蔵書家らとの交友で知られる「不忍文庫」の主
(やしろひろかた)
1758-1841(宝暦8年-天保12年)
通称:大郎、太郎吉
号:輪池、諱:詮虎、のち詮賢、弘賢などと改める
学者、幕臣
幕臣の子に生まれ、幼少から書を学び、天明2年(1782)に江戸幕府の書役として登用される。寛政4年(1792)に御祐筆所詰支配勘定役、のち表祐筆勘定格となった。84歳で死去。
典の書誌的研究にすぐれ、塙保己一(はなわほきいち 1746-1821)の『群書類従』の編刊にも参加した。文政頃より幕命によって『古今要覧稿』の編集に従ったが、未完に終わった。また『諸国風俗問状』を諸国へ送って、歳時習俗の集大成を計画した。著書は『輪池叢書』ほか多数。
「不忍文庫」(しのばずぶんこ):40x21mm
蔵書は5万巻といわれ、和漢を問わず多方面にわたって豊富であった。不忍池近くの宮下に書庫があったことから「不忍文庫」と呼んだ。
死後、3棟あった書庫のうち2棟は知遇を受けた徳島藩藩主蜂須賀斉昌に献納され、「阿波国文庫」の中核となった。
国立国会図書館は約250点を所蔵。丹緑本『強盗鬼神』(国立国会図書館デジタルコレクションに収録)などがある。ほかに静嘉堂文庫、国立公文書館内閣文庫などに所蔵されている。
同時代の蔵書家として名高い小山田与清(おやまだともきよ 1783-1847)、大田南畝らとともに蔵書の貸借や情報交換を行うネットワークの中心人物となっていた。
徳齋原義正道著『先哲像傳 第3冊』【か-74】
森銑三著『屋代弘賢』(森銑三著作集7 中央公論社 1971)【US21-28】