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大山巌
明治5年9月18日(1872年10月20日)
あるロシア人の訪問 海外
夕景一人の魯西亜人[ロシア人]来る。よく日本を解す。その内に同行せん事を乞ふ。因て同車にて行き、夜八字[八時]帰る。この人は仏[フランス]にて我語を学びたりとて、よく字を読む。我も大に弁を得たり。故に一字づゝ互に教ゆる事を約す。
ジュネーブにいた大山のもとに、ロシア人が訪ねてきて、お互いに語学を教え合います。これがきっかけで、彼は来日し、東京外国語学校で教鞭をとることになります。ここでは名前は出てきませんが、彼こそは革命家でもあるメーチニコフ(Лев Ильич Мечников)で、回想記には、この大山に会ったときのことも書いています。