史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

大命拝辞の上奏控

大命拝辞の上奏控



一月廿九日午前十一時半参内 大命拝辞の上奏控
一昨廿七日組閣の経過に就き内大臣を経て上聞に達しました後、更に諸般の情勢を綜合して判断致しまするに、臣の組閣に反対するは陸軍の総意なる如く伝へられて居りましたか、事実は十数名内外のものか地位と官権を濫用し、宣伝圧迫等に依り大に誇張せられあることか次第に明白になりまして、一度組閣成立せは此等の始末は左まて難事とも存しませぬ。
更に臣か組閣の大命拝辞の結果如何に思ひを致しますに、陸軍及国家の将来実に寒心に堪へさるものありと存しました。殊に組閣の大命か、陛下の陸軍に依りて阻止せらるることは痛恨の極てあります。依て臣は万難を排し総てを捧けて是非共聖明に答へ奉らねはならぬと益々決意を堅めましたのて、更に昨廿八日午前陸軍当局と再ひ会見して意見の交換懇談を致し、打開の途を求めたく試みましたか、該当局よりは自己の力ては到底現時の情勢を動かすことは出来兼ぬるに依り会見するも意味無かるへしとの回答を得ましたのて、是れ迄採り来りし正しき筋を経ての進路は絶えたるに依り、更に権道に就て講究致しましたか、内閣官制第九条に依り陸相事務管理を設置することに就きましては立法当時の精神に訴へますと敢て違法ならさるも、今日の場合には正しき適用にあらすと考へましたのて、国家の大法は紊るへからす又曲解してはならぬと存しまして、之れは避けることに致しました。
更に現役将官に個人的に就任方を交渉して見ましたか、当人等は陸軍の現状見るに忍ひす奮つて其衝に当ることを辞せぬ丈けの決意は持つて居ますか、併し紛糾せる今日の状態ては、畏多いこと乍ら優諚を仰き奉りて就任するにあらされは、徹底的に禍根を一掃することは出来難いとの意味の回答てありました。併し斯様なことに付宸襟を悩まし奉るか如きことは、臣の毛頭考慮し居らさることてありますから、其交渉も中止するの止むなきに至りました。
其他色々と工夫を凝らし手段を尽しまして、特に時局の大切なるに鑑みまして、挙国一体と為りて世局を会通することの緊要なる所以を説きまして理解を求むる所ありましたか、遺憾のことには如何とも正しき打開の途を発見し得るに至りませぬ。而して是以上は最早臣としましては手当の尽し様もありませぬし、又是以上遷延しまして万一時局を尚紛糾に導く様のことてもありますれは、如何にも恐懼の至りてあります。結局臣の不徳不敏の致す所終に聖明に答へ奉ること能はさるに立到りましたから、茲に謹て内閣組織の大命を拝辞致します。深く宸襟を悩まし奉りし段、誠に恐懼措く所を知らさる次第てあります。将又身を軍籍に有し乍らの此の不始末に対しては、何とも御詫を申上くる言葉を有しませぬ。
当日、手控を求により侍従長に交付し置けり。
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