剣術家、幕臣、宮内官僚。幕末から明治にかけて剣客として活躍。安政3(1856)年幕府の講武所で剣術の教授方世話役となる。文久3(1863)年浪士組の浪士取扱となり上京。慶応4(1868)年15代将軍徳川慶喜の警固役として精鋭隊頭に任ずる。徳川家存続のため駿府へ赴き、西郷隆盛に談判。勝海舟との会談を実現し、江戸城開城に貢献。維新後、静岡藩権大参事、伊万里県令などを経て宮中へ出仕。侍従や宮内小輔などを歴任し、明治天皇の側近として仕えた。