明治41(1908)年東京帝大法科大学卒。同年外務省へ入省。フランス、中国、本省と勤務し、大正10(1921)年ワシントン会議全権委員随員、15年常設国際連盟事務局事務次長兼政務部長となる。昭和8(1933)年国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任し、東京五輪招致に尽力。9年イタリア駐箚特命全権大使、12年フランス駐箚特命全権大使を歴任した。法学博士。