第2部 トピックで見る

4. 海外知識の受容
(2)暮らしの中の異国 (1)

ここでは江戸時代の民衆生活の中に入りこんだ、オランダからの輸入品やイメージなどを紹介する。

長崎~異国への窓

オランダとの貿易によってもたらされた文物は、徐々に一般市民の生活にも入ってくるようになった。まずは海外貿易の窓口である長崎を旅した人々の報告を見てみよう。

長崎虫眼鏡

大坂 富士屋長兵衛 元禄17(1704)刊  2冊 <WB1-1>

本書は長崎に来遊した江原某の見聞を記したもの。出島の図などの挿絵もある。「異国渡端物字尽いこくわたりたんものじつくし」には「べるへとわん」「さんとめじま」「ころふくれん」など舶来の布の名が列記される。

西遊旅譚

5巻 司馬江漢作・画 寛政2(1790)刊 5冊(合2冊) <104-51>

  • 「西遊旅譚」

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司馬江漢は天明8年(1788)に長崎を訪れている。本書はその旅行記で、瑠璃灯(シャンデリア)や肖像画がかかるオランダ商館の内部など、多くの挿絵で異国情緒あふれる長崎の姿を伝える。

長崎聞見録

5巻 広川獬著 京都 菱屋孫兵衛〔ほか〕文政1(1818)刊 5冊(合3冊) <139-148>

  • 「長崎聞見録」

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著者の広川獬は京都の医者。寛政3年(1791)から2回、合計6年間長崎に滞在した。コーヒーやオランダ菓子なども紹介する。「紅毛人外科箱の図」は、医業に携わるだけあって、2丁半にわたって丁寧に描かれている。

オランダからの輸入品

オランダ船がもたらした貿易品は、生糸、布、砂糖、香料、染料、皮革などであった。それらは長崎から大坂や江戸に送られ、人々の生活を彩った。

唐物屋

海外貿易は古くは中国との間になされていたため、輸入品は「唐物」(からもの、とうもの、とうぶつ)と呼ばれていた。それは中国以外の南アジアやヨーロッパの品々がもたらされるようになっても変わらなかった。

摂津名所図会

秋里籬嶌著 竹原春朝斎画 浪花 森本太助〔ほか〕 寛政8-10(1796-98)刊  12冊 <W232-N1>

大坂伏見町の唐物屋(巻4大坂部上)では店の奥でエレキテルの実演中、向かって左の棚にはガラス器が並ぶ。画面右上には「ワコクニモ チンプンカンノ ミセアリテ カイテヲヒキダ モクゼンノカラ」の狂歌がアルファベットで書かれ、異国風を醸し出している。

商店の広告に見るオランダ製品
江戸買物独案内

2巻付1巻 中川五郎左衛門編 江戸 山城屋佐兵衛〔ほか〕 文政7(1824)刊 3冊 <123-229>

大阪商工銘家集

〔大阪〕松岡利兵衛 弘化3(1846)刊 1冊 <VF6-W4>

  • 「大坂商工銘家集」(2コマ目)

    大坂の唐物店。沈香・白檀など香木も扱う。

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  • 「大坂商工銘家集」(1コマ目)

    大坂の時計店。「阿蘭陀」の文字が見える。この絵のような和時計もあったが、懐中時計はオランダからの高級輸入品だった。本書は時計商で時計文献収集家堀田両平旧蔵。

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更紗や縞など海外からもたらされた布は、やがて国内でも生産されるほど日本に根付いた。

蘭説弁惑

「ごろふくれん」は「ごろふがれいん」(Grofgreinen)、「さんとめ」は「しんと・とふます」(Sint-Thomas インド・コロマンデル地方の地名)と、蘭学者らしくオランダ語で説明する。ごろふくれんは毛織物、さんとめは縞織物である。

守貞謾稿

喜田川守貞編 自筆 29冊 <寄別13-41>

喜田川守貞(1810生)による、江戸時代の風俗に関する考証随筆。自らの観察も含めた詳細な説明と巧みな挿絵で約700項目を取り上げる。展示箇所は天鵞絨(びろうど)、サントメ、猩々緋、更紗など外国産の布の部分。例えば天鵞絨は「昔は来舶のみを用ふ故に、民間には用ひざりしならん。今は履緒にさへ専らこれを用ふ」とあり、舶来品から国産品になり、民間に普及していった様子がわかる。

更紗

「花布」、「華布」とも書き、主として木綿の布に手書きあるいは型染めで模様をつけたもの。インドやジャワ、ヨーロッパのものが輸入され、やがて和更紗も生まれた。

古渡更紗譜

写 1冊 <わ753-2>

更紗の模様帖。エキゾチックな動植物・人物模様が描かれている。本図左上の模様は「阿蘭陀ツナギ」とある。

浮世姿吉原大全 仲の町へ客を送る寝衣姿 後朝の別れ

渓斎英泉画 江戸 佐野屋喜兵衛 大判錦絵 1枚 <寄別2-5-1-2>

渓斎英泉(1791-1848)は妖しく凄艶な美人画を得意とした浮世絵師。朝になり客を見送る遊女を、艶やかな更紗が彩る。

「縞」は、もともとは「島」を意味し、桟留縞(唐桟留、唐桟。インド・サントメ由来)や弁柄縞(インド・ベンガル由来)など、南方の島々からもたらされた織柄だったことから名付けられた。江戸中期以降は木綿の普及と相まって庶民に大流行し、粋な江戸美人にふさわしい着物として、錦絵にもしばしば描かれた。

梅の魁

歌川国芳画 江戸 伊場屋仙三郎 大判錦絵 3枚続 <寄別7-1-1-5>

染物屋に生まれた浮世絵師歌川国芳(1797-1861)は、本作のほかにも『縞揃女弁慶』シリーズや『大願成就有ケ滝縞』シリーズなどで多種多様な縞柄を描いている。墨絵の背景に、それぞれの縞の着物が映える。

金唐革

金唐革は薄いなめし革に金泥や金箔で模様を描いたもの。ヨーロッパでは主に壁装材として用いられ、日本ではたばこ入れなどの小物として珍重された。『紅毛雑話』にあるバドミントンのラケットも、縁と柄に金唐革を使用する華麗なものである。

装剣奇賞

7巻 稲葉通竜著 浪華 大野木市兵衛[ほか] 天明1(1781)刊  7冊 <139-209>

本書は大坂の刀剣装具商稲葉通竜(1736-1786)による刀剣に関する書。巻6に唐革類図抄があり、金唐革が紹介されている。この画像は、航海で使用されたポルトラーノ海図の模様の革と、オランダ製鏡箱の部分。「甚だ美なる事、この中にて最上のもの也」「至て奇麗也」との感想が添えられている。鏡箱の左側の図の下部にはアムステルダムの金唐革師ハンス・ル・メール(Hans le Maire, 1576-1640)のイニシャルHLMが組み合わされたマークが描かれている。

鼈甲

南海産のウミガメの一種、タイマイ(玳瑁)の甲羅である鼈甲も輸入品。細工物の材料として珍重され、特に女性の髪飾りの櫛や笄としてもてはやされた。

守貞謾稿

女性の髪形・衣服を考証した巻11女扮に鼈甲の考証もある。この画像は守貞の家に伝わった全甲の鼈甲。牛角や馬爪で模造したり、表面だけに薄い鼈甲を貼ってそれらしく見せたものもあったという。「礼晴には鼈甲簪櫛を用ひ、略褻には木制漆櫛に蒔絵の物、簪は銀鍮等を用ひて鼈を用ふ物稀なり」ともある。特別なものだったのだ。

美人画に見る鼈甲細工

青楼美人合

鈴木春信画 江戸 舟木嘉助[ほか2名] 明和7(1770)刊  5冊 <WA32-5>

鈴木春信(1725?-1770)の美人。鏡に向かい化粧をする。櫛、笄には黒の斑点があり、鼈甲であることがわかる。

松葉屋内粧ひ

喜多川歌麿画 江戸 森屋治兵衛 寛政(1780-1801)頃刊 大判錦絵 1枚 <WA33-6>

喜多川歌麿(1806没)の美人。単衣の軽装だが、簪を8本も差して華やかな大首絵。

浮世名異女図会 東都新吉原呼出シ

歌川国貞画 〔江戸 伊勢屋利兵衛〕 大判錦絵 <寄別7-1-1-2>

歌川国貞(初代 1786-1864)の美人。「呼出し」は吉原の最上位の遊女。鼈甲はとても軽いものだが、重そうに見えるほどボリュームのある櫛・笄・簪で盛装する。着物も縞や段更紗で異国風な装い。

香木

南方産で日本には産しない香木は日蘭貿易でも主要な輸入品の一つだった。香木を作法にのっとって観賞する香道は桃山時代に確立した。18世紀には爛熟期を迎え、香道に関する著作が多く執筆されたほか、一般書にも香を聞く作法などが書かれるようになった。

女節用文字袋

山本序周編 月岡丹下画 [大阪] 河内屋八兵衛[ほか1名] 宝暦12(1762)刊 1冊 <わ370.9-12>

  • 「女節用文字袋」

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婦女用の節用集で、「女諸礼しつけ方図」に、饅頭の食べ方や生け花の観賞法と並んで「香のききやう」がある。

本草図譜

巻5-96 岩崎常正著 巻5-8:文政11序刊、巻9-96:写 12冊 <寄別9-1-2-1>

江戸時代を代表する植物図譜。巻77-81の5巻が香木にあてられている。この画像は「丁香」(丁子、クローブ。インドネシア原産)の部分で、左ページには「蘭人シイホルト(=シーボルト)持ち来る物の図」とある。白井文庫

眼鏡・遠眼鏡

眼鏡や望遠鏡などのレンズ製品も舶来のものだった。やがて国内でも生産されるようになったが、眼鏡屋の宣伝は依然として「唐物類紅毛物品々」が惹句となっている。望遠鏡は天体観測のために天文台で使用されたが『寛政暦書』、目の楽しみとしても使われた。

「江戸買物独案内」

江戸買物独案内

青楼美人合姿鏡

北尾重政・勝川春章画 江戸 山崎金兵衞・蔦屋重三郎 安永5(1776)刊 3冊(合2冊) <WA32-4>

4人の美人が富士山の見える窓辺で望遠鏡を手に興ずる。

絵本狂歌山満多山

大原亭炭方撰 葛飾北斎画 東都 蔦屋重三郎 享和4(1804)刊 3冊 <寄別5-6-4-5>

こちらは戸外での遊興。高台からの眺望の楽しみを望遠鏡が引き立てる。なお、本書の版木はオランダ・ライデンの国立民族学博物館が所蔵する。

砂糖・菓子

オランダからの輸入品で多くを占めていたのは実は砂糖。元禄15年(1702)頃が量としては最大で、134万ポンドも輸入され、宝暦期(1750年代)には取引高全体の4割以上を砂糖が占めていた。国内でも生産されるようになり、かつては奢侈品だった砂糖は菓子などの嗜好品として庶民の口にも入る身近なものになっていった。

守貞謾稿

砂糖について、「蘭館の地名を出島と云ふにより、その糖を出島白と云ふ…近世菓子用のみならず一切食類にこれを用ふ」とある。

御前菓子秘伝抄

梅村市郎兵衛編 京都 梅村水玉堂 [享保3(1718)]刊 1冊 <159-74>

日本で最初の菓子製法の書。「あるへいたう」(有平糖)「かすていら」などの南蛮菓子を多く収録するほか、「はん仕やう」とあるパンの製法があるのが珍しい。

  • 「御前菓子秘伝抄」(1コマ目)

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  • 「御前菓子秘伝抄」(7コマ目)

    パンの製法

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和漢三才図会

105巻首巻1巻目録1巻 寺島良安著 刊 81冊 <143-27>

明・王圻編『三才図会』を模して作られた図入り百科事典。「饅頭」の項には「蒸餅は餡の無い饅頭で、オランダ人は毎食1個食べる。これを「パン」と呼んでいる」とある。また、「かすていら」「こんぺいたう」(金平糖)などを絵入り紹介する。

  • 「和漢三才図会」(1コマ目)

    饅頭(パン)

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  • 「和漢三才図会」(2コマ目)

    かすていら

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長崎聞見録
  • 「長崎聞見録」

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広川獬が見聞したオランダ菓子。「麺粉にて造る。裏のあんには、梅肉にさとふを調和し、入れたるもの」とあるので、パイのようなもののようだ。ただし、「悪臭ありて此地の人の口には逢ひがたきもの」だったらしい。

ガラス

「びいどろ」「ぎやまん」などと呼ばれたガラス製品ももとは舶来品。日本で作られるようになってからも、輸入のヨーロッパガラスは尊ばれた。

彩画職人部類

橘岷江画 [江戸] 高津伊助[ほか1名] 天明4(1784)刊 2冊 <寄別5-6-4-3>

大工、鍛冶など28種の職人図から成る。「紅毛人持来れるを始とす…長崎に是を製することを得て…近比は、東都に其職行ハれ、品類数多」と紹介される「硝子吹(びいどろふき)」の図がある。親方の着物は更紗のようだ。

蘭説弁惑

グラスなどさまざまな洋食器を絵入りで紹介。

長崎聞見録
  • 「長崎聞見録」

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「阿蘭陀びん」。「長崎にても製す」とあるが、輸入品の値段が1個5匁~だったのに対し、国産品は2匁5分~と半値だったという。

雪見八景 晴嵐

歌川豊国画 江戸 松村辰右衛門 大判錦絵 1枚 <寄別2-5-1-2>

歌川豊国(1769-1825)が描く雪見舟の中でこたつにあたる美人。ワイングラスが異国情緒を添える。