熾仁親王 たるひとしんのう 

生没年
天保6年2月19日 〜 明治28年1月15日
1835年3月17日 〜 1895年1月15日)
出身地
京都府
職業・身分
公家・旧大名 政治家 陸軍軍人
別称
歓宮(よしのみや、幼称)、有栖川宮(宮号)

解説

有栖川宮第9世。有栖川宮幟仁親王の第1王子。嘉永元(1848)年仁孝天皇の猶子となり、翌年親王宣下。4年仁孝天皇皇女和宮と婚約したが、和宮が徳川家茂に降嫁のため沙汰止みとなる。幕末以降国事に奔走し、慶応3(1867)年総裁職に就任し、戊辰戦争では東征大総督となり官軍を率いて東下、江戸に入った。明治10(1877)年西南戦争には征討総督として出征、その後陸軍大将となり、参謀本部長、参謀総長となる。日清戦争中に病没。

関連資料

電子展示会「あの人の直筆」より

SNSでシェア

熾仁親王 たるひとしんのう 

熾仁親王の肖像
  • 熾仁親王の肖像1枚目
  • 熾仁親王の肖像2枚目
  • 熾仁親王の肖像3枚目
出典: