明治の錦絵
江戸時代には浮世絵にも検閲があり、主に政治批判、風紀風俗の乱れ、奢侈という3点が取り締まりの対象で、幕府に対する批判が少しでも疑われれば処罰されました。また徳川家や同時代の事件や出来事を題材にすることは禁じられていました。明治8(1875)年に検閲は廃止されましたが、改印に代わって作者と版元の住所氏名を明記することが義務づけられました。
錦絵新聞
横浜絵・開化絵
上野公園
花見
女性は洋傘を手に、男性はシルクハットをかぶっています。
博覧会
明治10(1877)年に第1回内国勧業博覧会 が開催されました。これは博覧会開場式を描いた錦絵で、壇上には明治天皇と皇后、左手前には各国公使が描かれています。
こちらは第3回内国勧業博覧会 を描いたもの。現在、東京国立博物館がある場所が博覧会会場でした。その右側には蒸気機関車が見えます。
江戸城内
江戸時代には禁止されていた江戸城内の様子も描けるようになりました。楊洲周延が描いたシリーズものの錦絵『千代田之御表 』、『千代田の大奥 』では将軍や大奥の年中行事や日常を垣間見ることができます。
将軍の前で武術の鍛錬を行う様子。
江戸城内での花見の様子。
光線画
明治に描かれた錦絵に「光線画」と呼ばれるものがあります。光線画とは西洋絵画の遠近法、陰影法、明暗法といった手法で光を表現した浮世絵で、明治9(1876)年に小林清親によって始められ、版元の松木平吉が名付けたといわれます。小林清親は写真術を下岡蓮杖に、西洋画法をワーグマンに、日本画を川鍋暁斎・柴田是真に学び、それらの技法を総合して光線画を生み出しました。清親は明治14(1881)年から光線画を描かなくなりますが、弟子の井上安治は明治22(1889)年に亡くなるまで描き続けました。
赤絵
これまでに見てきたように、明治の錦絵では鮮やかな赤が特徴です。江戸末期になると、ベロ藍やアニリン(赤)、ムラコ(紫)といった人口顔料が輸入され、安くて発色もよいことから多用されるようになりました。輸入顔料により浮世絵の色合いはより鮮明になります。特に明治になると毒々しいまでの赤や紫が目立つようになり、特にアニリン染料を使った赤色が目立つところから赤絵と総称されました。明治初期の錦絵はその鮮やかな色合いからか、現代ではあまり人気がないようです。しかし、樋口弘は『幕末明治開化期の錦絵版画』の解説の中で、「赤、青、紫の原色ドギつき色調の間にも如何にも明治の跳躍し、伸び上らんとする時代の産物なるを思はせるものがある。」として、新しい色彩が明治という時代を象徴しているようだと述べています。
錦絵の衰退
明治初年頃から20年代にかけて、活版や石版といった西洋の印刷技術が続々と日本へ伝わって実用化され、大量印刷が可能になります。明治3(1870)年に『横浜新聞』が活版の日刊紙として発行されました。明治14(1881)年頃からは石版が流行し、明治22(1889)年にはその全盛を迎えます。また、同年には小川一真がアメリカで学んだコロタイプの製版工場を開き、星野錫もアートタイプ(コロタイプに同じ)を日本に紹介しました。明治23(1890)年には堀健吉によって写真亜鉛版の製版法が実用化され、写真が印刷できるようになりました。
発行までのスピードや写実性、価格の面で印刷に劣る錦絵は、徐々に衰退していきます。明治27(1894)年に始まった日清戦争では戦争錦絵の売れ行きがよく、人気が復活したかに見えました。しかし、明治37~38(1904~1905)年の日露戦争では、3色分解や、平版による大量のカラー印刷ができるようになったことや、逓信省発行の戦役記念絵葉書が爆発的に売れて、絵葉書が大流行したことなどからあまり人気が出ませんでした。
明治40(1907)年の『朝日新聞』の「錦絵問屋の昨今」という記事には「江戸名物の一に数へられし錦絵は近年見る影もなく衰微し(略)写真術行はれ、コロタイプ版起り殊に近来は絵葉書流行し錦絵の似顔絵は見る能はず昨今は書く者も無ければ彫る人もなし」(10月4日朝刊)とあり、このころになると錦絵がほとんど出版されなくなった様子が窺えます。
引用・参考文献
- 検閲・メディア・文学 = CENSORSHIP,MEDIA,AND LITERARY CULTURE IN JAPAN : 江戸から戦後まで / 鈴木登美, 十重田裕一, 堀ひかり, 宗像和重編 東京 : 新曜社, 2012 <請求記号:UM71-J5>
- 文明開化風俗づくし : 横浜絵と開化絵 / 野々上慶一 編著 東京 : 岩崎美術社, 1978 (双書美術の泉 ; 36) <請求記号:KC16-713>
- 幕末明治開化期の錦絵版画 / 樋口弘編 東京 : 味灯書屋, 1943 <請求記号:733-H448b>
- 明治の浮世絵師と西南戦争 : 平成23年度鹿児島大学附属図書館貴重書公開 / 高津孝編・執筆 ; 丹羽謙治執筆 鹿児島 : 鹿児島大学附属図書館, 2011 <請求記号:Y121-J6383>