論点

5 違憲審査制

1 民間の憲法草案と政府部内の憲法試案

日本国憲法第81条の違憲審査制とは、司法裁判所(下級裁判所を含む)に違憲審査権を与え、憲法に違反する国家行為(法令・行政処分・判決など)を無効にする仕組みである。それは、米国において判例で確立した制度を模範として設けられたものであり、戦前の明治憲法にはなかった制度である。この米国型の司法裁判所による違憲審査制の構想は、日本進歩党の「憲法改正要綱『憲法改正要綱』の解説(二十二)や憲法懇談会の「日本国憲法草案『日本国憲法草案』の解説(第62条)、稲田正次の「憲法改正私案『憲法改正私案』の解説(第5章)など、民間の憲法草案に示されていた。

他方、わが国では、戦前、大陸型の憲法裁判所の導入の是非をめぐる議論の展開があった。「憲法裁判所」とは、実際に争訟・事件が起こらなくても、法律が憲法に違反するなどとして、特別に設置された裁判所に、抽象的な憲法判断を求めることができる制度である。それは、第一次大戦後、オーストリアで創設され、第二次大戦後、ドイツ・イタリアなど、ヨーロッパ大陸の諸国に普及したことから「大陸型」違憲審査制とも呼ばれている。佐々木惣一内大臣府御用掛「帝国憲法改正ノ必要『帝国憲法改正ノ必要』の解説(第78条)や大池真憲法問題調査委員会委員「帝国憲法改正私案『帝国憲法改正私案』の解説(第77条)など政府部内の憲法試案に、この大陸型違憲審査制の構想を見てとることができる。

しかし、こうした米国型または大陸型の違憲審査制の構想が憲法第81条の規定に結実したのではなかった。

2 GHQ草案

憲法第81条の原案は、GHQ民政局において作成された。その作成の指針とされた「日本の統治体制の改革(SWNCC228)『日本の統治体制の改革(SWNCC228)』の解説には、国会の立法について、国会以外の機関は「暫定的拒否権」を有するにとどまるものとされていた。これは、立法を違憲とする司法裁判所(下級裁判所を含む)の判断とそれを合憲とする国会の判断とが対立した場合、国民を代表する後者の判断が最終的に優位するとの考え方を示したものである。

これを受けてGHQ民政局の「司法権に関する委員会」が起草した試案では、憲法の基本的人権に関する規定の違憲審査は、最高裁が最終的に権限を有するが、その他の憲法規定に関する審査は、国会がこれを再審査し、最終的に確定すべきものとされていた(GHQ試案『GHQ試案』の解説)。これに対して、「運営委員会」において、最高裁が違憲審査権を行使することで、最高裁判事による「寡頭政」が出来上がるのではないかとの危惧が表明された。しかし、審議の結果、全体として国会の権限は非常に強化されており、また、国会には基本的人権の規定に関する判断以外の一切の憲法判断を再審査する権限が与えられているので、そうはならないだろうとされた(民政局憲法起草委員会エラマンノート『民政局憲法起草委員会エラマンノート』の解説)。これが、GHQ原案『GHQ原案』の解説(第60条)にまとめられ、「GHQ草案『GHQ草案』の解説第73条として日本政府に提出された。

3 日本政府の起案と枢密院および帝国議会での審議

日本政府は、GHQ草案をもとにして、1946(昭和21)年2月28日に初稿『初稿』の解説、3月1日に第二稿 『第二稿』の解説を作成、翌日には、第二稿の案文を整理した「3月2日案『3月2日案』の解説を脱稿し、4日からのGHQとの交渉に臨むことになった。GHQとの交渉に用いた3月2日案は、GHQ草案第73条中にあった最高裁の判断に対する国会の再審権に対して、日本側が大きな疑問を持ちながらも、それを一応とり入れた形のもの(第81条)であった。しかし、GHQとの交渉の際、最終的な違憲審査権限について、日本側が、「三権分立ノ見地カラ云ヘバ国会ヨリモ裁判所トスルヲ可ト信ズ」と述べたところ、GHQ側は、あっさりこれに同意した(「三月四、五両日司令部ニ於ケル顛末『三月四、五両日司令部ニ於ケル顛末』の解説)。そこで、3月6日の「憲法改正草案要綱『憲法改正草案要綱』の解説では、「最高裁判所ハ最終裁判所トシ一切ノ法律、命令、規則又ハ処分ノ憲法ニ適合スルヤ否ヲ決定スルノ権限ヲ有スルコト」(第77条)という形で、国民に公表された。その後、口語体で条文化された4月17日の「憲法改正草案『憲法改正草案』の解説第77条では、「(第1項)最高裁判所は、終審裁判所である。(第2項)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する。」として、二つの項に書き分けられた。

その結果、枢密院の審議において、要綱では明確であった下級裁判所の違憲審査権の行使が、4月17日案では、否定されることになりはしないかが問題となった(「枢密院委員会記録『枢密院委員会記録』の解説)。また、衆議院の審議でも、下級裁判所の違憲審査権の存否について、枢密院におけると同様の危惧が表明されたことから、下級裁判所も、それを持つことを明らかにする趣旨で、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」(第81条)と修正された(衆議院修正可決「帝国憲法改正案『衆議院修正可決「帝国憲法改正案」』の解説)。

4 違憲審査権の性格

憲法第81条は、一般に、米国型の違憲審査制を採用したものと解されている。また、裁判所においても、この理解を前提とした制度の運営がなされてきた。しかし、最高裁は、違憲審査権を抑制的に行使し、これまで、国家行為を違憲とした判決は数例にとどまる。そこで、憲法裁判の活性化のために、第81条を改正し、大陸型の違憲審査制を導入した方が良いのではないか、といった見解が表明されている。また、現行第81条の下で、立法措置により、一定の抽象的な違憲審査制を導入することは、司法裁判所としての最高裁の性格に反するものではない、との憲法解釈もなされている。

しかし、他方で、こうした大陸型への転換により、司法が政治化すると同時に、政治が司法化することになるのではないか、との恐れが表明されている。また、最高裁の違憲審査の現状を考えた場合、新たに憲法裁判所を設置し、抽象的な違憲審査制を導入するだけで、その現状を打破し、日本の憲法裁判を活性化することができると早計に結論づけるべきでない、との批判もなされている。

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