今宵の物語もついに最終話。ここからは皆様にも探偵になっていただき、探偵小説ならではの魅力、犯行のトリックに挑戦いただきましょう。
江戸川乱歩は、国内外の探偵小説で用いられているトリックを「類別トリック集成」として分類・整理しました。第四話では、主にこの「類別トリック集成」の分類に基づき、探偵たちを悩ませてきたトリックの観点から、海外の作品も含めて紹介します。
探偵小説のトリックといえば、密室における事件を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。江戸川乱歩は密室トリックについて、「探偵小説は、一見不可能に見える異状な謎を、機智と論理によって、明快に解いてみせる面白味が中心となっているものだが、そういう興味の典型的なもの」(『探偵小説の「謎」』【904-E22t】)と述べています。
密室トリックの古典的な名作として、ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』(原題 : Le mystère de la chambre jaune)が挙げられます。探偵小説家の高木彬光は「トリックの素晴らしい独創性、犯人の意外さ、プロットの巧妙さの点においては、古典探偵小説の最高峰といえるばかりではなく、現代探偵小説の中にもこれに勝る作品はいくつもあらわれてはいない」(『探偵小説 : 随筆』【904-Ta175t】)と述べています。
密室トリックが日本で隆盛するきっかけとなった作品が、横溝正史の『本陣殺人事件』です。本作は、日本家屋を舞台にした密室トリック作品の第一作と言われ、第三話でも登場した金田一耕助のデビュー作でもあります。
探偵小説を読んで、思いもよらない犯人に驚かされることがあります。世界初の探偵小説であるエドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人』(原題 : The Murders in the Rue Morgue)も、犯人の意外性が際立つ一作です。
舞台はパリのモルグ街。大邸宅で起きた密室殺人。その犯人は一体… 答えを知りたい方はこちらの本をお開きください。
犯人にまつわるトリックとして、一人二役トリックがあります。ロバート・ルイス・スティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』(原題 : A Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)は、「一人二役」という発想の源流に挙げられ、科学者であるジキル博士と性悪なハイド氏が登場し、善と悪の倫理的な対立を書いた作品として知られています。
日本でも一人二役トリックを用いた探偵小説は多く創作されてきました。乱歩の『何者』は、戦前のとある陸軍高官の自宅で、主人の息子の青年が銃撃されるという事件を扱っています。乱歩の作品の中では必ずしも有名な作品ではありませんが、そのトリックについて乱歩は「内外に前例のない独創のトリックにはちがいないと思う」(『江戸川乱歩全集6』【913.6-E22e5】)と語り、自信をのぞかせています。
隠された死体や凶器を探すという作品も、探偵小説の定番ではないでしょうか。
乱歩が隠し方の「最もすぐれた例」(『探偵小説の「謎」』【904-E22t】)と評する作品が、エドガー・アラン・ポーの『盗まれた手紙』(原題 : The Purloined Letter)です。本作では、探す者の心理的盲点を突いて作中で重要な役割を果たす手紙が隠されます。
乱歩の『夢遊病者の死』では、犯行に使用された凶器が消えてしまいます。ある夏の日の朝、主人公は庭で遺体を発見します。鈍器により殴打され死亡したと考えられましたが、現場には一束の花以外、凶器になりそうなものが何も残されていませんでした。
殺された人物が誰か分からない、「顔のない死体」と呼ばれるトリックがあります。ただ、多くの作品で用いられたため、昭和20年代後半にはすでに衰退していました。
しかし、戦後、高木彬光はデビュー作『刺青殺人事件』にて「顔のない死体」ならぬ「胴体のない死体」トリックを用いて読者を驚かせました。このトリックには、もう一つ重要なトリックが組み合わされており、高木は、使い古されたそのトリックの「一つの新境地を開いた」(『探偵小説 : 随筆』【904-Ta175t】)と語っています。
日本の探偵小説の一つの特徴として、鉄道などの交通機関を利用したアリバイ操作、いわゆる「時刻表トリック」の発達があります。これは、日本の鉄道が時間に正確な運行をしていたことに加え、時刻表が社会に浸透していたことが背景として挙げられます。
日本で時刻表トリックを用いた先駆けとされる作品が蒼井雄『船富家の惨劇』です。実在の地名と実際の列車ダイヤに則したアリバイ作りがされており、その迫真性が魅力的な作品です。
時刻表トリックを用いた代表的な作品に、松本清張『点と線』が挙げられます。作中では、病床に伏す人物が時刻表を見ながら、交差する汽車と乗っている人々の行動について空想し、その愉しみを綴るシーンがあります。清張は「当時、自分が考えていたことをそのまま出したつもりである」(『黒い手帳:随筆』【914.6-M335k】)と述べています。
探偵小説によく登場する要素の一つとして、暗号とその解読が挙げられます。
乱歩のデビュー作である『二銭銅貨』では、暗号の解読が作品の大きな魅力となっています。次の暗号は、一見すると「南無阿弥陀仏」を繰り返し書いているようにも見えます。主人公の友人は、とある点に着目してこの暗号を解読します。
甲賀三郎の『琥珀のパイプ』も暗号が登場する作品として有名です。
この暗号はある場所を示しているのですが、皆様はたどりつけるでしょうか。
江戸川乱歩は、暗号を用いた『二銭銅貨』でデビューする前の学生時代に「暗号記法の分類」という文章を雑誌に投稿していました。
しかし、後に乱歩は「類別トリック集成」でこう述べています。
「戦争のおかげで、暗号記法が非常に進歩し、自動計算機械で複雑な組合せを作るようになったが、こうして機械化してしまうと、以前、暗号というものに面白味を与えていた機智の要素が全くなくなって来るので、小説の材料には適しなくなった。現代から暗号小説というものが 殆んど影を消した所以である。」
乱歩にとって暗号とは機知にとんだ魅力的なものであって欲しかったということなのでしょう。また、時代によってトリックも変わりゆくことも示唆されています。
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