解説
父は鹿児島藩士、漢方医前田善安。慶応元(1865)年長崎へ藩費留学して「語学塾」に学ぶ。『和訳英辞典』(『薩摩辞書』)を高橋新吉及び兄の献吉と発行。明治2(1869)年フランスに留学し、8年二等書記生としてフランス公使館勤務。帰国後、11年仏国博覧会事務官長となる。17年『興業意見』を著し、殖産興業に努める。21年山梨県知事、22年農商務省工務局長、23年農商務省次官を歴任するも、同年陸奥宗光農商務相と対立して下野。以後全国を行脚し、地方産業振興運動や実業団体の組織化を推進、「布衣の農相」と評された。貴族院議員。男爵。
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