外交官、政治家。郷士・長野家に生まれ、蘭方医の伯父松木宗保の養子となり松木弘安と称し、蘭学を学ぶ。安政3(1856)年幕府の蕃書調所教授手伝、文久元(1861)年幕府の遣欧使節随行、慶応元(1865)年薩摩の英国留学生を引率して渡欧。維新後は外国官判事、駐英公使をへて、明治6(1873)年参議兼外務卿に就任。樺太・千島交換条約の締結、対米関税自主権回復交渉などに当たり、創業時の外務省の整備充実に尽力した。その後元老院議長、枢密院副議長等を歴任、17年伯爵。