解説
明治45(1912)年東京帝大卒。外務省に入省し、ロシア・フランス・トルコ・ベルギー大使館などに勤務。満洲事変を機に辞職。昭和7(1932)年衆議院議員に当選(当選11回)。以後、外交通として軍部には批判的態度をとり、大政翼賛会結成にも不参加。一方、8年ジャパン・タイムス社長に就任。戦後、鳩山一郎らと日本自由党結成に加わり、幣原内閣で厚相を務めた。22年民主党結成に参加、総裁となり、片山内閣の外相を務めた。23年3月首相となるが、10月昭和電工疑獄事件で総辞職した。以後、改進党時代には日本国憲法のもとでの再軍備論を唱えた。
関連資料
リサーチ・ナビ
電子展示会「日記の世界」より
電子展示会「あの人の直筆」より