近代日本人の肖像

東海林 しょうじ 太郎 たろう

生没年
明治31年12月11日 〜 昭和47年10月4日
1898年12月11日 〜 1972年10月4日)
出身地
秋田県
職業・身分
芸術家

解説

歌手。大正12(1923)年早稲田大学研究科修了。南満州鉄道で鉄嶺(てつれい)図書館などに勤務後退職、声楽家の下八川(しもやがわ)圭祐に師事する。昭和8(1933)年に時事新報主催の音楽コンクールで入賞、9年ポリドールから「赤城の子守唄」を発売しヒットする。その後も歌謡曲の分野で「国境の町」「野崎小唄」「麦と兵隊」などのヒット曲を残し、燕尾服を着て直立不動で歌う姿でも有名となった。38年日本歌手協会設立と同時に初代会長に就任、40年に紫綬褒章を、44年に勲四等旭日小綬章をそれぞれ流行歌手として初めて受章した。

関連資料

著作

歴史的音源

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テーマ別音源紹介「国民的歌手・東海林太郎の世界」

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東海林 しょうじ 太郎 たろう

東海林太郎の肖像
  • 東海林太郎の肖像1枚目
  • 東海林太郎の肖像2枚目
  • 東海林太郎の肖像3枚目
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