岩倉具視
[慶応3年]年2月5日([1867年3月10日])
決極 ○大不仁を行ふて、大仁の基を立るの事。○干戈[かんか]を用ひずして、幕夷をひしぐの事。○干戈を用ひずして、六十六州を振[ふるは]せ六十六州大一新の事。
来訪者との面会の記述に続けて、意を決したように書かれた一節です。「幕夷をひしぐ」は倒幕、「六十六州大一新」は日本の思い切った刷新を指すと受け取れます。
[慶応3年]年2月5日([1867年3月10日])
決極 ○大不仁を行ふて、大仁の基を立るの事。○干戈[かんか]を用ひずして、幕夷をひしぐの事。○干戈を用ひずして、六十六州を振[ふるは]せ六十六州大一新の事。
来訪者との面会の記述に続けて、意を決したように書かれた一節です。「幕夷をひしぐ」は倒幕、「六十六州大一新」は日本の思い切った刷新を指すと受け取れます。