史料にみる日本の近代 -開国から戦後政治までの軌跡-

総理所信表明演説草案 経済之部

総理所信表明演説草案 経済之部

※1コマ~5コマめのみテキスト化しました。
※印字されている原史料に手書きの加筆修正を反映してテキスト化しました。



[極秘]

総理所信表明演説草案 (経済之部)

わが国の経済は昭和三十三年以来、引続き旺盛な拡大を続けて、本年度の国民総生産は十六兆六千億に達する見込であります。この数字は、わが党の九%三ヶ年計画において三十八年度の達成目標として掲げ十七兆六千億円に対し、初年度において、実にその九四%を示し、昨年度の実績十四兆五千七百億円に対しては実質十パーセント、所得倍増計画に予定した昨年度のそれに比し、実質十七.七パーセントの成長に当り、経済拡大の速度は、われわれの予想をはるかに上廻つておるのであります。このことはわが国民の逞しい成長力を物語るものであり、その国民の能力が、所得格差という落差を媒体として大きい動力源と化し、産業構造と就業構造の高度化を実現しつつあることを示すものであります。これによりすべての国民に、その能力を十分に発揮し得る機会と条件が形成されると共に、わが国経済の国際的競争力の根基を培うことができるのでありまして、私は、その意味において、われわれがとつている成長政策の根本は、正しい方向を指向し、時代の要請に応えるものであることを確信しております。
しかしながら、経済の成長は、当然に経済諸要因に変動をもたらすことは否めないことでありますが、近来の成長率が予想以上著しいものであるため、物価の一部、国際収支、雇用、輸送、等の経済要因に異常な緊張を生み、これを巡つて活発な論議が交されておることは御承知の通りであります。
われわれの当面する課題は、従つてかかる緊張状態の精細な分析を通して現状を正しく把握し、進み過ぎた部面に対してはこれを抑制し、後れた部面に対してはこれを捉進するよう、適切な調整を講じ、所得倍増計画の健実な遂行をはかることにあるのであります。私はこの見地に立って、物価と国際収支の問題に焦点をしぼりつつ、政府の基本的見解を明らかにいたしたいと存じます。
卸売物価はここ数年間、供給力の飛躍的充実に支えられて、木材を除いてはおおむね安定した動きを示しております。そしてこの供給力は、技術革新をテコとした旺盛な合理化投資により、益々充実する方向にありますので、卸売物価の基調は、大体において、弱含みに推移するものと判断しております。従つて政府としての施策は、特に供給の弾力性を欠く木材等の供給力の増加にその重点を指向してまいる所存であります。
消費者物価は昭和三十年以来約八%内外の上昇を示し、本年に入つてからも住居費、雑費、食料費を中心に上昇傾向を辿つております。この上昇率は欧米先進諸国のそれに比し相当低位にあり且つ国民の実質所得も増加を見ているとは言え、われわれにとつては大きい関心事であり、われわれは今後共国民各層の実質所得の水準の着実な向上を期しつつ、物価対策に十分対処してまいる所存であります。
消費者物価は、御承知のように、卸売物価と異り、生産性向上の容易でない第一次及び第三次産業部門の状況を反映する関係上、経済の成長過程においてはその上昇傾向を抑えることは必ずしも容易な業ではないのであります。政府は内外にわたる消費物資の供給力の増加、生産性の向上による売価の実質的低下、流通秩序の改善等を通して、極力その上昇を抑える措置を講じております。
サーヴイス部門は生産性向上の弾力性に最も乏しい部門でありますが、この部門で働いている国民にも、経済成長の果実が一様に均霑される様配慮することは、政府の責任であると共に、わが国経済の健全な発展を期待するためにも必要なことであります。従つて政府としては、適正な料金の改善を容認すると共に、一部便乗的な値上げはこれを規制する措置を講じております。
就中電気、瓦斯、水道、運賃等の公共料金については、政府は最も慎重に対処し、当分の間、これを認めない方針を堅持してまいりましたが、今後共この基本方針を踏襲してまいる所存であります。しかしこの種公共料金は、戦後わが国経済の復興を速かに達成する必要上、永い間対戦前倍率を一〇〇乃至二〇〇倍程度に政策的に抑えてきたため、この部門の合理化計画とサーヴイスの改善計画が不当に制約されていることと、賃銀の引上げによる経理上の圧迫も併せ考慮し、最小限度の是正は必要であると考えております。
次に国際収支特に経常収支の問題であります。
本年に入つてから輸出は前年同期比六%程度の増加を見ているが、輸入は二十七%という著しい増勢を示し、経常勘定は大幅の赤字を記録しました。他面資本取引面における巨額の黒字にも不拘、外貨準備高は、遂月減少の一途を辿りつつ今日に至りました。しかも輸出入の先行きを示す信用状は、八月に入つて漸く黒字に転じたものの、その快復歩調は順調でなく、近い将来に明るい見透しを期待することは容易でない情況にあります。もとよりこれは、わが国経済の予想以上の逞しい成長の結果であり、特に自由化に備えての旺盛な合理化投資に因るところが多く、この事は、将来企業体質の改善を通じてわが国の国際収支のより高い水準における均衡を具現する大きい力であつて、それ自体憂うべきことではないのみならず、産業界人の営々たる企業努力を私は高く評価するものであります。
しかしながら、これがため、当面、国際収支に明るい触光が見えず経済人の心理的不安を醸成していることもまた事実であります。従つて政府は、経済成長政策の堅実な遂行を期するため、さきに輸出振興のための一連の措置を実行いたしましたが、七月下旬には、日銀の公定歩合の引上げに続き、設備投資を一割程度抑制するよう経済界に勧奨してまいりました。更に去る九月十八日から一部不急不要物資に対する輸入担保率の引上げを、臨時緊急の措置として断行しました。
しかしながら、これらの中輸入の抑制に関するものはあくまでも臨時的措置であつて、事態の好転と共に、速かに取止めるべきものであることは申すまでもありません。
わが国の輸出が現在伸びなやみ状態にあることは、主としてアメリカ向の輸出品たる衣類、毛織物、絹織物、合板、陶磁器等に見られるようなものであつて、鉄鋼、機械等は目覚ましい増加を記録しております。従つて、アメリカ景気の好転に加うるにわが国の有利な交易条件と多様化された国際競争力を活用し、政府の政策そのよろしきを得れば輸出の前途は決して暗いものではないのであります。又日本の経済の成長が、旺盛な設備投資を通して日本の輸入構造を改善し、限界輸入依存率を軽減する方向に働くことを考えれば、当面の輸入増加が必ずしも慢性的なものでないと判断されるのであります。従つて私は長期的に見て、わが国の国際収支の前途を徒らに悲観するものではないのであります。
私は、国民諸君の協力を得て、既定の政策を慎重に展開し、国民の期待に応える所存であります。

しかし、当面の対策が必要。是れにどう対処するか、その方針を示す必要。
どう対処するかがなくては。
失礼、いいわけに終始した
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