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阪谷芳郎
大正12(1923)年9月2日
王子邸を見舞ふ。破損甚し。渋沢大人夫人武之助等、庭に仮り屋を作り居る。正雄氏消息不明の由。大人と相談し、救済及復活に付大方針を首相市長総監会議所会頭に申送る。
関東大震災の翌日、阪谷は舅にあたる渋沢の王子邸を見舞います。破損した邸宅の庭に仮小屋を作って避難していたことが分かります。阪谷は東京の救済や復興についての方針を渋沢と話し合い、使者として渋沢の秘書の渡辺得男(わたなべとくお)を遣わしたと書いています。この時消息不明と記された渋沢の三男の正雄は、無事でした。