解説
東京女子大学を中退、大正11(1922)年にアメリカへ留学してホイートン大学卒、ミシガン大学大学院で美学を学び哲学博士となり、同大学院助教授、バージニア州ホリンス大学助教授を歴任。その後、米国議会図書館で日本文化に関する書籍・資料の要職を務めたが、戦争が始まり、昭和17(1942)年に日米交換船で強制帰国。戦後はGHQ(連合国軍総司令部)の顧問や参議院外務専門調査員、国家公安委員など多くの委員を務めた。その一方で、アメリカの文化に精通している評論家として幅広く活躍した。
関連資料
著作
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