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4-17 終戦工作
昭和19(1944)年8月末、小磯内閣の米内光政海相のもとで、井上成美海軍次官より終戦工作の密命を受けた高木惣吉は、海軍省教育局長の職を辞し、重臣・陸海軍人・皇族等の間を頻繁に往復しながら情報の収集、調整に奔走した。
昭和20(1945)年4月7日、鈴木貫太郎内閣が成立。戦局の悪化の中で、ソ連を仲介とした和平交渉等を模索する一方で、「国体護持」を至上命題とする上層部は、7月26日に米英中三国から示されたポツダム宣言を「黙殺」した。翌月、2度にわたる原爆投下、ソ連の参戦を経て、8月14日の御前会議はポツダム宣言の受諾を決定。15日の終戦を迎えた。
[日誌 高木惣吉]
- 昭和20年5月5日~8月17日
- 高木惣吉関係文書 10
- 国立国会図書館