[山県有朋意見書]
【外封筒表】
増師問題に関する件
大正元年十一月十七日
【内封筒表】
桂公爵閣下
必御直覧
【内封筒裏】
上原勇作
【本文】
拝説、政府側の模様を見れば這回は不容易陰謀を逞ふし、何れも此一気を以て抜本的快勝を博し政党政治の目的を達せんと欲するものの如く、単に増師問題に止らず、又陸軍に止らさるは勿論と奉存候。然も天下何人も未た此危殆の形勢を看取する能はす、徒らに対手を侮り、只た一蹴けりに蹴り飛すとか、又は袖手瓦解を見物せんとか、余り呑気至極なるには聊か掛念せさるを得さる儀かと愚考罷存候。仮令蹴り飛されても、又瓦解しても、事は其儘落着すべきにあらす。必陸軍対国民、藩閥対国民、官僚対国民の好辞柄を藉りて捲土重来可致は必然の儀と存申候。然るに今日の君主主義の一派は第一足並が揃はす、陣容は整はす、十人十色、一致するは只た自ら豪なりとすると、敵を侮る一事あるのみに止るか如きは、少し小生の色眼鏡かと存じ不申候得共、中心頗る憂惧に堪へ不申次第に御座候。兎も角も今後は非常の決心と非常の準備とを以て此危機を切り抜け、国家百世不可動の基礎を定めされは何時をか待たんやと奉存候。区々鄙衷、長者の宏量を以て御取捨を希上候。