論点

6 地方自治

1 米国の方針

明治憲法には、地方自治に関する規定は存在せず、地方制度は、中央が地方に対して優位する集権的なシステムがとられていた。

GHQ民政局は、1945(昭和20)年10月の発足直後から、ティルトンを中心として、日本の地方制度の研究に着手した。研究の要点は、第一に、中央集権から地方分権へ、第二に、知事・市町村長の直接公選制の導入にあった。また、ラウエル法規課長は、「日本の憲法についての準備的研究と提案のレポート『日本の憲法についての準備的研究と提案のレポート』の解説の中で、「地方への権限と責任の分与」を重視し、都道府県および市町村に一定の範囲内で地方自治を認める規定を設けるべきであると提案していた。

1946(昭和21)年1月、米国政府からマッカーサーに対して「情報」として伝えられた「日本の統治体制の改革(SWNCC228)『日本の統治体制の改革(SWNCC228)』の解説は、「都道府県の職員は、できる限り多数を、民選にするかまたはその地方庁で任命するものとする」という指針を示すとともに、都道府県議会および市町村議会の強化の必要性を指摘した。

2 日本側の検討

憲法問題調査委員会(松本委員会)は、全体として、明治憲法の部分的な手直しでよいとする意見であったので、明治憲法に存在しなかった地方自治に関する規定を改正憲法の中に取り入れるために検討を行うことはなかった。また、内大臣府の調査における佐々木惣一の案(「帝国憲法改正ノ必要『帝国憲法改正ノ必要』の解説)を除き、当時の政党や民間の憲法改正案には、地方自治に関する条項を有するものはほとんどなかった。この佐々木案は、「自治ハ民意主義ニ依ル国ノ統治ノ基礎地盤」という考えの下に、自治に関する章を設け、(1)国が必要により自治団体を設ける、(2)自治団体の事務には、住民が選任した機関があたる、としていた。

3 GHQ草案の起草

GHQにおける改正案の作成が開始され、ティルトンを責任者とする民政局行政部の「地方行政に関する委員会」の作成した試案『試案』の解説は、地方公共団体に権限を与えすぎているとして「運営委員会」において破棄された。「運営委員会」が改めて作成した案『「運営委員会」が改めて作成した案』の解説は、地方自治を強く主張する立場と、中央政府による統治に理解を示す立場が折衷されたものとなった。

最終的な「GHQ草案『GHQ草案』の解説では、「地方行政」の章に、(1)住民が、知事、市長、町長、議員、主要職員を直接選挙する(第86条)、(2)首都・市・町住民が財産、事務および行政を処理し、住民が国会が制定する法律の範囲内において憲章(charter)を定める権利を保障する(第87条)、(3)国会が特定の地方に対する特別法を制定する場合には有権者の同意を条件とする(第88条)との規定が置かれた。

4 日本政府案の作成と帝国議会の審議

GHQ草案をもとに日本政府が作成した「3月2日案『3月2日案』の解説は、第8章の名称を「地方自治」とし、冒頭に「地方公共団体ノ組織及運営ニ関スル規定ハ地方自治ノ本旨ニ基キ法律ヲ以テ定ム」という、GHQ草案にはない規定を置いた(第101条)。日本側がこの規定を挿入した理由は、地方自治に関する条項を憲法に置く以上、総則的なものを置いた方がよい、という考えに基づくものであった。また、GHQ草案の各条では、地方自治体の種類を、府県、市、町などと書き分けてあったものを、「地方公共団体」という言葉で一括した。これにより、どの自治体が「地方公共団体」として自治権を持つかを、法律で定めることも可能となった。GHQ草案第87条は、3月2日案では、「法律ノ範囲内ニ於テ条例及規則ヲ制定スルコトヲ得」となり、住民の定めることができるのは、「憲章」ではなく、「条例」であることが明確となった。さらに、GHQとの交渉を経て作成され、3月6日に公表された「憲法改正草案要綱『法改正草案要綱』の解説では、「地方公共団体ハ、…法律ノ範囲内ニ於テ条例ヲ制定スルコトヲ得ベキコト」と規定され、条例制定権の主体が、住民ではなく地方自治体に変更された。GHQ草案の第88条は、ほぼそのまま「3月2日案」および「帝国憲法改正草案要綱」に取り入れられた。

衆議院、貴族院における「帝国憲法改正案『帝国憲法改正案』の解説の審議においては、「地方自治の本旨」の意味、地方公共団体の長の直接公選制の問題等について質疑が行われたが、大きな争点とならず、地方自治の章は原案どおり可決された。

日本国憲法において新たに設けられた地方自治の規定の趣旨に基づき、地方自治法等が制定され、地方自治の様々な制度が整えられた。しかし、国が地方行政に深く関与する戦前の仕組みが残存したことから、国と地方のあり方が、これまで繰り返し論議されてきた。そして、新しい世紀を迎え、地方分権の流れが加速する中で、現在、「地方自治の本旨」、地方公共団体の設置形態、条例の性質、住民参加の方式等が改めて議論の対象となっている。

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