小説家、劇作家。中学時代から河東碧梧桐に師事し、俳句に傾倒。俳号を三汀(さんてい)とし、俳人としても知られる。その後劇作を志し、大正3(1914)年第3次『新思潮』に発表した戯曲「牛乳屋の兄弟」が上演され好評を博した。夏目漱石に師事し、長女筆子に失恋。その経緯を「蛍草」(1918)、「破船」(1922、1923)などの長編小説にえがき、流行作家となった。戦後、川端康成、高見順らとともに鎌倉文庫を設立。鎌倉文士の一人。
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