福島安正
明治42(1909)年10月26日
伊藤博文暗殺の知らせ 事件
暫くして電話あり。事実らしく思はる。これより参謀本部に行き、取調らぶと。余もまた心に掛るをもって、車を命じて陸軍大臣を訪ふ。後藤新平、大島健一あり。始めて事実を詳[つまび]らかにす。今朝九時、哈爾賓[ハルビン]停車場において、韓人四五名に扭撃せられ、二重傷を蒙[こうむ]り十一時薨去せり。
福島は夕食の折に新聞の号外で伊藤博文の惨事を知りますが、大島健一少将に尋ねても確かめられませんでした。その後電話で伊藤がハルビンで暗殺されたことが事実だと知ります。その時の様子が日記に詳細に記されています。