談話を為せり。其要旨なりといふを聞くに、凡そ立憲政体に於て内閣の政略を施行するには、議会多数の賛成を得さる可らさる事は固より論を待たさる所にして、特に今日我国戦後の形勢に於て、内外に向て施設すへきの事業は軍備の充実、航路の拡張、通商の発達、実業の奨励等、其急要なる者甚た多し。此等事業の議会に賛成を得ると否とは、国家の盛衰興廃に関するを以て、仮令ひ、議会一致の賛成を得る能はさるも、必らすや其多数の賛成を得さる可らす。従来各政党派の言動を察するに、多くは唯た感情に依て議論を立て、政府の錯置と云へは一概に之に反対するの傾あり。今日も尚ほ其弊を免れす。例之彼の遼東還附は、当時内外の形勢に於て、実に不得己者なるに、漫に責任論を唱ふるか如き是れなり。

茲に最も注意を惹くへき者は、今回自由党の発表したる方針なり。其大要は即ち立憲の聖意を対揚し、断して非立憲的の事を排除し、立憲政体を完成すると云ふ事。方今世界形勢の変に処し、東洋の平和を保つに就て経綸の策を画するといふ事。海軍を整理拡張し、陸軍を増設全備するといふ事。航海、通商、殖民、農工等、実業の奨励発達に力を尽すといふ事。軍備拡張、実業奨励の為めに、国家の負担を増加するあれは、其財源を求むへしといふ事。国庫の支出を節約し、冗費を省き、国計を立るといふ事。遼東還附の事に関し、漫に争<門(もんがまえ)+兒(に)>を生し、国家の大事を誤るか如きは断して之を取らず。其方針を同ふし、相共に謀るへき者は相共に、内外の事に力を尽し、将来の謀を成すといふ事。凡そ斯の如きの方針に由て之を見れは、現在自由党は、至誠国家に尽すの政党たることを認むるに足るへし。且つ之を既往に徴するも、彼の条約励行論を排斥して、我国外交の方針を過たしめさるか如きは、相共に謀るへきの政党たるを認むるなり。

夫れ斯の如く自由党の発表したる方針は、我内閣の方針と大差なき者と認む。啻に自由党のみならず、其他二三の団体にして之と略ほ其方針を同ふする者あり、既にその方針にして相同しけれは、自由党及ひ其他の団体か我内閣に於ける施政の方針に賛同すへきは自然の勢なれとも、我よりも亦た進んて彼等の賛成を受くるの手段を取らさる可らす。故に此等の党派に対し、我内閣は相互の譲歩を旨とし、従来彼等が主張したる議論及ひ其他の希望は成るへく之を容れさるを得す云々。

右は伊藤首相か各大臣に対する談話の要旨なりと聞く、若し斯の如くなるは、従来世上に喃々たる現内閣と自由党と相提携するか為めに交渉中に在りし事は実なりと思はる。果して然らは現内閣は既に政党の必要を認め、自由党と提携して、内外に対する施政の方針を一貫し、此より一歩を進めは政党内閣の端緒を開て益々立憲政体の基礎を鞏固ならしむるに至らん云々。
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