力士。少年時代から力自慢で知られ、板垣退助らの勧めで明治32(1899)年友綱部屋に入門。44年第22代横綱に昇進。突き技を得意とし、その強烈さは四十五日(一月半=一突き半で勝負がつく)と称された。梅ヶ谷・常陸山後の角界の第一人者として、無敵を誇った。一敗を挟んで43連勝と56連勝を記録。幕内195勝27敗10分5預73休。大正7(1918)年年寄東関となるが、程なくして角界を去る。